第三章 赤き閃光のエスティ

第三章 赤き閃光のエスティ①


 ずっと昔のことだった。


 赤い髪が原因で

 近所の悪ガキに

 からかわれたことがあった。


 私の大好きな赤い髪を、

 その悪ガキはへんな色だという。


 私の赤の髪の毛が

 みんなには同じように見えていないのかもしれない。


 と、妙なことを考え出した。


 悪ガキから見る私の髪の毛は

 もっと毒々しい

 ピンク色なのかもしれない。


 ロキから見たら、

 鮮やかな朱色なのかもしれない。


 自分が感じていることと、

 世界が一致している確証はどこにもない。


 それは夢かもしれない。

 幻かもしれない。


 私は培養液の中に浸かった脳みそで、

 マッドサイエンティストが

 そんな幻を見せているかもしれない。


 意地悪な神様が

 いたずら心で見せた幻かもしれない。


 目の前に幻の男の子がいる。


 しかし、この認識は世界の実存と

 はたして一致しているのだろうか……?



     ◆  ◇  ◆



(あなたは一体誰?)


 目の前に幻の少年が立っている。

 真っ黒な髪は少し伸び、目つきこそいくぶんか柔らかかったが、紛れもなくあの少年だった。


「アオイ・ダンです。よろしく。」


 愛想のない短いあいさつにギラード教官は補足を加えた。


 彼の名はアオイ・ダン。

 ティフェレトシティからの編入生だった。


「席はエスティ。お前の隣だ。仲良くやれよ。」


 編入生なのだから成績最下位のエスティの、さらに下になる。


 彼女の右隣が彼の席だった。


 席に付こうとするダンと目が合った。


(ひょっとして、また幻覚を見ているのだろうか?)


 エスティは内心ドギマギしながらもぎこちなく笑う。

ダンは少しだけ眉を寄せたが、「よろしく」と握手を求めてきた。

エスティはその手を握る。

ダンは無表情のまま握り返す。


(あなたは一体誰?)


 エスティの疑問など知る由もなく、ダンは静かに席に着いた。



  ◇  ◆  ◇



 薄暗い格納庫にドレスビースト達が並んでいる。


 鉄と油の匂いにくらくらしながら、エスティは自分のドレスを探していた。


 一歩一歩、歩くごとに自分の足音が遠くまで響いていく。

 反響する足音に応えるかのようにハンマーを叩く音が近づいてきた。


「おーい!こっちだ」


 遠くから手を振る人影が見えた。

 小走りに近づくとオオガミ・シリウス教諭に挨拶をする。

 シリウスは真っ赤に塗装されたドレスのコックピットを開け、データを取っていた。


「何です?このドレス」


 塗装したてのぴかぴかのドレスだった。

こんな綺麗なドレスなら、乗ってみたい。


「何って、お前のドレスだよ」

「え……?」

「『ディケッツェン』っていうんだろ?」


 エスティは改めて赤いドレスを見上げた。

 基底核部バーゼル・ブロックは確かに『ディケッツェン』だったが、随分整備が進んでいる。


 おまけに綺麗に塗装まで。


「クラス最下位の私に、どういうことですか?」


 ドレスの整備は基本的に成績順だ。

 最下位のエスティは常に一番最後に余った部品で機体を組まれる。


「ギラードにこいつを塗装ドレスしろって言われてな」


 シリウスはいつも通り面倒くさそうに答える。


「だから、それが何故……」

「いいから上がれ、こいつが本当にお前の脳波にしか反応しないんだよ」


 質問に答える間もなくエスティはコックピットに引き上げられた。

 普段はコックピットルームからの遠隔操作だが、整備中は直接触った方が楽だ。


「ちょっと右腕挙げて見ろ。そっとだぞ」


 いわれた通りドレスを動かす。

 ゆっくり動かすつもりが勢いよくグンと挙がった。


 それを見てシリウスが頭をぼりぼりと掻きむしった。そして下に向かって声を上げる。


「ラゥリン!淡蒼球たんそうきゅうの出力が弱いぞ!」

「はーい!今やりますって!」


 基底核部バーゼル・ブロックの下から眉の太いぼさぼさ頭の少年が顔を出した。


 整備科一年のラゥリンだった。


「あ、エスティさん!こんにちは!」


 無駄に元気なラゥリンは声がでかかった。

クワンクワンとドック全体に音が反響した。


「こんにちは、ラウリン君ありがとうね」


 苦笑交じりのエスティに、ラゥリンは少年らしく頬を赤らめ鼻の頭をこする。

 鼻が黒くなるお約束付きだ。


「しかし、今回の出撃は凄かったですね。あの黒騎士を倒すだなんて」


「情報早いね。誰から聞いたの?」


「あれ?今日のマル校新聞、見てないんですか?」


「え?」


 マル校新聞とは、センチュリア大学付属マルクト高校の校内新聞だ。

 マスコミ科の学生が毎週必死で作っているから頭が下がる。

 エスティも人気コーナー『孤独の学食』を愛読していた。


「ほれ」


シリウスがポンとエスティの頭に新聞を乗せる。


「え?」


「読んでみろ。ギラードが考えそうなことだろ?」


エスティは新聞を受け取るとさっそく開いた。


「だから赤く塗っているんだよ。『赤き閃光のエスティ』さん?」


 新聞の一面には先日の出撃がスクープされていた。

そして、そこにはエスティの顔写真が大きく掲載されていた。


「ええぇぇぇぇ!!!!」



     ◆  ◇  ◆


 週刊マル校新聞

『黒騎士襲来しゅうらい!!』

 去る六月十五日。ドレスビースト隊、第四特別陸戦騎兵隊(以下、第四特騎だいよんとっき)が出撃。敵ドレスビースト中隊と接触、戦闘状態となった。第四特騎は終始優勢であったが、敵増援ドレスビーストの反撃を受け四機大破、七機中破の大損害を受ける。敵パイロットはクゼ・ガーラント大尉(42)。クゼ大尉は今年二月、ミカワ湖における戦闘で我が軍のドレスビースト中隊を殲滅せんめつしたスーパーエースである。黒い『ヴォルフ』と振動大剣で戦うスタイルから黒騎士と呼ばれていた。クゼ大尉に撃破された四機には「狂犬マッドドック」の異名を取るシバサキ・ニール騎士長きしちょうも含まれていた。


 『赤き閃光あらわる!!』

 黒騎士の猛襲を止めたのはヤマモト・エステリア二等騎士きしだった。エステリア二等騎士はこの春、普通科から編入したばかりの新人だったが、ドレス実技において目覚ましい才能を発揮しており、今回の出撃でも初撃破を期待されていた。エステリア二等騎士は専用機『ディケッツェン』をり、黒騎士と真っ向から堂々たる戦いぶりを見せた。「首狩りリュウセイ」一等騎曹きそうと「疾風はやてのカイル」騎曹長きそうちょうとともに激しい戦いの末、ついに黒騎士を討ち取った。校内では早くも「赤き閃光のエスティ」の話題に持ち切りである。新たな英雄の誕生に我が軍の士気は益々ますます向上している。

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