4. 修学旅行は長いスピーチで締め括る
バスが3台、校庭に入る。
バスから降りた児童たちは、クラス別に整列、体育座りして、修学旅行終了の挨拶を待つ。
基本みんな徒歩で、通常と同じように下校するよう言われているが、学校の外の道にはすでに、10台以上の車が待機している。
まあ、それをとやかく言う先生や職員などいないのだけど。
あ、うちの車もある。
全員整列したようで、ざわざわと独特な騒々しさを放っていたが、
「お前ら、静かにしろーっ!」
と、1組担任の佐藤だか斎藤だかが大声で怒鳴ると、周りは一気に静まり返った。
「皆さん、何事もなく、全員元気に帰って来ましたね」
校長の長いスピーチが始まった。
「この修学旅行が、大勢の仲間たちとの寝食をともにする、初めての旅行だという人がほとんどだと思います」
「これから皆さんは、中、高の部活の仲間や、大人になってからの職場の同僚、自分と仲のいい人、そうでない人、色んな人と協調して生きていきます……」
「修学旅行は旅行でしたが、授業の一貫です。いままで勉強した……」
「皆さん、元気に、うちに帰るまでが修学旅行です。
道草などせず、まっすぐ家に帰るように」
やっとこさ、長いスピーチが終了した。
いつもの俺なら、もう余計なこと誰も喋り出すなよ、的な事を願うのだが。
みんな、お疲れのとこ申し訳ない。
しばらく、俺に付き合っていただく。
「校長先生! ちょっと、よろしいでしょうか」
俺は立ち上がると、大声で校長と校庭にいる者全員に対して呼びかけた。
「私は6年3組のクラス委員の八重洲ともかです。
今回の修学旅行において、本校の学生として、いや、人として看過できない問題がありました」
「おい! 八重洲、何だいきなり」
「大事な話です。今、大事なんです! 聴いて下さい!」
「ほう、分かりました、八重洲さん。いいですよ聴きましょう」
「ありがとうございます、校長先生」
俺はお辞儀し、皆に向かって話し出す。
「私は昨晩、古賀先生と翌日の打ち合わせ等をし、入浴に遅刻しました」
少しみんなの空気が変になる。
「慌てていた私は、あろうことか間違えて、男湯に入ってしまいました」
あはははと、笑う男子が結構いる。
「ふざけているのか!」
「いえ、本題はこれからです。
脱衣場に入ると、なぜか2組の江藤くんが全裸で残っているのです」
「ーーん!?」
またもや、空気がかわる。
(ともちゃんっ!)
なつきが悲痛な視線を向ける。
「それは、どういう事なのかい?」
「不自然に自販機の脇のゴミ箱が半分飛び出ていました。
奥には江藤くんの着るもの全てが隠されていました」
「そんな、学生のいたずらなんて、よくあるだろう」
「他クラスがすぐに入ってくるのに彼一人残し、全員浴場を後にしてるんですよ。
必死に探す彼を無視して」
「………」
「恥ずかしくて、うちの連中が浴室に入るまでトイレに身を隠して。
それからまたひとりで探してたんですよ」
「確かにちょっと、やり過ぎだな」
「私はそれから意識して、2組と江藤くんを見るようにしました」
「それで?」
「あるものは悪意をもって、あるものは汚ない物を見る目付きで。
そして残りの者は我関せず、触らぬ神に祟りなし……」
「うーむ」
「誰一人、彼と普通の会話をしません。
クラス全員が距離をとっています。
彼をスケープゴートにして、クラスの調和をとっているのです」
「………」
「社会に出ればよくある話ですか?
ひとり生け贄を作れば、そいつ以外の全員が穏やかにすごせる。
尊い犠牲ですか? 必要悪だとでも言うんですか?」
「そんなこと……」
無くはないはずだ。
うるさい上司の愚痴を肴にし、出来ない同僚を小バカにするのも肴にして、そうして酒の席は大いに盛り上がるのだ。
程度の差はあれ、社会は生け贄で溢れている。
だからって……
「じゃあ、犠牲になった者の気持ちはどうでもいいんですか?
相手の傷みを感じてやれる人間は、教育は、理想論ですか?」
「ともちゃんっ! もういいよ!
僕がどんくさいのが悪いんだ!」
なつきが立ち上がって止めに入る。
「いや、なつきは何も悪くない!
奴らは誰でもいいんだよ。たまたまお前だったんだ。
タイミングが違えば、他の誰かが犠牲になっただけなんだ」
「そこまで、うちの子たちは酷くありません!
ただ内気で、うまく表現できないだけです」
今まで黙っていた田辺先生が、堪り兼ねて発言する。
「田辺先生、そもそも他クラスの私がおかしいと感じたのです。
この状況に気付けなければ担任失格、気付いて無視してたら教師失格だ」
「あなたに、何が分かるの!
全部あなたの主観でしょ!」
「主観で何が悪いっ!
俺はなつきと物心つく前から一緒にいたんだ。
お前たちの親が、兄弟が、姉妹が無抵抗に虐げられたら黙っているのか!
なつきの帽子を盗み、海に投げ捨て、それを標的に石くれをなげて高笑いするのを、子供のいたずらと見て見ぬふりをしろというのかっ!」
「そ、そんなことしてたの……」
「黙って泣きながら、その光景を写真に撮り続けた俺の気持ちが分かるか!」
「えええっっ!」
一瞬、校長含め教師陣が息を飲む。
「もちろん、先ほど言った旅行中のクラスメートの対応も一部始終、ちょっとした写真集が出来るくらいは撮影済みです」
田辺の顔には血の気が無い。
「とりあえず、父兄、PTA、教育委員会の分くらいは用意して」
「もういいでしょ、八重洲さん。
それくらいにして、本題に入ったら?」
ひとみちゃんが間に入る。
「はい。先生」
「どういう事だね? 古賀先生」
「はい、校長。
実は昨夜、八重洲さんから相談を受け、
2人で話し合っていたのです」
「はっ、それで深夜に露天風呂に……」
「私は八重洲さんを信じて、背中を押しました。
あなたの思う通りにやってみなさい。と」
ちょっと盛ってるけど、大体そんな感じだ。
ひとみちゃんには事前に相談していたのだ。
まあ、ほとんどは帰りのバスでだけど。
「校長先生! なつきを、3組にクラス変えして下さい。
うちの連中は喧嘩もするし、仲の悪い者同士もいる。
けれどあんな、陰険で底意地の悪い事をする奴は誰一人いないと信じてる」
俺はクラスのみんなに笑みを送る。
「なあ、平川!」
「ああ、俺たちは卑怯者じゃあない!」
「なあ、長坂下!」
「ああ、俺はお前や平川が大嫌いだけど、正々堂々ぶん殴るぜ」
それはそれで困るよ。
「校長、田辺先生、八重洲たちの自発的な行為を許してあげられませんか」
「うむ。
いいクラスだよ。じつにいい。私に任せなさい」
「ちょっと待って下さい。
これは私が勝手に言っている事です。
決断は江藤なつき本人がするべきです」
「えええっっ! ぼ、ぼく?」
「なつきちゃん、こんな事してごめん。
だけど、男には逃げちゃいけない時が絶対ある。
今逃げて、決断しなければ、ずっと逃げる、逃げ癖がつく」
「で、でも……」
「出来ない理由を探すな。決めるんだ。
一緒のクラスになってもいいし、もとの人達と一緒でもいい」
「ぼ、僕は……」
突如訪れる静寂……
校庭にいる全生徒、教員は固唾を飲んで、なつきの言葉を待つーー
「決めたよ」
キッ!
と、なつきは少しだけ男の子な目をする。
「僕は逃げない。
だから、3組には行かない。
2組から、2組のみんなから逃げない!」
「よく言った、なつきちゃん。
俺たちは変態スクーター野郎を撃退したんだ。
それに比べりゃ、こんなガキ共、雑魚みたいなもんさ」
「そうだね! あの時に比べたらね。ははっ」
「こらっ! なに堂々とバラしてんだ!」
しまった!
この前の一件は、俺らの名前は伏せてもらってたんだった。
いくら危険の回避だったとしてもやり過ぎだ。
小学生がカーチェイス!
暴漢を土手下へ撥ね飛ばし、鎖骨をへし折ってやったのだ。
表沙汰にはできない。
「「「えええーーーーーっ!」」」
校庭内の小学生が一斉に驚きの声をあげる。
「お前たちだったのか」「嘘っ、ヤエちゃん?」
「八重洲さんが!?」「ニュースの奴か!」
「あの江藤が?」「あの2人で!?」「ま、まじか……」
「みんな静かに!」「静かにしなさーい!」
最近、地元のテレビや新聞で騒がれた、謎の小学生の正体が分かったのだ。
騒ぐなというほうが無理ってものだ。
それはそれは騒々しく混乱した中で、おそらく皆の記憶に残るであろう、小学生時代の修学旅行の幕は下りたのだったーー
ーーーーーーーーーーー
緒先生方に、
「今日のところは」
と、手早く挨拶を済ませて、
俺となつきは父のワゴン車に向かった。
近づくと、うちの両親、なつきママの3人が跳び出てきて、
それぞれの我が子をきつく抱きしめた。
「よくやった!」「ごめんなさい、なつき」「よかった、本当に」
どうやら一部始終を見ていたらしい。
3人とも泣いていた。
泣きながら笑顔だった。
「「「おかえりなさい」」」
最近涙腺がゆるくなってか、
もらい泣きしちまった。
「「ただいまーっ!」」
ー第六話 おわりー
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