第十二話 あの時こうしとけばという頃に戻れたら。

1. あの方

 ここは秋の夕陽に染められたオレンジ色の世界。

 20数年前から変わらない。いや、変えようとしなかった世界。


 俺、八重洲ともかはこの、夢の中で夢だと分かる明晰夢で、改めて自分の弱さを痛感する。

 今の俺の心境こそ、弱さ、後悔、自己満足の象徴とも言える、このオレンジの夢にピッタリではないか。

 俺は自分の立身のために、今まで積み重ねた全てを投げ捨てようか、本気で迷っていたのである。


 分かっている。

 それをやれば、俺はその自己満足の結果、自分の弱さに後悔する。

 同じ事だ。

 形が変わっただけだ。

 オレンジの日の後悔を精算する前に、さらに新たなトラウマを増やすのか。

 それは分かっているのだが……

 それだけわが師匠、四谷陽二先生の言葉は、俺の心を強く引き寄せる。


 なつきがこちらに歩いてきた。

 やはり、なつきだった。

 そこに立つのは彼なのだろうと、何となくわかっていた。


「ようこそ、なつき」


「僕の方だって、ようこそだよ、ともか」


「違いない」


 たぶん、明晰夢の中ではもう、昔の記憶のなつきは現れないだろう。

 俺の中でなつきとは、今では目の前にいる少年の事になってしまった。

 俺は本当に、なつきが好きだったんだと思う。

 男とか女とかじゃなく、物心つく前から側にいてくれたなつきを。

 なつきという人間をずっと大事に想っていたんだと、今では分かる。

 ちょっとした切っ掛けで、それが恋に変わったのだろう。

 その切っ掛けがあれば、俺も恋に落ちてしまう……

 そんな予感がする。


 ん?

 みるみるなつきの顔が赤くなっていく。

 ………。

 うそっ!?

 ひょ、ひょっとして……


「ごめん……全部きこえてる……」


「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!」

 ハズいハズいハズいハズいハズい恥ずか死ぬう……

 こんなオッサンが、可愛い男の子に、恋に落ちるって……


「だ、だから前にも言ったけど、姿はよく分かんないんだよ」


 葉月か?

 葉月がなにかしら、シンクロかなんかして……


「なんで私のせいなのよ! 関係ないでしょ!

 ……ん?」


「い、今のは僕じゃないよ」


「お!?

 あ、ああ分かってる。その子はその、葉月だよ」


「葉月? 

 あ、この前病室で見た夢の中で、僕と一緒に怒ってた?」


「そう、あの時お前は葉月と魂が同調して、一体化してたんだ。

 って、今同調してないよね?」


「してないわよ。なぜかしら?」


「え!? 君は僕?

 すぐそばに僕が立ってるみたいだよ」


「葉月を感じるのか?」


「うん!

 真後ろに立ってる感じかな」


 やっぱり背後霊みたいだな……


「違うってば!」


 あ、そうか考えてる事が聞かれちゃうんだった。

 ん? なんだって? うしろ?

 背後にいるのに自分みたいだって?

 そういえば最初、夢で会ったとき俺が男と気付かなかったよな。

 さっきもあまり姿は分からないって……


「そうだよ」


 ちょっと待ってくれよ。

 いつもの感覚、女ともかの感じを思い出して……うーん。


「なつき、今俺はどう見える?」


「んーと……

 うん、いつものともかだよ」


「女の?」


「うん」


 やっぱり!

 目じゃないんだ!

 なつきは見るのではなく、感じていたんだ。

 俺に言われた時に、初めて見ることを意識したんだ。


 俺は自分の先入観で像を形作っていたのか。

 まだ頭の柔らかいなつきは、俺のオーラだかをそのまま受け取って、俺だと認識できればそれで問題はなかったのだ。

 大人の硬い俺の脳ミソは、オーラをそれと思った人物に勝手に変換し、実際の世界と違和感ない状態にしていたのだろう。


 最初、葉月のオーラがなつきに似ていたせいで、普通になつきに見えていた。

 だから途中まで全く別人と気付かなかった。

 今では、なつきより年齢が完全に上に見えている。

 イメージが変わって、更新されたのだ。

 なつきに俺の姿をよく見せて、男女の確認をした時も俺のイメージだ。

 前回も今のも、俺の描いたイメージをなつきが受け取って、男女に見えたんだ。


 じゃあ、目に頼らなければ?


 何も見えない。

 いや、それも先入観だ。

 見ようとするな、感じろ!

 ………

 ………

 ………前に……オーラが2つ……

 かなり重なって、しかもほとんど同じ波動のオーラ。

 間違いない。葉月となつきのオーラだ。

 そうか、こんなに波動? が似てしまえば、さっきのように葉月も出てこれるのか。


「葉月さんの感覚は、本当に僕と近いと思う。

 でも……」


「でも?」


「なんだろう……

 なんか、上の方にも同じ感覚がちょっとする」


「上?」


 上って夕焼け空しかない。

 空になつきと同じオーラの波動?

 そんなものどこに?

 いかん! 先入観!

 どれどれ、上上……

 ……………

 ……………ん?

 ……ある。

 うん、何かあるぞ。

 たしかに、なつきみたいなオーラだ。

 なんで今まで気付かなかったんだろう。


 いや、なんだ……


「あるなんてもんじゃないぞ!

 何だこのデカさは!」


 そう、でかい。

 あると分かった途端、それはどんどん存在感を増していく。

 自分の頭上の結構な範囲。

 いや……もっとあるぞ。


 そんなスケールじゃない。

 見上げる全部。

 全てだ。

 空の全部。

 もっとかも知らん。

 地球、いや宇宙!

 これは……

 今いるこの世界全部が、このオーラの持ち主……


「そう。

 それがあの方」


「そ、それって……もしかして……」


「そう思っていいと思うわ」


 これはやはり一つの単語しか思い浮かばない。

 しかし、口にするのを躊躇してしまう……

 だがやはり、それしか当てはまらない。


「神か……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る