4. キャンプって、心が近くなる気がする……

 川崎のボロアパートから、これまたオンボロな愛車の軽ワゴンで、道志村あたりへキャンプに行く時は簡単だ。


 実家から送ってきたクール便の、発泡スチロール容器を再利用。

 それに肉とビールを入れて100均へ。

 木炭、着火材、かなあみ、特盛ごはん、氷を買う。

 特盛ごはんだと、割り箸が貰えるので助かる。

 現地で岩を積み、かなあみを乗せ、木炭に着火材をかけ火を着ける。

 割り箸を店員に頼んで2つ貰えてたら、木炭くべに1本使う。

 岩運びでちょっと疲れてから呑む、キンキンのビールがう~ん旨い。


 100均は実に便利だ。

 特に木炭と着火材。

 これで火起こしが凄く楽になった。

 だから小6に戻ってしまった今、この火起こしが結構な手間。



 最初は山道を登りながら、手頃な木片を拾っていく。

 森の中の方は木が湿気ってて、あんまり良くない。

 それでもパッと見良さそうなのは、俺が入って取ってくる。

 基本、散歩がてらの薪拾いって感じ。

 しばらく歩いて引き返し、往復分の薪と松葉を父達に渡す。

 松葉は着火材みたいな物で、強い火力を出して、すぐ燃え尽きる。


「んじゃ、あと下り道で薪拾って、滝の辺りで川に行こっか」


「「イエ~~~イ!」」 


 念願の滝が見れると、とん吉ヤスコと国立は喜んだ。


「え!? 滝あるのか?」

「いいなー、俺も行きてー」


 平川と燐光寺も食いつく。


「お前ら、もうちょっとで出来んだから、頑張れ!」


 と、父ちゃん。


「二人共がんばろう。

 僕たちも、後で連れてってもらおうよ」


「うん、なつきちゃん。

 バーベキューのあと、見に行こうね」


「ちゅー事で、私らは先に見ちゃうからねえ」


「その前に薪拾いもあるからね、渡邉さん」


「ハイハイ! まっかせてよう!」


 山道は川より少し高い位置で、ほぼ同じ形に並んでいる。

 滝はものの10分とかからない所にある。

 ドドドドと音がしてきた。


「この辺から行ってみよう」


 川岸へ降りてみる。

 思ったより斜面がきつい。

 目測ずれて、滝の上の方に出てきた。


 ドドドドドドドドーッ


 これはこれで迫力ある。


「うわぁ、怖い。落ちたら死ぬかなぁ」


「そんな高さじゃないよ。2、いや、3mあるかなぁ」


「僕は死ぬな。泳げないから」


「そりゃ死ぬな。あははは」


「康子ちゃん気をつけて。岩、滑りやすいか……」


 ツルッ、ドボーン!


 俺がフラグを立てるまでもなく、とん吉ヤスコは足を滑らせた。


「康子ちゃん、立って!」


 流れは急だが、深さは腰まで無いくらい。

 まわりの岩に掴まって立てば、大した事はない。


「いやあっ! 落ちちゃう! いやっ!」


 倒れたままだと、水圧を全身で受けてしまう。

 恐怖でパニクっている。


「ヤスコ! 落ち着いて! 立てるから!」


「いやっ! 助けて!」


 いかん、聞こえてない。

 俺は引っ張り上げようと手を差し出す。

 必死になって俺の手を掴もうと、しがみついていた岩から手を離した。

 俺の腕より早く、水流がヤスコの体を連れ去った。


「ヤスコーッ!」

「渡邉さーん!」


 ヤスコは一気に滝に吸い込まれて行った。

 急いで滝壺を見る。

 高さはそれほどではないし、滝壺は深さが1m半以上ある。

 大丈夫なはずだっ!


 だがヤスコはピクリともしない。

 俺の全身の血が瞬時に凍った。

 このまま流されてしまったら、本当に……

 それだけは絶対にダメだ!


「クニタチッ!」


「!?」


「人を呼べ!」


 叫びながら、俺は岩を蹴って、滝壺へ跳んだ。

 なるだけ遠く。

 出来ればヤスコの流れる先の方。


 ドブーーーン!


 少し足りない。

 飛び込んだので、体は下に行こうとする。

 すぐに体勢は整わない。


 俺は水中で地面を踏ん張ると、思いきり前に蹴る。

 蹴りながら平泳ぎの手で一直線にヤスコに向かった。

 こんな事で30年来の友を失いたくない!

 この世界で初めての親友を失いたくない!

 俺の大好きなとん吉を助けるんだっっ!

 俺は苦しさも忘れ、一心不乱に手を掻いた。


 指先にヤスコの服の一部が触れた。

 必死になって、その服を手繰ろうとする。

 息がもう持たない。

 だが、今を逃せばもう、ヤスコは……


 ぬがあああっ!

 千切れんばかりに右手を伸ばす。


 ガシッ!


 命を掴めたーー


 

 岸に康子を引き上げる。

 心臓は動いてる。

 ほっとした。が、息をしていない。

 人工呼吸か。

 運転免許を取るときに授業でやっただけだ。

 でもやるしかない。


 顎を上に持ち上げ、息を、

 フーーーッ

 フーーーッ

 フーーーッんんっ!?

 首に手を回される。


「やぁん、もっと……」


「バ、バカヤローーーッ!」


 全身の力が抜ける。


「良かった……本当に良かった」


「ありがとう。ヤエちゃん」


 ぎゅーっと康子が抱きしめてくる。


「お前に死なれたら、俺は生きてらんないよ」


 俺の軽はずみな決定で、とん吉の晴れやかな将来を消失させる所だった。

 油断していた。

 過信していた。

 俺の生きてきた人生は、この世界の未来とはイコールじゃないんだから。

 気を引き締めていこう。


「何かね……胸がキュンってきた」


「え!?」


 ぶちゅ~~~~~~~~~~~っっ!


「「「おーい! 大丈夫かーっ!」」」


 まずいーー


「「「あああああっっ!」」」


 遅かった……


「ともかさんっ何キスしてんだーっ!」

「ヤエ、おま、おま、おま」「わた、わた、わた」

「うひゃひゃひゃ初めて見るぞ、レズビアン」


 そして……


「ともちゃん……」


 な、なつき!

 待ってくれ、俺は何にも……


 あれ?


 何か……


 意識が………



 ーーーーーーーーーーーー


 

 気がつくとワゴン車の中にいた。

 後部座席を倒して、ベッドの様にして寝かされていた。 

 下着だけで、毛布にくるまって寝ていた。

 父ちゃんの昼寝用だろう、懐かしい匂いがする。


「ともさん、起きた?」


 母が添い寝してくれてたらしい。


「元気なのはいいけど、無茶はいかんよ」


 ぎゅーっとされて、父ちゃんと母ちゃんの匂いに包まれる。


「最近、すっかり大人っぽくなって。

 こうやって抱きしめるのも久し振りやねえ」


「……」


「もっと大きく、綺麗になったら……

 もう、こういうのも最後なのかもねえ」


 母は優しくさらに腕の力を強くする。


「寂しいような……嬉しいような……」


「おかあさん……」


 ついギュッと俺の手にも力が入る。


「ばかね、なに泣いてるの」


 そんな事言って、


「おかあさんだって」


「「うふふ……」」


 親子で笑い合う。


「いやぁ、だめだなぁ、最近涙腺ゆるくなって」


「バカねえ、何オジン臭い」


 母は笑いながら立ち上がり、


「服とってくるわね。

 あなたも早く食べないと、お肉が無くなるわよ」


 それは一大事。


「早く! 早く服持ってきて!」




「あ! ヤエちゃん!」「おー! ヤエ!」

「おはよう、ともかさん!」「ヤエさん大丈夫?」

「ともか、起きたか。どっか痛むか?」


「ううん、もう何とも。それより、腹へったぁ~」


「おー! 食え食え! ホルモン焼けたぞっ」


 ほんと、福岡県民はホルモンが好きだなあ。

 俺も好きですけど。


「いただきまーす」


 うまい! 実にうまい! 

 うまいけど。


「ちょっと飲み物を……」


 川に取りに行く。

 飲み物は川で冷やすのが基本。


 プシュッ、んぐ、んぐ、んぐ、クーーーッ!


「こらーっ! またヤエちゃん!」


「あれ? ジュースかと思ったら、間違っちゃった。てへ」


「「「確信犯!」」」


「てめえ~、もう酒の味覚えやがってぇ……今日だけだぞ」


「だめだよー、ともちゃん!」


 あははは、楽しいなあ。

 でも何か忘れているような?


「それにしても、ともかさん、締まらないなあ」


「何が? てか何しれっと下の名で呼んでんの?」


「……助けに行ってんのに、人工呼吸で助けられてんだもん」


「え!?」


「おいおい、ヤエはちゃんと康子を助けたんだぞ」


「そうそう、僕の目の前で滝にビョーンって」


「んで、岸に上がってバタンキュー」


「くくっ、おま、バカにしちゃ、悪いだろ、プッ」


「「アハハハハハハ」」


 どういう事だ?

 とん吉ヤスコを見る。 

 目が合うと右目でウインク。

 そうか、お前がごまかしてくれたのか。

 ナイスだ、とん吉!

 いやぁ、助かった。

 一番嬉しいのは、余計な誤解をなつきに与えずに済んだ事だ。

 そうだ、なつきは?


 じとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ


 そ、そうだよね。

 お前は鋭いもんな。

 なつきさんにはキチンと説明して、誤解を解こう。

 それにしても、夢の中のなつきと同じジト目だな。

 なつきのこんな表情、実際には初めてみた。

 当たり障りの無い笑顔をされるより……

 感情を前面に出した、今の顔を見せて貰えた方が何倍も嬉しい。


 これからもっと、心を直接ふれあって行く事が出来れば……

 もっと、もっと、なつきくんと親密になっていくのだろうか。

 その先に、俺は、どうするのだろうか。

 俺は、俺の心は、変化していくのだろうか。


 わからない。

 それは「あの方」のみぞ知る、なのだろうか。


ー第七話 おわりー

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