第六章 日は既に落ちる、されど未だ夜ならず②

 不随意運動だ。

 『グリンブルスティ』は搭乗者の意志とは関係なく動いている。


「間接路がやられたんだ。あいつは搭乗者の意思とは関係なく暴れまわるぞ!」


 ギラードが叫んだ。

 『グリンブルスティ』の不随意運動は止まらない。周囲に突撃を繰り返す。


「逃げるんだ。こいつは放っておいても自滅する」


 カイルの指示で皆、距離を取った。


「何とかならんか?」


 ギラードの口ぶりに未練があった。

 『シックスナンバーズ』の基底核部バーゼル・ブロックが手に入るとしたら、惜しい気持ちにもなる。


「無理です。音速なんですよ?」


 カチュアが冷静に答えた。

 ギラードもドレスビースト24機も犠牲にするわけにもいかず、しぶしぶ諦めた。


 しかし、エスティは諦められない。

「ドレスを止められないの!?あなたまで死んじゃうわよ!」

 エスティは少年に話しかける。

「そんなこと言って、『グリンブルスティ』が欲しいだけなんでしょ!?僕の命なんてどうだっていいくせに!」

「そんなことない!お願いだから死なないで!」

「僕は戦士だ。敵に奪われるくらいならこのまま『グリンブルスティ』と死ぬくらいの覚悟はある」

 少年の声には一切の迷いがない。

 エスティは絶句した。


「今までずっと戦うために生きてきた。戦うために生まれてきた。そうやって教えられてきたんだ。死ぬことなんて怖くないよ!」


 少年の覚悟にエスティは叫んだ。


「何言っているの!あなたはそんなことの為に生まれてきたんじゃない。戦う為なんかの為に生まれてきたんじゃない!」


 だめだ。

 だめだ。


 そんな理由で死んではいけない。

 戦争なんかで死んではいけない。


 エスティの気持ちを『ディケッツェン』が受け取った。

 『グリンブルスティ』に向かって駆けだそうとする。


 瞬間、『ヘングスト』が『ディケッツェン』の腕をつかんだ。

 止められたエスティの腕に、痛みが走る。


「離して、リュウセイ!」


 髪を振り乱して懇願するエスティに、リュウセイはゆっくりと首を振った。

 カイルが近づいてくる。


「やめるんだ。彼はもうだめだ。」


 さとすようなカイルの声は優しい。しかしエスティは納得できなかった。

「でも……でも……!」

 その時、エスティの真横を黒い影が通り抜けた。

『シュヴァルツカッツェ』だ。


「ダン!」


 ダンは『グリンブルスティ』の懐に飛び込むとしがみついた。

 大型の『グリンブルスティ』に『シュヴァルツカッツェ』は振り回されるが、ダンは決して離れない。


「ダン!どうするの!?」

「こいつをコックピットから引きずり出す!」


 パイロットを失えば、ドレスはただの鉄の塊だ。

「君!確率変動をやめるんだ」

「そんなことしたら僕のことを殺すくせに!」

 少年の心はかたくなだった。

 それでもダンは諦めなかった。


「君、名前がないんだろ?」


「そうだよ。僕は『グリンブルスティ』の部品なんだ。名前なんていらないよ!」


「じゃあ僕がつけてやる!お前の名前は「アオバ」だ!」


 突然のことに少年は言葉を失った。

 ダンはもう一度叫ぶ。


「お前の名前はアオバだ!」


「「アオバ」?それが私の名前?」


「そうだ!お前、女の子なんだろ?アオバ!死ぬなアオバ!」


 ダンはせき込むともう一度叫んだ。


「お前は戦うために生まれてきたんじゃない!俺たちは戦うために生まれてきたんじゃない!俺たちはもっと違う何かの為に生まれてきたんだ!そいつは何か、分かんないけど、とにかく!今は死ぬなアオバ!」


 ダンが今まで聞いたことのないような大声で叫んでいた。

 エスティは今見ている光景が信じられなかった。

 だが、我に返ると一緒になって叫んだ。


「そうよアオバ!あなたは生きていていいの!」

「そうだ!こんなくそみたいな世の中でも!生きていれば何とかなる!」


 エスティとダンの言葉が重なった。

「私生きていていいの?テロリストなのに?」

「テロリストだったら、もう一回テロやってもいいから。私止めるから!」


 エスティが一生懸命叫ぶ。

 前のめりで叫ぶエスティの手を、リュウセイは決して離さない。

 離したら、弾丸のように飛んで行ってしまうだろう。


 リュウセイは手に力を込める。

 エスティの腕がギリギリと痛んだが、それでも前のめりに叫び続けた。


「私、生きていていいの?死ななくていいの?戦わなくていいの?だけど、こんな人生、もう分かんない。分かんないよ!」


 アオバの叫びに、エスティは答える。


「アオバ!何が正義で何が悪か分からないけど、過去も現在もつらいことばっかりで!未来も不安でいっぱいだけど!だけど!死んじゃダメだよ!死んじゃったら何にもならないじゃない!」


「死なないで」ただそれだけを叫び続けた。

 それ以外の方法をエスティ達は知らなかった。

 ただ目の前で小さな命が消えようとしている。

 それだけは止めなくちゃならなかった。

 なんとしても止めなくちゃならなかった。


「生きて!アオバ!」


 その瞬間、リュウセイが『ディケッツェン』の手を放した。

 急に身軽になり、エスティはたたらを踏む。


「リュウセイ……」


 エスティが振り返ると、リュウセイの『ヘングスト』がゆっくりと頷いた。


「ありがとう!」

 言うが早いか『ディケッツェン』が飛び出した。

 一路、『グリンブルスティ』へと駆けていく。


 そんなエスティをリュウセイは見送った。

 

「リュウセイ!」


 カチュアがリュウセイを叱った。リュウセイはそっぽを向くと知らん顔をした。


「まったく……しょうがない奴だな」


 カイルはため息をつく。

 戦場での命令違反は重罪である。


 カイルは深く息を吸うと腹に力を込めた。


「総員、確率変動!」


 カイルが声を張る。


「おい!やめろ!『ヘングスト』を大破させる気か!?」

 ギラードが驚いて制止する。

「いくらクラストップでも、許さんぞ!全員、その場で待機だ!エスティも引け!」

 カイルは騎乗槍をぐるりと回すとなおも続ける。


「目標!『グリンブルスティ』!勇有る者は我に続け!アオバを救出する!」


 カイルは雄たけびを上げると『グリンブルスティ』へと突貫した。

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