第五章 名無しの少年③

 小さな丘の上に白く四角い建物が立っている。

 その建物から10キロ。森に隠れてドレスビースト達が潜んでいた。

 その数24機。ひとクラス分だった。

 エスティが目を細めると、『ディケッツェン』の望遠レンズが視界を拡大させた。


 その建物は体育館程の大きさだった。バスケットコートならニ面取れればいいほうだろう。


「思ったより小さいのね」


 エスティがポロリと口にした。


「あれは玄関口。地下は何倍も広いのよ」


 カチュアが叱責する。

 口うるさい姉のようなカチュアにエスティは辟易とした。


 先行部隊の6人は四足形態のまま待機していた。後衛の18機は二足形態で少し後方に控えている。


 後方支援を受けながら一気に基地まで駆け抜けるのが先行部隊の仕事だ。

 基地内のコックピットルームを占拠してしまえば、敵は抵抗できない。


「みんな、大丈夫かい?」

 カイルの言葉にそれぞれのドレスが頷いた。

 カイルとリュウセイは『ヘングスト』。

 パティとカチュアは『シュトゥールテ』。

 エスティは『ディケッツェン』。

 そして、ダンは『シュヴァルツカッツェ』というオリジナルドレスだ。


 『シュヴァルツカッツェ』はもちろん、スクラップを寄せ集めたシリウス作だ。

 四足形態になると異常に低い姿勢で這い回る。「クリーパー」としてのダンの特色を生かした機体である。


 黒猫のように真っ黒な機体だ。


 全員が頷いたのを確認すると、カイルは腹に力を込めた。


「総員!確率変動!」


 24機のドレスが確率変動現象をさせる。これで、敵レーダーに確率変動反応が確認された。


 もう、一刻の猶予もない。


「先行部隊は我に続け!敵施設を強襲する!」


 6機のドレスが駆け出した。

残りは後方からゆっくり着いてくる。


「頑張れよ!」

「てめぇ!失敗したらブチ殺す!」

「ダン様!ご無事で!」


 後ろから好き勝手な声がする。


(後ろから撃たれないでしょうね)


 エスティは前方からではなく背中に殺気を感じていた。それ程までにクラスの雰囲気は殺気立っていた。

 エスティ達が先行部隊に選ばれたことが気に入らない生徒は相当いるのだ。


「出てきた」


 カチュアが独り言のように呟く。

 よく見ると敵ドレスがこちらに向かってきている。迎撃態勢に入ったようだ。


 さすがクラス2位。

 パティより目がよかった。


「パティ、狙えて?」

「やってみます」


 カチュアが駆けながらスナイパーライフルを撃つ。四足形態時はライフルを背中に装着している。


 カチュアが外した。

 敵機が早い。


「『ヴィルトシュヴァイン』ね。突撃力のある機体よ。」


 カチュアは舌打ちをしながら照準を修正する。


「よし!リュウセイ、エスティ、ダン。我に続け!」


 カイルが駆けだす。

 速い。

 付いていくのがやっとだ。


 敵『ヴィルトシュヴァイン』は計30機、と思った矢先、カチュアのスナイパーライフルが一機撃ち抜いた。


「凄い……」


 パティの口から感嘆の声がれ出た。

 誰かが口笛を吹く。

 走りながらの狙撃である。神業かみわざと言っていい。


 エスティ達も敵機との距離を詰めようと懸命に駆けるが、弾丸を避けながらではなかなか進まない。


 しかし、カイルとリュウセイはほとんどスピードを落とすことなく駆けていく。


 そのまま射程範囲に入ると、カイルがアサルトライフルを放つ。

『ヴィルトシュヴァイン』が一機爆発する。と、同時に爆風に紛れリュウセイが突貫した。

 次の瞬間には、『ヴィルトシュヴァイン』の首が2つ、宙に舞った。


 遅れてきたエスティとダンは、まるきり出番が無かった。

 残りの敵機は後衛のクラスメイト達が引き付けていた。


「よし、そこは後衛にまかせて、先行部隊は内部に侵入しろ」


 ギラードの指示が出た。

「了解」

 ダンは迷わず研究所へと走る。エスティも慌てて追いすがった。

 近づいてきた敵機にパティとカチュアの援護射撃が飛ぶ。


「前見て、迷わず走って!」

「ありがとう、カチュア!」


 研究所内部へと消える二人を見ながらカチュアはため息をついた。


「別にあなたのためじゃないのだけどね」



    ◆  ◇  ◆



 施設内に入り、地下に降りると、外の戦闘が嘘のように静かになった。


 目指すはコックピットルームの発見と制圧だ。

 エスティ達は3組に分かれて進んだ。


 施設内では生体反応を頼りに、コックピットルームを探す。

 コックピットルームには必ず人間がいるからだ。

 生体反応とは温度、脈拍、脳波などを感知し、モニターするセンサーだ。

 非接触で生物と非生物を特定することは難しい。

 当然、感知できる範囲は限定される。


 ギラードのナビゲートを受けながら、エスティとダンの二人は歩いた。


「それにしても、人っ子一人いないな」

 ギラードがぼやく。

 こんな大きな施設なのに人影が全くない。と、いうことはみんな一カ所に避難しているのだろう。

 静かな施設の中をドレスビーストの駆動音と足音がこだまする。


 不気味だった。


「エスティ、この先に開けた空間が有る。行ってみろ。」

「はい。」


 しばらく進むと、ドレス用の大きな扉にぶつかった。

 分厚い扉の向こうには無数の生体反応があった。


「生体反応確認。扉の向こうです。」

「よし、突入しろ!」


 ギラードが高揚した声で命令を下す。

 ダンが振動ナイフでカギを打ち壊すと、重い扉を押し開けた。


 ゆっくりと扉は開いていく。


(この向こうに敵兵がいる。)


 戦争なんだから、敵が人間なのは当たり前だ。だけど、人を殺すのだけは嫌だ。

「まともな人間ならドレス相手に生身で戦ったりはしない」

 カイルはそう言ってくれたけど、テロリストになるほど追い詰められた人間が、まともでなんていられるのだろうか?


 エスティの胸が激しく鳴る。


 ダンはハンドガンを構えると素早く室内に滑り込んだ。

 エスティも後に続く。


「エスティ。何人いる?」


 ギラードが報告を待つ。


「いません……」


「どうしたエスティ!?」


 ダンは構えたハンドガンをゆっくりと降ろした。


「ここには人間なんて一人もいません!」

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