第五章 名無しの少年②
カイルを先頭に、ダン、パティ、エスティと歩いていた。
四人は教室から出て、地下のプラットホーム横のブリーフィングルームへ向かっている。
ギラードから作戦先行部隊の招集がかかったのだ。
例の研究所強襲作戦が始まるということだ。
愛想が良いカイルをダンは
ダンもクラス首席のカイルには興味があるようだ。
「ダン君は僕のことがあまり好きじゃないみたいだね」
視線に気付いたカイルは笑顔のまま声をかける。
ダンはフンと鼻を鳴らすと答えた。
「別に……僕は誰のことも好きじゃないよ」
その言葉にエスティの胸がチクりと痛んだ。
「そうか……君は誰に対しても平等なんだね」
「何を言っている?」
「誰のことも嫌いじゃないんだろ?」
ダンは何も答えなかった。
「でも。女の子を泣かすのは感心しないな」
カイルの視線が少しだけ厳しくなった。
「俺は……!」
「ついたよ」
気が付くとブリーフィングルームの前だった。
カイルは元の優しい笑顔になっている。
しかし、目だけは笑っていなかった。
「君、興奮すると俺っていうんんだね」
そうだ。ダンはいつも自分のことは「僕」という。
カイルは怒らせて相手の出方を見たのだ。
「喰えないね。君は」
ダンは面白い遊び相手を見つけたようににやりと口角を上げ、ぽつりと漏らすとブリーフィングルームに入った。
◆ ◇ ◆
ブリーフィングルームに入るとリュウセイとカチュアが待っていた。
「着いたかい?」
カイルの問いに二人は頷いた。答えたのはカチュアだった。
「ええ、目標の敵施設まで20㎞。準備完了後、すみやかに作戦にうつるわ」
研究所への道のりは長かった。
トンネルを抜けて丸三日間歩き続ける。
エスティにとって、これほどの遠出は初めてだった。
遠出と言っても実際に歩くのはドレスだけだ。
エスティはコックピットルームから遠隔操作をする。
交代で授業に出て食事や入浴をする。その間、ドレスはオートパイロットで歩き続ける。
先行部隊はエスティ、パティ、ダン。
そしてカイル、カチュア、リュウセイ。
残りの生徒たちは別室で待機だった。
ギラード教官は技術スタッフを連れて現地に
「ギラード教官。先行部隊、そろいました。」
カイルがマイクに向かって報告すると、ブリーフィングルームのモニターが付いた。モニターにはギラード教官が大写しになる。
「
ギラードの号令で6人は直立不動で並ぶ。
彼はこの掛け声が大好きだった。
「お前達、準備はいいか!」
「はい!」
全員で声を合わせる。
ギラードは満足げに頷くと作戦内容話し出した。
◆ ◇ ◆
ある研究所跡にドレスビーストが出入りしているという報告があった。
規模から考えても中堅のテロリスト集団だろう。
彼らはいくつかの破壊活動とそれに伴い犯行声明を出していた。
最大のテロ集団『アルテア同盟』との関係については不明であるが、それをにおわせる声明も出している。
大きな組織ではないが、ドレスビースト小隊だけでも地上戦に
地政学的には『
周辺住民からの要請が有ればセンチュリア軍としては動かざるを得ない。
「つまり、面倒な仕事は学生に
カチュアが不機嫌に言い放つ。
「まあ、そういうな。星が挙げることができれば成績にも反映される。後衛に回ったやつらのことも考えろ」
「いえ、任務に大きいも小さいも有りません」
なだめるギラードに、カイルが模範解答をする。
(小さい任務か……。でもみんな困っているんでしょ?)
困っている人がいるなら助けたい。
軍としては一番まっとうな仕事に思えるのだが、大人の世界は難しいらしい。
「とにかく、ドレスビーストに対抗できる兵器は、やはりドレスビーストしかいない。今回はエスティ、パティ、ダンと討伐戦が初めての者も多い。頼んだぞ、カイル」
ギラードの言葉にカイルは胸に手を当てる最敬礼で応えた。
今回、ギラードは戦闘でドレスビーストに乗ることは無い。
指揮を
ドレスビーストはあくまで無人兵器なのだ。
有人の戦闘兵器など人道的に許されない。万が一でも戦死者を出すようなことは有ってはならなかった。
センチュリアによる世界統一から20年。
自軍からは唯の一人も戦死者を出していないことが、この国の平和の
戦死者など出したら現行の政権が傾くほどの大スキャンダルである。
第四特騎にとって、もちろんギラード教官にとってもナイーブな問題だった。
「狙いは敵施設のコックピットルームの占拠と破壊だ。」
コックピットルームさえ叩けばドレスビーストは動かない。
生身でドレスと戦う馬鹿はいない。敵は投降するしかないというわけだ。
「それって……人が死ぬことにならないですよね」
コックピットルームには当然、ドレスビーストの搭乗者、人間がいる。
エスティは心配を口にした。
「そりゃあ、戦争だからね」
ダンの言葉にギラードは渋い顔をした。
戦争とは、「国同士の争い」だ。
この世界はセンチュリア統一国家なのだから国は一つしかない。
だから「戦争」ではなく、「内紛」、或いは「紛争」である。
もっとも学生はそんな言葉遊びになんて興味は無かった。みんな「戦争」と言っている。
「エスティ。心配しなくてもいい。まともな人間ならドレス相手に生身で向かってくるわけないよ。」
カイルはいつも優しい。
「でも、もしもってことはない?」
「いい加減にして!戦場では戦士に徹しなさい。学生だからって手加減してくれる敵なんていないのよ。」
カチュアはいつも通り不機嫌に言い放つ。
「カイルはいつも甘いのよ。だいたい……」
そこまで言ったところでリュウセイがカチュアの肩を叩く。
「リュウセイ……」
リュウセイは静かに首を振った。「お前の気持ちは分かるがここは抑えろ」といったところか。
さっきからリュウセイは一言もしゃべらない。というより、リュウセイがしゃべったところを聞いたことがない。
リュウセイに抑えられてカチュアはしぶしぶ黙った。
無口な男だったが、彼には不思議な説得力があった。
「では作戦は決まりだ。敵のコックピットルームを叩く。」
カイルが拳を突き出した。6人はそれぞれの拳を合わせる。
作戦開始だ。
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