2. 人間、慣れよ

俺はその場に力無く尻をついた。

 圧倒的スケールに押し潰されそうで立ちくらみ、とても立ってはいられなかったのだ。

 動悸が激しく、脂汗が止まらない。

 ヘビに睨まれたカエルって感じだな……


「ともか、私を見て」


 葉月が地面に片膝をつき、俺の頬に両手を添えながら言った。


「何を言ってんだ、ちゃんと見てる……」


「いいえ! 目で見なさい! しっかりと!」


「……そうか、そういう事か!」


 俺は目に意識を集中し、見るという行為に全精力を注いだ。

 先程まで何も違和感なく見えていたはずの葉月の姿が、

水の鏡に石を落としたような、歪んだ、ぼやけた見え方をする。


 俺は見ていたのではなく、感じていたのだった。

 それをまた今度は、目で見る感覚に戻そうというのだ。


 じっと葉月を見る。

 おっ、だんだん見えてきた。

 綺麗な目鼻立ちが少しずつ現れる。

 ぱっちりした大きな瞳も見えてくる。

 おお、俺のイメージしていた顔とはだいぶ違っているな。


 んん?


 んんんんん?


「おい!」


「な、なに?」


「お前、かなり盛っただろ」


「し、失礼ね! 盛ってないわよ!」


 俺がなつきにした様に、今度は葉月が自身を強くイメージして俺に向かい合ってくれている。

 その様ではあるのだが。


「じゃあ、お前の親ってアメリカ人か? フランスか?

 誰の彼のみたいな名前のタレントそっくりな顔だぞ」


「誰の事言ってんのよ!

 ……言いたい事は分かるけど。

 もう! 分かったわよ!」


 また少しずつ葉月の顔が変化する。


「お! おお、あーあーそーそー。

 分かる分かる、葉月だ」


「何よ! そのリアクション!」


「いつも通りで可愛いなあと」

「絶対うそっ!」


「あははは」


 葉月のお陰で軽口叩ける余裕が出来た。

 空にはもう、あの方の魂の波動(?)は感じない。


 想像してみてくれ。

 見渡すかぎりの空いっぱいが一人の人間の顔で、その目が自分を見詰めていたら。

 地球を両の手で包み持ち、じっと覗き込む照準の先が自分だったとしたら。

 とても精神が耐えられる環境じゃないだろう。

 今はもう何も感じないのだが、恐ろしくてまだ空を見上げる事が出来ない……


「その調子なら、もう大丈夫ね」

 

「ああ。助かったよ」 

 

 葉月に助けられなかったら、まだ動けないどころか、息も出来ずに気を失ってしまったかもしれん。

 それほどのプレッシャーだった……

 ん?

 そう言えば、なつきの姿が見えないが……


「なつきくんなら帰ってるわよ。

 てか、強制送還?」


「大丈夫なのか?」


「今頃ベッドの上でしょ」


「ああ、そういう事か」


「あの子は私達と違って、こっちの世界の人間でしょ。

 おいそれとは、造物主の存在を感じさせる訳にはいかないの」


「造物主……」

  

 10分位前ならその言葉は俺にとって、単なる単語のひとつだった。

 好きなラノベに、俺みたく少女に転生して造物主にあらがうって話があった。

 が、とてもじゃないが今の俺には考えられん!

 恐ろしい。

 尊い存在なのは分かるけど、それより、まず、恐ろしい。

 よく神に畏怖するという言葉を聞くが、なんとピッタリな言葉だ。

 あんな存在にチート能力の一つや二つあったって、何にも出来る訳がない。


「そうでしょう。

 あの方は凄いのよ。

 恐れ、おののき、敬うがいいわ!」


「なんでお前がエラそうなんだよ!

 って、お前随分前からあの方と関係あったんだろ?

 平気なのか?」


「慣れたのよ。

 人間、慣れるもんなのよ」


「そんなもんかあ?」


「まあ、最初はヘタレな、あんたみたいだったけどね。

 でも、言っちゃえば、他の世界の神様でしょ。

 私達には関係ないじゃない」


「お、お前すごいな……」


 だが確かに葉月の言う通りだ。

 所詮俺達は部外者、余所者よそものだ。

 まあ、他所よそから来た助っ人みたいなもんか。


「ありがとう、葉月。

 ありがとうございます、あの方。

 お陰でいろいろ吹っ切れました」

                                  

「そう?

 こちらの世界に未練、残さない?」


「ああ。

 いくら先生に認められても、この先売れて人気声優になれても、結局はズルして手にいれた偽物の宝石だ。

 本物じゃあない」


「でも、あなたは努力したし、きっとこれからも努力し続けて手にするんだよ?」


「ああ。でもそれは、こっちの世界のともかの仕事だ。

 俺は、なつきとの仲の手助けだけにすべきだったんだ」 

 

「そうかもね」


「でも、まあ、四谷先生との件はボーナスって事で、ともかちゃんにプレゼントするよ」


「どういう事?」


「俺は両親を説得して、中学から先生の弟子になりに上京する権利を得る。

 でも最終的に決めるのは正月前にとする」


「その頃には私達は、自分の世界に帰ってるかもしれないからね」


「かもじゃない、帰るぞ!」


「うん! そうね」


「もし許されるなら、ともか宛に手紙を書いておきたいんだ。

 俺の事、仲間達の事、四谷先生との演劇について、腹の傷痕ゴメンの事。

 あと、なつきとの事」


「たぶん、大丈夫よ。未来が大きく変わることを教えなきゃ」


「そうか、そりゃあ良かったよ」


 なつきとのオレンジの日の思い出をいい結果にしたら、こっちの世界のともかには関係のない話にしよう……

 なつきとともかが結ばれる未来は少なくとも、なつきの未来が大きく変わる。

 それに付随して、俺の知る俺の世界が違う世界になっては困る。


 あるべき物がない、あるべき人がいない……

 せっかく帰っても、大事に想う人が居なくなっては大変だ。

 俺の事を大切な人と言ってくれた子が、消える可能性は絶対に無しだ。


 ん?


「どうしたんだ葉月、顔を赤くして」


 あの……

 ひょ、ひょっとして……


「ごめん……全部聞こえてた」




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