2. 油断大敵


 友達になるのに、タイミングやシチュエーションがあるとは思う。

 が、たまたまそういった経緯でなった場合、あとで疎遠になる事が多い。

 長く役者をやっていれば、劇団内外の舞台や撮影などで、馬の合う友人が結構できる。

 ひと月も稽古で顔を付き合わせ、毎晩のように飲みに行ってれば、何年来の友人みたいに打ち解ける。


 だが、役者開店休業中の様な今、連絡を取り合っているのはほとんどいない。

 環境で友人になった場合、違う環境になれば離れていく。

 大体そんなもんだろう。

 それでも残った友人が、親友になっていくんだろう。と思う。

 

 そういった意味では、30年間変わらず仲良くしてくれる、

コジローとん吉とは、親友? 悪友? なのだろう。

 男女違っても、本質は変わらないと信じたい。



「おい! 邪魔だろうが!」


 とん吉ヤスコと関係を良くしようと乳繰り……

 スキンシップを入り口付近でとっていたら、後ろから急に怒鳴られた。


「女同士で乳繰り合ってんじゃねーよ! 気持ち悪りい」

 

 はい。

 乳繰り合いたくて、乳繰り合っていました。すみません。


 振り返ると人相の悪い少年が睨みつけている。

 名札を見なくても分かる。

 面長つり目で鷲鼻なのは、女の時と一緒だ。


 長坂下しのぶ、ながさかしたさん。

 小3まで俺をいじめていたグループの女リーダー。


 こいつの親は建設会社の社長との事で、甘やかされて育っている。

 その上クラスで一番背が高く、女と思えないパワーでグーパンチしてくる奴だった。

 それが男とは。

 こりゃあ、実に質の悪い……


 と思ったが、これが何とも可愛らしい。

 もちろん、なつきや女とん吉のような容姿の事じゃない。

 幼い。

 仔犬や仔猫の可愛いさなのだ。

 この教室にいる子は美人だイケメンだと言っても、やはり小学生。

 基本、皆、お子ちゃまなのだ。


 長坂下がまだ何か言っている。

 不良ぶって喋っているが、声が軽くて高い。

 ハイハイ、コワイでちゅね~、愛くるしい~。

 緊迫感あるシーンだろうが、大人の目から見ると頬笑ましくもある。

 回りを見ると、やはり凍りついている。

 あ、平川クンもこっちに気づいた。

 すぐに席を立とうとする。

 まあまあ、そう心配しなさんな。

 平川クンにニコッと微笑んでみせた。


「何、ヘラヘラしてんだよ!」


 長坂下が俺の手を掴んで、力任せに引っ張った。


 グオオオオオオッ!


 ものすごい力。


「のわ~~~~~~~っ!」


 俺は蹴っつまずいて前転しながら、教壇前付近の机と椅子を吹き飛ばした。


「お前! やり過ぎだろっ!」

 平川が声をあげる。


「八重洲さん!」

 とん吉、いや、ヤスコが悲鳴をあげて駆け寄ってくる。

 ともかでいいってば。


 油断した。

 相手が可愛い6年生なら、

こっちは、か弱い6年生女子だった。

 意識してなかった。

 非力すぎる。


「平川、てめえは関係ぇ無えだろ!」

「やり過ぎだっつってんだ! 謝れ!」


 思い出した。

 4年生の時、俺のせいもあって、2人の仲は最悪。

 5年生の時、長坂下はクラスが別で問題無かった。

 6年生の時、再び同クラス。

 回りも気遣って、表面的には穏やかに卒業をむかえる。

 が、それは2人が女子の場合。

 裏表ない男子の場合、まあ、ぶつかるだろう。


「2人とも、私が入口塞いでたのが悪かったんだから……」


 早めに止めんと、こいつ等、気持ちが盛り上がるぞ。


「ごめん、ごめん」


 2人の間に入ろうとした。


「だから、ヘラヘラすんな!」


 ドン! 肩を小突かれた。


「ヤエ! 長坂下てめえ!」


 平川が長坂下を殴った。


「うがああ~っ!」


 2人は組み合うと倒れこみ、床を転げ回る。

 こりゃ、もうダメだ。

 手に負えん。

 回りの皆も、2人の迫力にどうする事もできない。

 始業ベルまで10分以上ある。

 長坂下はともかく、平川が心配だ。

 仕方がない。


 俺は急ぎ、掃除用具入れからバケツを2つ取り、教室を飛び出した。

 長い廊下には2箇所、掃除用のコンクリートの流しがある。

 そこでバケツに水を汲み、教室へ取って返す。

 

 丁度、長坂下がまたがるように平川を押さえつけ、殴りつけようとする所だった。


 俺はバケツを1つ持ち、助走をつけ、真っ直ぐ前に押し出した。

 水を放出する瞬間、手を引くように、ピッと止める。

 水は勢い良く一塊ひとかたまりのまま、一直線に長坂下の後頭部を直撃した。


「ぐわぁはあ~っ!」


 中学の水泳部時代、いかに強力に水をかけ合うか、とん吉達と競い合った経験が活きた。

 長坂下は前方に倒れこみ、下の平川と一緒に横倒しになる。


「うわあ~っ、何だあ!?」


 ずぶ濡れになった平川は起き上がると、混乱しながら回りを伺った。

 

「あーはっはっはっはっはっ。

 喧嘩してる犬を止めるには水をかけろってのは本当なんだな。

 いや、盛りついた犬だったか?」


 俺は、舞台ツラ、センターに立つ気分で渾身の台詞をはいた。


「ヤエ……お前」

「ヤエス……貴様」 


 2人はムッとして、こちらに一歩足を出す。

 俺はもう1つの水の入ったバケツを構える。


「「うっっ……」」


 後ずさる2人。


「まあ、まあ、お二人さん、慌てなさんな」


 俺は勢い良く振り上げると、頭上でバケツを下に向けた。


 ザパーーーーーン


 俺は自分で、頭から水を被った。


「これで3人おあいこって事で、水に流さない?」


 2人に向けて、ニッコリ微笑む。

 一瞬、教室に静寂が生まれた。



「ふふ、まったく……」


 平川も頬をくずし、


「どうしたんだ、ヤエ。

 今日はメチャクチャだ……なっ!?」


 長坂下も。


「いいぜ。

 俺も女に手を上げるつもりじゃ無かったん……だ!?」


「ヤエちゃん!」


 とん吉が名字を叫びながら胸に飛び込んで来た。

 おお、よしよし、ハグやな。

 よくあるパターンやな。


「ヤエちゃん! 胸っっ!

 透けてるよっ、隠してっ!」


「ええ~~~!?」


 今日は朝から4月とは思えない暑さで、セーターはバックにしまい、上着は薄手のブラウス1枚。

 そのブラウスが肌にピッタリ張りついて、白いブラがくっきり浮かび上がっている。

 透けた感じが、直接見えるより数倍エロい。


「きさ、ま。ヤエス、サン……それは、」

「ヤエ、ブラとかしてたんだ……」 

 

 そうだった。

 俺等、田舎の小学校では、女子はまずブラは着けない。

 厚手の下着でギリギリまで踏んばる。

 たぶんうちの母も、かなり悩んだ選択だったのだろう。

 俺の発育が良すぎたのだ。

 この胸では、少々の厚さの下着では太刀打ち出来まい。

 小6女子としては、かなり恥ずかしい状況である。


 恥ずかしがるべきか、ごまかすべきか。

 俺の対応如何で皆の、特に男子の今後の態度が決まる。

 1年間冷やかしの対象にされては迷惑だ。

 決めた。


「おう。

 俺ぁ、けっこう胸でけぇんだよ」


 つい俺とか言ったけど、堂々と明るく。だ。


「そ、そうなんだ。

 ヤエ……分かったから、上なんか着ろよ」


 あれ、選択ミス?

 すると横にいたヤスコが、堪えきれずと笑い出した。


「ぷふぅっ、ヤエちゃんって、オッサンくさ~い」 


 ガーーーーーーーーーーン!


 小6女子的にも……

 40男的にも……

 一番こたえる台詞を、とん吉ヤスコさんに頂きました。


「はいみんな、席に着いて……って、何! 何なの?」


 いつの間にか始業ベルは鳴ってたみたいで、担任の古賀先生が入ってきた。

 やれやれ、俺はあんたが来る、時間稼ぎをやってたんだぞ。


「何? あなた達びしょ濡れで! 

 床も水びたしだし! 誰がやったの?」


「「「「「八重洲さんです!」」」」」

 

 全員が声を揃えて俺を見る。


「え~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 何だろ、こんなオチ……


 

ー第三話 おわりー 

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