第三章 赤き閃光のエスティ②

 ニールはマル校新聞を握りつぶすとごみ箱に叩きつけた。


「エスティの野郎!調子に乗りやがって!」


 ニールのいらだちは収まらず椅子や机に当たり散らす。

 それを見てマリアは眉をひそめ、ジノは怯えた。


「ニール君。これは新聞部の悪ノリだよ。」


 ジノは怯えながらもニールをなだめた。英雄とは現れるものではなく、造られるものだ。

 人々が求め誰かが作り出す。

 「赤き閃光」なんて二つ名も誰が呼んだわけでもない。新聞部が作り出したのだ。


 しかもギラード教官はそれに乗ることにした。

 エスティの機体をわざわざ赤に塗り、オールチューンまでした。

 今までは中古の部品しか回してこなかったのに、だ。


 編入生のエスティがいきなり黒騎士相手に星を上げたのだ。学校側にしてみれば格好のネタである。逃す手はないだろう。

 話題は評判になり、それが評価に繋がれば予算が降りる。

 大人はいつだって現金なものだ。


「それで、気に入らないエスティさんを潰すために協力しろって?」


 マリアは煌めく金髪を後ろに流しながら唇を薄く開いた。甘い女の香りが漂う。


「マリア。お前だってあの赤毛の小娘が気に入らないんだろ?」


 その言葉にマリアは笑った。

 奨学金のために戦っている。そういう生徒は珍しくない。

 だが、エスティはその戦いに疑問を持っていた。それはマリアにとって冒涜ぼうとくである。


 信仰に厚いマリアにとって、この戦争は世界を平定するための、そして神の正義を示す聖戦であった。


 疑いなどあってはならない。


 まして、神の意思に「なぜ?」などと考えてはならない。


「お前の神は、あの娘を許さないんじゃないか?」


 敬虔けいけんな宗教者である彼女は、戦場においては誰よりも獰猛どうもうで無慈悲な戦乙女ヴァルキュリアだった。


 そんな彼女につけられた二つ名が『神のはしため』である。


「あなたは何故、彼女を嫌うのですか?」


 微笑ほほえみを絶やさずマリアは問う。

 エスティとマリアでは戦う姿勢が遠すぎる。

 それは分かるが、ニールとエスティにそんなに違いがあるとは思えなかった。


「理由なんてどうでもいいんだよ。イライラするんだよあの女は」


 不満を全身でまき散らしながらニールは吠えた。

 マリアはそんなニールにため息をつく。


「あなたは本当に不愉快な人ですね。」

「うるせぇ!むかつくもんはむかつくんだよ!」


 まるでしつけの悪い犬のようなニールにマリアは呆れながらも、何か面白いものでも見つけたように口角を上げた。


「あなたは不愉快ですが、物事に対して『何故?』と考えないところは共感できます。」


 マリアの言葉にニールが「何が言いたい」と視線を送る。


「いいですか?『何故?』という問いに答えることができるのは真の意味では神だけです。『何故?』の全てに答えられる人間なんていないからです。」


 その言葉に得心とくしんをえたニールはニヤリと笑った。


「確かに、俺は考えても分からねえことは考えないもんな」


 そして、エスティは考えても仕方ないことにいつも思い悩んでいた。


 マリアはそれが気に入らない。


「人はただ、魂の平安を求めるに過ぎません。もっとも……あなたの欲動コナトゥスは畜生以下ですけどね。」


 丁寧な言葉遣いとは裏腹に恐ろしく辛辣で冷淡なマリアにジノはさらにおびえ震えた。


 ニールは下品に笑うとマリアの頬に手を添え、顔を近づける。


「分かっているじゃないか。俺の魂も平安にしてくれよ」


「邪魔だから潰す。気持ちいいから女を抱く。快楽主義者ですね」


 笑顔のままニールの手を振り払うと続けた。


「あなた、地獄に堕ちますわよ」


 まるで道端にちたカラスの死骸を見るような、辛辣なマリアに対し、ニールは不敵にも笑った。


「俺の幸福エウデモアは現世にしかねぇよ。天国なんざクソくらえだ」



  ◇  ◆  ◇



 センチュリア共和国の最東のシティ

 マルクトシティ。


 人口800万人のマルクトシティの周辺には100万人程の中堅シティが点在し、その間の荒地ワイルドにも約7000万人の人々が寄り添うように暮らしていた。


 すぐ南のダァトシティは17年前にアルテア人により占領され、今や最大級の反政府組織である。


 そんな事情からマルクトシティはセンチュリア共和国の守りの要となっている。


 しかし、軍の入隊希望者は年々減少しており深刻な人材不足に悩まされていた。


 その為、マルクトシティでは現役高校生を主体とした機動兵器ドレスビースト隊。特別陸戦騎兵科、通称『特騎とっきクラス』を推奨していた。


 エスティの通うマルクト高校『第四特騎だいよんとっき』は3年連続撃破数ナンバーワンを誇る強豪校だった。




        ◆  ◇  ◆

 


「今日は多いな」

 エスティはげんなりしながら物陰に隠れた。


 マルクト高校は超マンモス校であった。

 その広大な敷地の中に6科10116人の生徒が就学していた。


 芸能クラスのD棟と特騎クラスのF棟の前はいつも人だかりだ。


 メディア・マスコミ科の学生の取材と普通クラスの学生がアイドルや第四特騎のエースたちを一目見ようと集まるのだ。


 いつもより多いのは先日の出撃のせいだろう。


 第四特騎のエースたちにはそれぞれファンがついている。


 一番人気は当然、首席のカイルである。

 もっとも成績下位者にはほとんどファンはいない。


 それどころか編入生で最下位のエスティはファンからもあまり好かれてはいなかった。


 物陰に隠れて朝ごはんに寮母さんからもらったパンにかぶりつくと、一際ひときわ大きな歓声が上がった。


 こっそり顔だけ出すとカイルの登校だった。


「相変わらず凄い人気よね」


 カイルは困ったような笑顔で握手に応えている。隣のカチュアが不機嫌そうだ。


 その後、リュウセイ、ニール、クレアとエースが続くたびに歓声がく。


(そろそろかな……?)


 人だかりが少なくなってからこっそり登校するのがエスティの習慣だった。


 教室の窓からパティが手を振っていた。

自分を見つけたのだろう。もともとこの赤い頭は目立つのだ。


 エスティは立ち上がって制服のスカートをぱんぱんと叩くとF棟に歩き出した。


 それを見てパティがそわそわと動き出す。


(あの子、何やってんだろ?)


 パティは思いついたように携帯端末を取り出すと、エスティの携帯にメッセージ音が鳴った。


(なんだろ?)


 メッセージを開くとパティからだ。


 ———もう少し、後から投稿したほうがいいですよ。


(投稿ってなんだ?)


 次の瞬間、エスティは黒山の人だかりに飲み込まれた。


「握手してください」

「おはようございます!エスティ先輩!」

「赤き閃光のエスティさんですよね?」

「マル校新聞ですが、今回の出撃についてお聞かせください」

「うわあ、本当に髪の毛真っ赤なんですね」

「それ地毛ですか?」

「触っていいですか?」


(なんだこれ!って言うか最後のセクハラだろ!)


 思考が二千回転くらいする中で、とりあえず最初の女の子と握手を交わし、写メにぎこちない笑顔を向けた。

 その後も握手と写メを求められる。


「あの、ほんと、もうホームルーム始まっちゃうので」


 人垣をかき分ける謎のチョップを繰り出しながら教室に入ろうとする。


 人に嫌われるのには慣れていた。

 でも好かれることには戸惑った。

 どうしたらいいかわからない。


 逃げるように立ち去ろうとするエスティに男子生徒が立ちふさがった。


 その男子生徒はニールだった。

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