第四話 災難は降ってくるよりも、自分が原因という事がままある。 

1. 修学旅行のこと

 そこはオレンジ一色のモノクロの世界。

 秋の夕日が江藤家の裏山の赤土に反射して、他の色の存在を許さない。

 俺、八重洲ともかは、ぴったり寄り添って座っている江藤なつきと共に、そのキャンバスの中に描かれてしまっていた。

 なつきはうっとりと景色を見つめている。

 俺も無言で、ただ前だけ向いていた。

 

 前だけ向きながら、接した側面から伝わってくる彼女の体温に内心ドキドキで、何を話せばいいのか分からずただテンパっていた。

 となりに座るのがこんなに近いのは、てか密着は初めてだった。


 何でくっついて座って来たの?

 嬉しい疑問符でチラと彼女を見る。

 こっち見てる!

 目が合ってしまう。

 微笑まじりな、それでいて熱のこもった眼差しは……

 じっと俺の目と心を掴んで離さない。

 

 言わなきゃ。

 

 言うべき言葉は分かっている。

 今がその時だ。

 いい雰囲気だ。

 こんなチャンス滅多にないぞ!

 行け! 俺!

 たった一言だ。たった一歩だ。

 進め、俺。

 行け、行け、言え、言え。

 言ってよ、言おうよ……

 でも。

 今無理しなくても……


 そうだよ、いつも会ってんだ。

 チャンスなんて、また何度でもあるよ。

 そうだよ、そうだな、そう……

 …………………………



 むうぅ~~~~~~~~っ

 最悪の目覚め。

 久し振りに明晰夢ではない、リアルな当時の夢を見た。


 あの頃の俺は自分の環境が当たり前で、ずっとそれが続くと思っていた。

 だが、中学になり違う部活に入ると、なつきとは会うどころか、

いっさい口もきかなくなってしまった。

 結果がどうあれ勇気を出して告白していれば……と、今も引きずっている。


 小6に戻って、初めてのオレンジの夢だった。

 が、目が覚めても世界は変わった様子は無く、俺は女のままだった。

 

 水ぶっかけ事件の後数日間、俺は人間関係の円満に奔走した。

 思わず役者魂に火が着いて悪目立ちし過ぎたので、火消ししてたのだ。

 危うく、あだ名が「おっぱい番長」になる所だった……

 そこは「これからはヤエって呼んで」と、

クラスの男女皆の根回しに、何とか成功して回避出来たようだ。

 

 この行動は、ちょっと方向がずれて、翌日5限のHRでクラス委員に推されてしまう。

 まあ、このくらいは仕方ないか。

 1年間おっぱい番長呼ばわりされるよりは……

 男子の委員は、面倒見のいい平川がやりたそうにしていたが、長坂下との確執が教室中に知れ渡った為、皆気遣って国立君になった。

 クラス委員の最初の仕事が、修学旅行の班決め。


「クラス委員が進行しなさい」

 との事。


「では、気の合う者で男女3人づつ別れて下さい」

 と俺。


「ちょっと、そんないい加減に決めていいのかい?」

 と、児童会長の雛枝が突っ込む。


 俺の知る雛枝かな子は、真面目で秀才の児童会長。

 この感じだと、男でも同じなのだろう。


「ああ、どうせ班決めしても小学生の修学旅行じゃ、班別の自由行動もないし。

 ホテルの部屋だって男女2部屋づつで分けるし、あんまり関係ないよ」


「何で八重洲さん、そんなに詳しいんですか?」


 いかん、つい考えずに答えた。


「論点はそこじゃないでしょ、雛枝くん」

 ごまかす。


「八重洲さん、よく知ってるわね。先輩に聞いたのかしら?

 まあ、ぶっちゃけ、そんなに意味ないかな~」

 と古賀先生。


 俺の思い出の中の古賀先生は、若くて、綺麗で、気さくだけど怒ると恐い、しっかりとした大人の女性。だった。

 オッサン目線では、童顔だが20後半から30くらい、仕事出来るが熱意無し。

 私生活の残念さは、1日中くたびれたジャージの勤務姿から想像できる。

 目の前には、単調な日々に疲れ気味な一人のアラサー女子がいた。


「じゃあ、さっさと決めて、男女合わせて6人づつ集まって下さい」


 俺の班は、とん吉、平川、国立、雛枝、あと欠席してる西村。

 じつは西村は、このまま学校に来ないまま親の都合で引っ越しする。

 去年だか、とん吉の店で何十年ぶりかで会ったら裏街道の人になっていた。

 父親の経営する会社が倒産、両親の離婚、紆余曲折あったらしい。

 小学時代の話に華が咲いたなあ。


 て事で、実質5人の班だ。

 この班で旅行後も、最低1学期は過ごす。

 俺の記憶では、卒業まで席替えしなかった。

 やはり子供目線より、先生のテキトーさが今なら分かる。


 皆で机を移動して、6人づつ6班で6個の「島」をつくる。

 男女向かい合って机をくっつけ、それを3つ並べてくっつける。

 合コンのテーブルが教室に6つあるって感じだ。

 横向きで授業を受ける事になるので、HRや給食だけこの形にする担任もいるが……

 この女が、そんな面倒な事をするはずがない。


「ヤエ、同じ班は久し振りやね。よろしくな」


 お向かいさんは平川。

 爽やかな笑顔を見せる。が、高校の時の笑顔が重なって胸がチクリ。


「よろしくね」

 まだ未来は変えられる。


 左にとん吉ヤスコ、その向かいに国立君。

 右どなりは空席で、その向かいに雛枝君。

 教壇は左側で、班は教室の左後ろの第6班。


「みんな、よろしくね」


 それぞれと挨拶を交わす。


「ヤエさんとは初めて同じクラスだね。よろしくね」


 眼鏡美少女、今は美男子の国立は、平川の親友だ。

 俺と仲良くなるのは、たしか夏休みに遊ぶ様になってか……


「八重洲さん、今年も宜しくお願いします」

 やっぱりお堅い児童会長の雛枝クン。


 俺の知ってる雛枝かな子の方とは、5年生の時に仲良くなった。

 人付き合いが苦手な子でボッチ気味だった。ので気が合った。

 児童会長選挙の時は責任者になって、応援演説もしてあげたな。


 あとはとん吉。


「よろしくね。ヤエちゃんとはずっと仲良くしていけそう」


 とん吉、いい勘してるぜ。

 ただ、奴とは中学の水泳部で一緒になってから仲良くなる。

 ので、これからの状況は全くの未知数だ。

 ていうか、とん吉が美少女って時点で勝手が違う。

 いや、本質は変わらないはず。

 頭良いのにバカで、エロで、お調子者だよな。たぶん。


「うん。とりあえず、あと30年はよろしくね」

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