第五章 名無しの少年(終)

 見渡す限りおびただしい数の檻の中に、動物たちが押し込まれていた。

 犬やウサギのような小型の物から牛や馬、象のような大型のものまでいる。


「教官、動物だらけです。人間なんて一人もいません」


 エスティが報告をする。異様な光景に声が震えた。


「脳波の研究だ。おそらくここで基底核部バーゼル・ブロックを作っていたのだろう」


 ダンが独り言のように呟く。


基底核部バーゼル・ブロックを……まさか……」

 ギラードはダンの言葉を笑い飛ばした。

 ドレスビーストの基底核部バーゼル・ブロックは現存するものを除けば新たに開発されてはいない。

 というより作れないのだ。


 ドレスビーストの原案者ヤナガセ・ソレアは約700体の基底核部バーゼル・ブロックを製作、監修した。

 現在作られている基底核部バーゼル・ブロックは全て、ヤナガセドレスのコピーでしかない。

 新たに基底核部バーゼル・ブロックを開発なんて大それたこと、こんな規模のテロリストには不可能だった。


「じゃあ……なんの為に……?」


 ふいに、猪の親子が目の前を通り過ぎる。

大きな母猪の後ろを縞の入ったウリボウが懸命に駆けていく。


(かわいい……)


 エスティの心が思わずなごんだ。


 何の気なしに親子を見送ると、視線の先に金色のドレスビーストが立っていた。


「わっ!!」


 驚きが声になる。


「どうした!」

 ギラードがただした。

「『ヴィルトシュヴァイン』です。金色の……」

 ダンが冷静に報告する。

 金色の『ヴィルトシュヴァイン』は動かない。

 どうやら待ち伏せしていたわけではないようだ。


「開発中の新型かもね」

「シリアルナンバー分かるか?」


 ドレスの基底核部バーゼル・ブロックにはシリアルナンバーが記載されている。


「YDB-632?」


 ナンバーを読み上げるとギラードが興奮して叫んだ。


「632!ドレスビーストの開発者、ヤナガセ・ソレアのオリジナルドレスビースト……それも……」


 シリアルナンバー632『グリンブルスティ』。


「600番台……『シックスナンバーズ』!」


 ヤナガセ博士のドレスは「ヤナガセ・ドレス」と呼ばれ、どれも優秀なドレスビーストだ。

 特に非公式に作られた600番台は全て超S級の第六世代ドレスビーストで『シックスナンバーズ』と呼ばれる非常に希少で優秀な兵器だった。


「『金色の猪グリンブルスティ』……。いかにもあの女の趣味だな」


 ギラードの興奮は収まらない。

 『シックスナンバーズ』が手に入ったとなれば、大手柄だ。

 昇進間違いなし。これは佐官も夢ではない。

 ギラードの顔がほころんだ。

 その時。


「誰だ!」


 突然、ダンが叫んだ。



       ◆  ◇  ◆



 ダンはハンドガンを構え、金色のドレスに向ける。


「どうしたのダン?」


 エスティは戸惑いながらも臨戦態勢になる。


「そこの君だ。出てこないとこのまま撃ち殺す。」

 言うが早いか、床に向かって威嚇射撃をした。ドレス用の銃弾は床に大きな穴を空けた。


 しばらくして、小さな人影が、金色のドレスの足元から現れた。


「子ども……?」


 10歳くらいの少年が険しい目つきでこちらを睨みつけていた。


「君は?」


 ダンが詰問した。


「どうした?誰かいたのか」


 ギラードが早口にただす。


「子どもです。9から10歳くらい」

「どんな様子だ」

「こちらに敵意があるようです。殺しますか?」

「子供はまずい。拘束しろ」

「了解」


 ダンは少年を掴もうとする。エスティはそんなダンを制した。


「ちょっと、優しくしてあげなさいよ。」


「お前達、センチュリア兵か?」

 少年が真直ぐにこちらを睨めつけてきた。

 眼光が鋭い。まるで野生動物のようだ。

 エスティは僅かに臆したが、平静を装い「そうよ」と答えた。


「貴様たちセンチュリア帝国に僕らは負けない。殺すなら殺せ!」


 少年は両手を広げて胸を反らした。

 撃つならここだ、とでも言いたげだ。


 センチュリアは共和制なので帝国ではない。だが、反センチュリアを掲げる者たちは、あえてセンチュリア帝国と呼ぶことが多い。


「殺しますか?」

「ダメだってば!」


 はやるダンをエスティは抑えた。

 すぐに殺そうとしないでほしい。


「君、名前は?」

 エスティは可能な限り優しく話しかける。

 少年の表情がさっと曇った。

 そして顔をそむけると口をつぐんだ。

 怯えていると思ったエスティは、いっそう優しく声をかける。


「大丈夫。名前を聞いているだけよ」

「うるさい!センチュリア帝国と話すことなんてない!」


 エスティの言葉に少年はますますかたくなになる。

 そして先程よりも語気を荒げて抵抗する。


「待って」


 今度はダンがエスティを制した。

 言葉が鋭い。

 ダンの剣幕に押され、エスティはその場を譲ってしまった。


 ダンが少年に話しかける。

「君、名前有るの?」

 少年は答えない。黙ったままうつむいた。

 ダンは珍しく苛立っているようだ。


「名前無いんじゃないの?」

「うるさい!」


「落ち着いて、どうしたの?」

 エスティが二人をいさめる。

 保護対象を逆上させてどうする。


「どうした?遊んでいる場合じゃないぞ」

 ギラードが仲裁に入った時だった。


「ギラード教官」

 カイルからの入電だ。

「コックピットルームを制圧しました。投降した兵士を拘束します。応援をお願いします。」


 もう制圧した。さすが、仕事が早い。

「作戦終了ね。この子を連れて帰ります。」

 緊張した作戦だったのに、ほとんどカイル達の活躍で終わってしまった。

 ホッとしたような、残念なような。


「さあ、一緒に行こう」

「コックピットルームを制圧?みんなをどうするの?」

 少年の声に兵士のような猛々しさが身を潜め、不安の色が混じった。

「大丈夫。一緒に来てもらうだけよ」


 拘束された兵士は身元を確認され、各シティで拘置される。

 現代の戦争で人が死ぬことなんて滅多にない。

 交通事故や自殺者のほうが多いくらいなのだ。


 エスティはドレスの手を伸ばし、少年に触れようとした。

 少年は僅かに身を引く。

 だが、逃げようとはしなかった。


「大丈夫よ。ここで暮らしてたの?」

「一年くらい。前は別の所にいた」

「そっか。でも、今から行く所もきっといい所よ」


 少年はエスティを怯えながら見上げる。


「まずは、お名前教えてくれるかな?」


 エスティの言葉に少年は再び口を閉ざす。

 困り顔のエスティを押しのけ、ダンが厳しくただした。


「君、大人たちからは、何て呼ばれていた?」


 ダンが少年の視線は厳しい。

 少年は重い口を開いた。


「……『Dー35』」


 ダンが舌打ちをする。


「ひどい……そんなの名前じゃない!」


 反射的に声を上げてしまったエスティに、少年は激しく反応した。

 肩を強張らせ、目をぎらつかせ、歯を軋ませる。


「うるさい!うるさい!うるさい!」


 少年が叫ぶと同時に金色の『ヴィルトシュヴァイン』が起動した。


 重い駆動音と共に『ディケッツェン』の腕を払いのける。

 エスティの右手にビリビリとした衝撃が伝わった。


「どうしたエスティ!」


 ギラードがただす。

 痛みに顔をしかめながら答えた。


「金色の『ヴィルトシュヴァイン』が起動しました。確率変動しています。え?なにこれ?」

「次元確立変動率が普通じゃない。」

「こっちでもわかる。そいつは普通じゃない。」


 エスティの報告にダンとギラードが緊張をにじませた声で答えた。


「しかし、コックピットルームは制圧しました。誰が、こんな……」

 通信の向こうでカイルが声を上げた。

 このドレスを動かしているのは誰だ。


「『グリンブルスティ』は僕の言うことしか聞かないよ」


 あの少年だった。


 機体の外から機器もなく、脳波コントロールしている。


「まずいぞ!その少年を止めろ!」

「殺すんですか?」

 エスティの声が裏返った。


「かまわん!」


 ギラードからの命令だった。


 敵を殺せ。


 その言葉にエスティの心臓が凍りついた。

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