第一話 深酒した朝は、あまりいい事起きたためしなし。 

1. 目覚め

「ギャーッ! 何でやー!」


 俺の叫び声が、うちの廊下に響き渡る。

 だがその声は、俺が発しているのに俺のじゃない。

 いやいや、声はじゃなくて声も、だろ!


 なんじゃ、この胸の双丘はっ!


 縁側の窓から射し込んだ太陽は座敷を明るくし、その照り返しが廊下に立つ俺まで届く。

 朝の光が色白な俺の体を反射して……

 小6にしては大きな、けっこう大きな胸を特に反射させて、やたらと白く輝いている。


 俺、女になっている!?



 ーーーーーーーーーーーー



 春にしては暑すぎる土曜日の夜。


 明日は仕事が休みなので日が高くなるまで寝てやろうと、しまっておいた芋焼酎のいい奴を押入から引っ張り出した。

 仕事帰りに買ったスーパーの半額やきとり3本だけをつまみにしたせいか、それとも氷が無いのでラッパ飲みしたせいなのか……

 720ml瓶を半分空けた辺りで意識を失ってしまった。

 随分俺も弱くなったものだ。


 歪んだ世界で、どっちが上やら下やら分からなくなる。


 酔いにまかせて目を閉じると、光に包まれるように意識が薄れていく。

 やがて世界は真っ白になり、かつ真っ暗にも感じる。

 光とも闇とも言える中で、身体は溶けたように漂っていく。


 すごく気持ちがいい。


(俺、たしか、やけ酒飲んでた筈だよなあ……)


 飲む切っ掛けすら忘れる。


 どれ程の時間が経ったのか。

 意味の無い幸福感にただ包まれていると、ふいに喉の渇きと蒸し暑さを感じた。

 同時に意識が覚めかけて、寝ている敷布団の感触も甦る。

 水を飲みたいが、起きるのが面倒臭い。


 もうちょっと、寝てたい……




「ともちゃん、ともちゃん……」 


 薄闇の中で、誰かが俺を呼んでいるようだ。


「ともちゃん、ともちゃん」


 何だか懐かしい感覚。


「ともちゃん、起きなさい!」


 実家の母の声だった。



 20才に福岡の片田舎から、声優を志して上京。

 この川崎のボロアパートに住んで、はや20年。

 独身。彼女もなし。

 芸名は使わず本名の、八重洲やえすともか、で活動して……いる?

 籍だけ残っている劇団は肩書きにはならず、世間一般的には、ただのフリーターって扱いだ。


 よって今、実家にいるはずの母がモーニングコールって事は、全くもってあり得ない。


 これはまだ夢だ。

 夢の中で夢だとわかる、明晰夢ってやつだ。


 俺はよく小6の頃の夢を見る。

 昔はたまにだったが、30過ぎた頃から回数が増え、ここ数ヶ月はかなりな頻度でだ。

 なもんで最近は、実家=あ、小6の夢みてる……

 てな感じで夢だと気付いている。


「ともさん! 起きなさい!」 


 ん? でも今日はオレンジの夢じゃないな。

 ま、どうせ小6時代の夢だろうけど。


「とも、いい加減にしなさい!

 なつきちゃん、向かえ来たわよ!」


 母ちゃんの声が怒気を帯びて来た。

 おっとりタイプで、近所でものんびり屋さんで通っているが、子供の躾には厳しい方で、口ですむうちに行動しないと実力行使が待っている。

 昔はよく、竹尺や布団叩きで、ふとももをバチーンとやられたもんだ。


 なつき──向かえに来た、江藤なつきは、いわゆる幼なじみ。


 お約束みたいだが、校内一の美少女(俺基準)で、気弱な引っ込み思案タイプ。

 背は低くスレンダー(特に胸)な体型だが、運動神経はすごくいい。


 可愛さでは高校の時、他校の俺の耳にまで名が届いていた。

 ので、ルックスはかなりなもんだ。


 そんな子が小学生の時、ほぼ毎日向かえに来てくれてたなんて……

 当時の俺は、ラノベ主人公みたいなシチュエーションだ。

 とは言え、あの頃ラノベなんて単語は世の中に存在してないから分からんし、自分の環境が当たり前だとも思っていた。


 う~ん、勿体ない話だ。

 とりあえず用意して、なつきとの懐かしの登校を楽しもう。



 母ちゃんが怒ってやって来る前にと、部屋を跳びだしダッシュで居間に向かう。


 ん、今日の夢は、何だかおかしい。

 いや、おかしくない、のが、おかしい。

 このクリアーな感じ。

 夢の中の、ふわふわした様な不安定さが、まるで無い。


 そう、リアルすぎるのだ……


 部屋を左に出て、廊下を5mほどで居間。

 居間に入るドアの手前、廊下は右に折れて3mほどに玄関がある。

 俺は違和感を感じつつ、居間に向かって廊下を駆けた。


「うわっ! と、ともちゃん!」


 玄関に立っているなつきが驚いて、可愛いクリッとした目をさらに大きくしている。

 なつきと目が合った。

 いや、よく見ると合っていない。

 目線がちょっと下。


 ハッ! そうだ、俺、パンイチだった……


 昨晩、酒で意識が朦朧としてて、暑くて服を脱ぎ捨てたんだった。


 ひょ、ひょっとして、ぱ、ぱ、パンツも……


 いや、トランクスを履いてる感触はある。

 ちょっと安心しつつも、美少女の前にパンツ一丁はさすがに……

 と、俺は視線を自分の体の方に移す。


 あれ?


 何コレ? 


 俺の体に見馴れぬ物が…… 


 俺は小6の頃、ぽっちゃり体型だった。

 デップリではない。あくまで、ポッチャリ。

 だが、要らないお肉で、こんな形のいい双丘が出来る筈はない。


 色白の俺の体が朝日を反射して……

 小6にしては大きな、けっこう大きな胸を特に反射させて、キラキラ輝いている。


「ギャーッ! 何でやー!」


 俺は豊かな乳房を乙女のように両手で隠し、オヤジのような叫びで居間に飛び込んだ。

 でも、発したその澄んだ叫び声でもそれはわかる。


 俺、女になってる。

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