第三章 赤き閃光のエスティ(終)

 逃げるように立ち去ろうとするエスティにニールが立ちふさがった。


「な、なによ」

「てめぇ。調子に乗っているな」


 ニールの言葉に観衆が黙った。


 ひりつく緊張感に包まれ、みんな息をひそめる。

 だが、何かを期待するように、そこから離れる者はいなかった。


 マスコミ科の学生がマイクで録音しようとする。


「調子に乗ってなんかいないわ。どいてよ」


 そう言ってニールがどくわけがない。


 見下ろすニールを無視して横をすり抜けようとするが、今度はジノとマリアが道を塞ぐ。


「マリア……あんた」

「ニールさんがあなたを気に食わないんですって。」


 マリアはいつも笑顔を絶やさない。

 その笑顔が美しく、恐ろしい。


「戦果を上げたからって、いい気になっているからだ」


 ニールが吠えた。


「ウソですよ。この人は衝動的にあなたを嫌っているだけ。理性のかけらもないわ。」


 でも、と続ける。


「私もあなたのことを快く思っておりませんのよ。ご存知ですよね?」


「だったら何よ。もういいでしょ」


「ニールさんがあなたを潰したいんですって。私も協力してさしあげることにしました」


 マリアの言葉に戸惑うエスティ。

 ニールは続ける。


「春の模擬戦。俺はマリアとジノのチームで参加する。お前も出ろ。」


 その言葉に観衆からどよめきが起こった。


 春の模擬戦はマル校の恒例イベントだ。

 3対3の模擬戦をトーナメント形式で戦う。


 その伝統ある模擬戦に、期待の新人とクラスの上位ランカーが因縁の戦いを繰り広げる。


 マスコミ科の学生は興奮気味にペンを走らせた。


「無理よ。私とチームを組む人なんていないわ。」


 これは本当の事だった。


 クラスのメンバーは26名。

 3人が交換留学中で23名。

 3人一組で7チーム。


 2名余る計算だ。


 それはエスティとパティだった。


「こいつがいるだろ?」


 通り過ぎようとした男子生徒の腕を、ニールがつかんだ。


「お前、模擬戦出たいだろ?」


 腕をつかまれた男子生徒、ダンは生気の無い目を向けた。


「なんで僕が、冗談じゃない」


 長身のニールはダンの頭を鷲掴わしづかみにすると力を込めた。


「伝統ある校内行事だぞ?お前も男なら名誉のために戦ってみないか?」


 脅迫だった。ここで断ればダンは臆病者だ。


 ニールはエスティのついでに新しい編入生も潰す気だった。


 クラスメイトは教室からこちらを遠巻きに見ているだけだ。


「ちょっとやめなさいよ!昨日、編入したばかりの子にできるわけないじゃない!」


 エスティが止めに入る。


「お前は黒騎士を食ったんだろ?こいつだってできるさ」

「ニール!あんた!」

「うるせえ!お前は模擬戦に出るんだよ!」


 それきり、ニールとエスティはにらみ合った。


 ニールの視線は厳しかったがエスティはひるまなかった。


 誰も話さない。沈黙と緊張がその場を満たしていた。


 その時……。


「模擬……戦ね」


 ダンが呟いた。


「なんだと?」


 ダンをねじ伏せていたニールの力が緩んだ。


 ダンはニールの手をゆっくり払うと、ため息交じりに顔を上げる。

 その顔は心底しんそこ呆れているようだった。


「すまないが、には興味無いな」


 あきれ顔のダンに、その場にいた全員が愕然とした。


 マル校の伝統行事、『春の模擬戦』が


 マリアは目を見開くとダンに詰め寄った。


「あなた!?伝統ある模擬戦よ?この戦いに

勝つことがどれほどの名誉か分からないの?」


 マリアの口元から微笑が消えた。怒りからか唇がわずかに震えている。


「ごっこ遊びに勝つことが名誉?ここは軍隊なんだろ?」


 怒りのあまりマリアの血の気が引いている。

 ダンはそれを見て思いつくように呟いた。


「逆か……軍隊だからか」


 一人納得したように頷く。


「てめぇ!」


 ニールが殴り掛かってきた。


 その時。


整列アン・トーレン!!」


 ギラード教官が号令を上げた。

 ニールもエスティも教室にいたクラスメイトも全員、教官の前に整列する。


気を付けシュティル・ゲシュタンデン!!」


 全員が直立不動でギラードの言葉を待った。


 ギラードは実に機嫌が良さそうだ。


 生粋きっすいの軍人である彼は空気のひりつくクラスのもめ事は大好きだった。


「話は聞いた。もめ事おおいに結構!クラスメイトは仲間であると同時にライバルでもある。諸君らが切磋琢磨せっさたくまする姿は小生の誇りでもある。」


 それらしいことを言って体裁ていさいを保つのもギラードらしかった。本当は喧嘩が好きなだけだ。


「二週間後に新しいミッションがある。敵研究施設の強襲である。」


 突然の発表に生徒たちはいろめきだった。


 エスティも身を乗り出す。

 チャンスが欲しい。

 あと星を二つ上げなければ除籍なのだ。


「今回のミッションは先行部隊6名。残り17名はそのサポートとする。」


 この話にエスティはがっくりした。


 選抜となれば成績上位6名。

 最下位のエスティに可能性は無かった。

 また星が遠のく。


 うなだれるエスティを見てギラードはにやりと笑った。


「そこでだ。この春の模擬戦の優勝チームと準優勝チームを先行部隊としようと思う!」


 ギラードの言葉に歓声が上がった。


「それならどうだ?ダン」


 ギラードがダンに視線を送る。

 ため息をつくダンの胸倉をニールが掴んだ。


「てめぇ!やるのか、やらないのか」


 ダンの口元がほんの僅かに歪んだ。あれは笑みだったのであろうか。


「付き合ってあげるよ。君の戦争ごっこに」


 再び歓声が上がった。これでエスティとニールの戦う舞台が整った。


 マスコミ科の学生は早くもペンを走らせている。


 歓声を背に去ろうとするダンの腕をマリアが掴んだ。


「よくも私をここまでコケにしてくれましたわね」


 マリアはきつくダンを睨みつける。


「あなた。地獄に堕ちますわよ」


 ジノなどはそれを見ただけで顔が青くなっている。

 しかしダンは無機質な目を向けて呟いた。


「地獄……ね」


 まるで昆虫に見つめられたように、マリアの背中がぞわりと冷えた。

 ダンはマリアに顔を近づけると言葉を続けた。


「僕はそこから来た」


 言葉を失いおののくマリアを置いて、ダンは立ち去る。


 マリアはダンをにらみつけようと懸命になったが、誰が見ても呆然と見送っているようにしか見えなかった。

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