2. あの時こういう選択したら失敗(?)した

 燐光寺やすみの家は寺である。

 本来は違う苗字らしいのだが、何代か前の人が役場の届けをまちがえて、寺の名前を苗字に登録してしまったらしい。

 気付いた時に変えればいいのに、

「どうせうち、燐光寺じゃんって、そのままにしたんだって」

 と彼女は笑いながら教えてくれた。


 小学校低学年の時、俺をいじめたリーダーは長坂下だった。

 だが奴は、別に仲間を率いて攻撃しようとしたのではなく……

 俺の事が目障り、気に食わない、いけ好かない。

 だからグーパンチ。

 てな訳で、実際グループ化して仕切っていたのは燐光寺だった。


 俺は、とにかく彼女が苦手で、平川たちとつるむ様になった後は、なるべく近づかないように避けていた。

 それが高校が同じで、最初のクラスも同じになったその時、


「八重洲、せっかく一緒になったんだ、避けんなよ」


 とズバリ言われ、気まずさと、新天地での心細さもあって仲直り。

 それからは今までが嘘の様に、どんどん距離が縮まっていく事に。


「お前さ、考えすぎて動かないのはさ、出来てない事と同じだかんな!」


 やすみの誘いで入った演劇部で、よくあいつに怒られた。


「どけよ、どんくせーな!」 すぐ蹴飛ばす。

「全く、何やってんだよ!」 小突かれる。

「おい、どこ見てんだっ!」 殴られる。


「やすみの横顔だよ!」


「ば、ばか……じろじろ見るなよなぁ」  


 思い出すと、ホントに俺はツンデレに弱いのかもしれん。



 なつきは初恋だ。

 あのオレンジの日の思い出だけを大切に、一生一人で生きて行きます……

 なんて事はある訳もなく、普通に二度目の恋をした。

 そういうときはオレンジの夢は全く見ないし、思い出す事もない。

 役者人生に熱中してた時もそう。


 大抵、一つの恋が終わって、虚しくなった時に思い出す。

 役者の先が知れて、挫折した時もそうだ。

 ああ、あの時うまくいってたら、違った幸せな未来があったのでは。

 そんな身勝手な、ご都合な妄想で、またオレンジの夢を見始める。


 まあ、所詮人間なんてそんなもんでしょ。

 忘れなきゃ、人生やってられないし。

 でも、忘れられない想いってやつもやっぱりあるし。

 みんな自分で、上手いこと折り合いをつけて生きて行くしかないもんね。



 燐光寺休はツンデレだった。

 ツンデレは最初の方は確かに最高だ。

 だが、付き合いが長くなるのに比例して、デレの度合いが減ってくる。

 本当のマニアなら、ツンの期間の長さが逆にデレの破壊力を強化して、その分、快感度が増すのかもしらんが……

 俺はだんだん辛くなっていった。

 あいつも俺の行動のひとつひとつが気に入らなくなり、自然と心は離れていった。


 なぜ、そんな思い出話を今?

 それは、あいつの性格の事だ。


 小4になって、平川が守るような形で、俺はやすみから距離を取った。

 その時になって、あいつは俺への気持ちに気付いたとの事だ。

 それから高校で付き合う様になるまで、離れてずっと見ていたらしい。

 もちろん、高校が一緒なのも偶然じゃない。

 当時、そんな言葉、存在してなかったから気付かなかったけれど……

 これってやっぱりストーカーだよね。


 多分やすみはストーカー体質だ。


 一見さばけた様に感じるが、結構ねちっこい性格だった。

 こっちのやすみも、帽子の一件を見てみれば分かる。

 男の子のイタズラというより、ダンスシューズに画ビョウって感じ。

 そのくせ、俺の事を引き合いに出してサラリと謝ってしまう。

 なつきへの加害者から一転して、友情恋愛ドラマの主役格になってしまった。


 ここ数日、他クラスの女子が遠巻きにヒソヒソやってるのは知っていた。

 その内容はこれだったのか。

 前のスクーター野郎諸々もろもろの事だろうかな?

 女子がそんなに興味あるのかな?

 などと不思議に思っていたのだが、なるほど、合点がいった。


 とにかく、燐光寺休、彼は要注意人物だ。

 そんな言い方すんの、複雑な心境なんだけどね……



 ーーーーーーーーーーーー



「2組のみなさん、先日は言い過ぎました。申し訳ありません」 


 4時間目の授業直後を見計らって、俺は2組の教壇横でみんなに頭を下げた。

 ひとみちゃんと田辺先生には、朝一でお願いしておいた。

 2人とも快諾してくれた。


「みんな、時々遊びに来ますので、よろしくです」


 葉月との約束通りに、2組に堂々と行ける準備をした。

 ひとまずこれでよし、3組に戻ろう。


「ねえ、八重洲さん」


 女子が2人、にまにまと笑顔でよって来た。


「うちのクラスに来るって、誰かに会いたいって事?」

「それって、やっぱり、なつきくん?」


「え!? いや、まあ、そう、だけど……」

 あー、捕まっちゃった。


「や~ん、やっぱりそうなんだ~」

「リンくん可哀そ」

「そっか~、しゃ~ないなあ」


 いつの間にか女子に囲まれてる。


「ねえ、八重洲さんはどう思ってるの?」


「え? なにが?」


「もぉう、燐光寺の告白よう」


 まあ、そうだろうな。

 上手く切り返して、この変な話題をこの場で根絶したいのだが。



「みんな、やめてくれよ」



 くそっ、張本人が出てきた。


「そういう事は自分で直接、言いたいんだよ……」


 んん?


「八重洲さん、俺の発言のせいで、騒ぎになってるみたいだ。

 ……ごめん」


 なんだこいつ、キモいな。

 まるで、舞台の台詞まわしを上辺だけ真似た様な胡散臭さ。


「でも、なつき君へ正直な気持ちで……謝りたくって」


 すごい違和感。


「だってそうだろう?

 生半可な理由でごまかそうったって……

 あの、なつきくんへの仕打ちは説明出来ない」


「おい! 何だよ、お前そんなキャラじゃないだろ!」


「キャ、キャラ?

 俺は、君となつき君に……悪い事をしたと思って」


「だから、その言い方やめろって、気持ち悪い」


「「何それ、ちょっと非道いんじゃない」」


「いや、いいんだ。悪いのは俺だから。

 俺には責められる理由がある」


 自分のセリフに酔うんじゃねーよって、

やすみが言ってたくせに……


「てめえ、折角下げた頭、無駄にさせんなよな」


「ごめん。怒らせた?

 そんなつもりはないんだ。俺は」


「もういいよ!」


 俺の思い出のやすみを汚さないでくれ。


「俺は君が本当に好きなんだ!」


「「「きゃーっ! 言っちゃったあ」」」


「愛してる! 君の為なら身も心も全て捧げます!」


「やすみ! てめえっ!」

 限界だ!


「何が身も心もだ、ふざけんな!

 1年付き合ってキスしかさせなかったくせに!

 威勢がいいだけのヘタレお嬢様がっ!

 どんだけ身持ちいいんだっつーの!」 


 ハッ! しまった!


「「「えーーーーー!」」」


「あんた達付き合ってたの?」「別れたの?」「何で?」

「キスしたんだ!」「未練なの?」「ヨリ戻したいの?」

「さっきのヤスミって言い方慣れてたねえ」


 ダメだ……

 こりゃどうやっても収拾つかん……


「お、俺は、そんな事、してない……」


 そりゃそうだわな、悪りぃ。


「俺は、付き合いたい、だけなのに、そんな事に」


「うわっ、最低」

「あんたが甲斐性無かったんでしょ!」

「付き纏うのやめなさい!」

「そうそう、男らしく」

「八重洲さん、大丈夫よ!」

「なつき君と今度は」


「「「「ファイト~!」」」

                      

 何か、凄く、変な方向に落ち着いたが、結果オーライか?


「あ、あの……その、みんな、ありがとね」


「んで、なつき君とどこまで進んでんの?」


「なつきとは付き合うとか、まだ全然だから。

 そっと見守っててほしいな」


「そっか、うん! 頑張ってね!」

「応援してる」

「いつでも遊びに来てよね」


 な、何とか騒ぎも収まりそう……

 つ、疲れた。



 ーーーーーーーーーーーー



「なつきちゃん、燐光寺君の事だけど」


 帰り道、学校から離れて2人だけになってから話しかける。


「どうせ、ほんとは付き合ってなんか無かった、でしょ」


 なつきはこちらに、ニコッと笑顔を見せる。 


「え? 何で分かったの?」


「そんな事あったら、すぐに気付いてたよ」


「そりゃそっか」


 そうだった。

 お前は結構鋭いんだった。


「燐光寺君を牽制してくれたんでしょ」


 言いながら、俺の顔を少し上目遣いに覗き込む。

 ほんとに鋭いな。

 

「ああ、思ったのと全然違ったんだけど」


「でも、本当にありがとう。

 いつも助けてもらってばっかりで」


 そうか、気にしてたのか。

 俺がなつきの為にと思えば思うほど、勘のいいこの子は気遣ってしまう。

 子供はそんな事気にしなくたっていいのに。

 

「バカだなあ、助かってるのはこっちの方だ」


「え?」


「こうやって、穏やかな気持ちで、お前と一緒に歩いてる。

 こんな幸せな時間を貰ってるんだからな、ありがとう」


 そう。

 何気ない日常の有り難さ。

 こういう時間の価値が分かるのも、大人になった特権なのかもな。


「そうだね。お父さん!」


 なぬ!?


「うっ、くそ~」


 つい、オッサンが出ちまうな。


「あははは」


 そうだな。

 とりあえず、このなつきの笑顔を手に入れた事。

 それだけでも大成果だな。

 この先どうなるのか不安は沢山あるが、今はこの小さな幸せに浸っておこう。


 あ、そうだ。

 

「もう連休だね。どっか遊びに行こうか」

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