第二章 放課後は戦場で(終)

 通信に割り込み、男の声がした。


「九時の方向、敵機です」


 パティの通信で皆が一斉に振り向く。

 小さな丘の上に黒い人影があった。

 二足形態の黒い『ヴォルフ』だ。

 通信に割り込んできたのはこの黒いドレスに違いない。


 しかし、どこから現れた?


「全機照準を合わせ!後方の黒いドレス」


 ギラードは動揺しながらも狙撃の指令を出す。

 全機ライフルを構え黒いドレスを捉える。

 黒いドレスは四足形態になるとこちらに駈けだした。

 30機以上のドレスビーストに単騎で突貫してくる。

 普通の『ヴォルフ』じゃない。早すぎる!


「俺が意地汚いだと?撃ち落として俺の機体にしてやる」


 ニールがライフルを乱射する。が、敵機ドレスのスピードが落ちない。


「確立振動しています!次元確立変動機です!」


 パティが叫ぶ。とほぼ同時にニール機が敵機と肉薄した。


「なめんな!オッサン!俺はクラスのエースだぞ!」


 ニールは振動ナイフを抜くと敵機黒い『ヴォルフ』に突き立てる。

 振動ナイフなら確率共振しやすいはずだ。

 しかし、黒い『ヴォルフ』は二足形態をとると同時にニール機の右手を掴んだ。


「エリート学徒か。」


掴んだ右手を無造作にねじ切る。


「ボウイスカウトならキャンプ場でやるんだな。」


 ニール機はしりもちをついて倒れた。

 黒い『ヴォルフ』は振動大剣を引き抜く。


「俺は、クラスのエースだぞ……!」


 叫ぶニールを無視し、振動大剣を振りかぶる。


「ここは戦場ビーストランドだぜ」


 大剣が振り下ろされた。

 ニール機は真二つに両断され爆発炎上する。


「黒騎士だ!半年前、ミカワ湖で『ヘングスト』中隊を一機で半壊させた大剣使いだ!」


 ギラードが叫ぶ。


「黒騎士クゼ・ガーランド!参る!」


 黒騎士は二足形態を四足形態に変形させると駆けだした。


「うああ!!」


 パティがライフルを撃つ。が確率共振できなくて当たらない。


「良い腕だ。だがこの距離では!」


 スナイパーのパティは近距離が苦手だ。

 黒騎士はパティ機をとらえると振動大剣を振り上げた。


「パティ!」


 エスティはパティと敵機の間に割り込むと、黒騎士の斬撃をいなした。

 衝撃が振動刀を通して体中に響く。こんな重い斬撃受けたことが無い。


「エスティ、逃げて!除籍になっちゃいます!」

「あんただって、成績、危ないんでしょ!?」


 席順が最下位であるエスティの隣なのだ。

 パティだってここでの撃破はきつい。


「青春だな。しかし、そんな継接ぎのドレスで勝てるのか?」

「うるさいわね!あんたには関係ないでしょ!」


 エスティは振動刀を抜くと黒騎士に斬りつける。

 ガツン、と金属のこすれる音と共に振動刀ははじかれる。

 だが、当たった。


「エスティ!確率共振反応が起こっています。」

「当てたか……運の良い奴。だが!」


 相手はこちらの確立変動に対して完全に共振させている。

 一撃でも貰ったら終わりだ。


「全機、エスティを援護だ。カイル!リュウセイ!」


 ギラードが叫ぶ。

 近距離戦闘に強いカイルとリュウセイが援護に入った。

 残りは距離を取り遠距離攻撃に回る。

 ギラードはさらに後方に回り、敵機の進路を塞いだ。

 万が一でも『シティ』まで入られたら本当に死人が出る。

 絶対にここは通せない。


「エスティ!相手は君を標的にしている。もっと早く動け!」


 カイルが黒騎士に斬りかかるが十回に一回カスるのがやっとだ。

 リュウセイも同じようなものだった。

 本当に強敵だ。


(もっと……もっと早く……!)


 機体はより早くより正確に黒騎士に斬撃を繰り出す。


 だが……それでも黒騎士には及ばない!


「やるな……だが!俺には勝てない!」


 黒騎士は重い大剣を信じられないほど素早く、鋭く操る。必死で避けるエスティの肩を、わずかに斬り裂いく。痛覚刺激が脳に伝わり、エスティは痛みに顔を歪めた。


 その痛みに耐え、噛み締めた口を抉じ開けると大声で叫んだ。


「私は……生き残る!」


 瞬間、エスティのナイフがガチンと重い音を立てて黒騎士の装甲を切り裂いた。


「バカな?確率共振、この俺の、『ヴォルフ』の確立変動に共振させたのか?」


 黒騎士が驚嘆の声をあげた。


 いや、黒騎士だけでない。

 ギラードもカイルもクラスの全員が驚きの声をあげた。


「戦場でも!教室でも!私は……負けない!」


 エスティの攻撃がさらに鋭さを増す。


「だから……動いて……」


 エスティの思いに応えるように、赤いドレスはさらに素早さを増した。


「動いてぇ!『ディケッツェン』!」


 黒騎士は共振できないカイルとリュウセイを無視してエスティのドレスだけに攻撃を繰り返す。

 しかしエスティは素早くよける。当たらない。


「何故ここまで動ける!?貴様、一体何者だ!?」


 黒騎士が叫んだ。


「いやあああ!!」


 気合いとともにエスティのドレスがナイフを振るう。

 黒い『ヴォルフ』の腹部に突き立てた。と、同時に確率変動が止まった。


「今だ!!」


 カイルは『ヴォルフ』の両腕を切り落とし、リュウセイが首を撥ねた。

 黒い『ヴォルフ』は完全に動かなくなる。


「勝った……」


 一瞬の沈黙のあと、パティがつぶやいた。


「やったな!!お前たち!!すごいぞ!!」


 ギラードの言葉を遠くで聞きながらエスティは荒い息を吐いていた。

 心臓の鼓動が早い。酸素が足りない。みんなの話が遠くで聞こえる。


「凄いぞ。エスティ。君は英雄だ。」


 カイルが近づいて肩を抱いた。

 もちろんドレスの肩だったが、脳波を通してエスティにはその感覚が伝わってきた。


「私の力じゃ……ない。『ディケッツェン』が……頑張ってくれた……から」


 荒い息を吐きながらなんとか答える。


「そうか、そうか!凄いぞ!エスティ!」


 カイルは興奮してそう繰り返した。


(『ディケッツェン』?私、この子を『ディケッツェン』と呼んでいる)


 何故だか分からない。

 ただ、このドレスをエスティはそう呼んだ。

 幻の少年が呼んだ赤いドレスの名前を。


(あなたは一体誰?)


 応える者がいるはずもなく、まぶたの裏でも少年は、相変わらずこちらを睨みつけていた。



  ◇  ◆  ◇



 翌朝、エスティは登校するとパティに「おはよう」とあいさつを交わした。

 他にあいさつをする人もいない、はずだったのだが。


「おはよう」


 突然の声にびっくりして顔を上げる。

 あいさつをしてきたのはクレアだった。


「昨日はスゴかったね」


 クレアは金色の短髪を掻き上げるとニヤリと笑った。

 エスティは戸惑いながらも「ありがとう」と答えた。

 それにつられ一人二人とエスティに声をかける。


 まだほとんどが遠巻きに見ている。

 そして数人は苦々しくこちらを見ていたが、昨日とは大違いだ。


「どういうこと……かな?」


「エ、エ、エスティさんが、み、みんなに認められたんですよ。私……嬉しいです。」


 戸惑うエスティをパティが慰めてくれる。


(本当に信用できるのはこの娘だけかな?)


 おどおどして危なっかしい横顔をぼんやりと眺める。


「そういえば!」


 横顔が突然こちらを向いた。

 エスティは少し眠たげな眼のまま先を促す。


「今日、転校生が来るって噂ですよ」


 そういえば寮母さんがそんなことを言っていた気がする。


 4月から編入してきたエスティは、このクラスにとって異物である。


 その異物に対しての拒絶反応が、このクラスにただよう違和感の正体とするなら、これから入ってくる新たな異物(この場合、転校生)の前にエスティを受け入れたのかもしれない。


 それも、誰かが「そうしよう」と決めたわけでなく、クラス全体の雰囲気で、だ。


「なるほどね」


 明るく笑うクレアを見ながら、思考が口からこぼれた。


 新しい転校生は大丈夫だろうか。何か自分の助けが必要かもしれない。


 いや、バカバカしい。


 その転校生は、自分よりずっとコミュニケーション能力が高いかもしれないじゃないか。


 思考がグルグルと回り、寝不足も手伝って徐々にまぶたが重くなる。


 ちょうどその時、男子生徒を伴ってギラード教官が教室に入ってきた。


 男子生徒を見たエスティの目がみるみる広がっていく。

 眠気もどこかに行ってしまった。


(あなたは一体誰?)


 エスティの頭に再び、あの言葉が浮かぶ。


 その男子生徒は、目つきこそいくぶん柔らかかったが、紛れもなくあの幻覚の少年だった。

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