第六章 日は既に落ちる、されど未だ夜ならず

第六章 日は既に落ちる、されど未だ夜ならず①

 ある日、スズメが一羽、うずくまっていた。


 僕はスズメを拾い上げた。


 誰にも知られずに

 ひっそりと死ぬスズメがかわいそうで。


 なんだか自分みたいで。


 死んだスズメは冷たく固くなっていた。

 

 僕はそれを川に捨てようとした。

 ベスがびっくりして僕の手をとめた。


 「かわいそうだよ」


 死体に意志はない。

 魂もない。


 だが、それでも尊厳が残るのだという。


 それで、お墓を作ってやろうとした。


 小さな木の根元に埋めた時に、

 ふとこのスズメに名前をつけようと思った。


 「アオバ」


 死んで土に還って、


 そこから青葉あおばが生まれて、


 生と死が循環して


 この可哀そうなスズメが


 孤独から解放されるような気がした。


 何者にもなれなかった者が、


 名前を得て何かになれたんじゃないかって思った。


 そして、その名を覚えている限り、


 閃光のような、


 煌めくような儚い一瞬が継続し、


 永遠へと滅びないような


 そんな気がした。



    ◆  ◇  ◆



「乗せない!」

 ダンの『シュヴァルツカッツェ』が振動ナイフを突き立てる。

 しかし、強力な確率変動で『グリンブルスティ』に攻撃が届かない。


「もう遅いよ。僕が乗った『グリンブルスティ』は無敵なんだ。」


 少年は『グリンブルスティ』のコクピットに乗るとハッチを閉めた。

 これで完全に人馬一体というわけだ。


ギラードが叫ぶ。


「確率変動が強すぎる。こいつは第六世代ドレスビーストだ」


 最新型の『ヘングスト』でも第五世代ドレスビーストだ。第六世代なんて超軍事機密だ。

(ドレスを無力化して、あの子を助けなくちゃ)

 エスティは振動刀を振りかざし、『グリンブルスティ』に斬りかかるが、確率共振が全くできない。

 この至近距離でかすりもしない。

 ダンのハンドガンも援護するが同じことだ。


「無駄だよ。お姉ちゃん。」

「だめよ。子どもがこんなことしちゃ。」

「子ども扱いしないでよ。僕は戦士だ!」


 テロリストにさらわれたり拾われたりして、そのまま戦士として育てられる戦災孤児がいるという話は聞いたことがある。


 少年の口ぶりはまさに戦士そのものだ。

 だが、その勇ましさがエスティの胸を痛めた。


「分かってるの?それは兵器なのよ。戦争をするための機械なんだよ。」

「僕はその部品として育てられたんだ。戦士として育てられたんだ!」

「そんな……ひどい」

 思わずこぼした言葉に少年は激高げっこうした。

「先に戦争を仕掛けたのはお前達のほうだ!」


 『グリンブルスティ』が四足歩行のまま前傾姿勢をとった。

 まるでスプリンターのクラウチングスタートのようだ。

「やばいぞ!エスティ、回避だ!」

 ギラードが声を上げる。

 一瞬後、『グリンブルスティ』が突進してきた。

 エスティとダンは吹き飛ばされながらも、ぎりぎりのところで回避する。

 後方の分厚い鋼鉄の扉が跡形もなく吹き飛んだ。


「これはどういうことだ!エスティ、ダン!大丈夫なのか?」


 遅れて到着したカイル達が目を丸くしている。

「今のなんですか?」

 パティの問いにギラードが答える。


音速突撃ソニックチャージ。音速での突進攻撃だ!」


 『ヴィルトシュヴァイン』と同系機なら突撃は得意なはずだろう。

 だが、『グリンブルスティ』のそれはケタが違う。


「いいか。そいつは『シックスナンバーズ』だ。パイロットは中にいる。止めるには倒すしかないぞ!」


 ギラードが状況を説明する。

 カイル達にも緊張が走った。

 さすがのクラストップグループも、『シックスナンバーズ』との戦闘など初めてだ。

「そいつを逃がすな!」

 ギラードに言われるまでもなく全員が悟った。

 こいつを外に出したら本当にヤバイ。


「総員、確率変動!」


 カイルが叫ぶ。

「カチュア、リュウセイ、エスティ!我に続け!パティは援護!ダンはクリーパーとして動け。可能なら敵機の懐に飛び込め!」


 それはマリア相手に戦った時の作戦だった。マリアの確率変動はクラス一だ。そのマリアに確率共振させたのだから、『グリンブルスティ』相手にもできるかもしれない。


 確率変動器を破壊できれば、さすがに音速の突撃などできるはずがない。


「いくぞ!」

 カイルがときをあげ突貫する。

 『グリンブルスティ』は二足形態をとると大きな斧を振り回した。

 カイル、カチュア、リュウセイが立ち向かう。

 『グリンブルスティ』は強力なドレスビーストだった。

 しかし、パイロットは未熟だった。

 カイル達は歴戦の勇士である。遅れを取るはずもなく徐々に確率共振させていく。


「攻撃が当たるぞ。機体は強力だが、黒騎士ほどの相手じゃない。エスティ、前に出ろ!」


 瞬間、『グリンブルスティ』が斧を大降りに薙いだ。

 三機が距離を取ると『グリンブルスティ』が再び前傾姿勢になる。


「音速突撃だ!回避!」


 カイルが叫ぶ。

 しかしエスティは逃げない。

 『ディケッツェン』の両手をまっすぐ前に出すと、突撃を受け止める体勢をとった。

「バカ!音速突撃ソニックチャージを受け止められるわけがないでしょ!」

 カチュアの声にも耳を貸さない。


「お姉ちゃん。僕が乗った『グリンブルスティ』は最強なんだ。なんだって貫く。逃げるなら今だよ」


「受け止める!私はあなたを受け止めて見せる!」


「受け止められるわけないよ!僕には名前だってないんだ!戦争で生まれた僕たちのことを、お姉ちゃんは分かるの!?」


「私だって、戦災孤児なんだから!」


 『グリンブルスティ』が音速突撃をかける。

 ガツンと二人の空間がぶつかり合った。

 渾身の限りの確率変動だったが、それでも『グリンブルスティ』は止まらない。

 両腕が重い。はじけ飛びそうだった。

『ディケッツェン』の左手がぜ、エスティの腕に激しい痛みが走ったが、歯を食いしばり、その手を離さない。痛みに涙がにじむ。

 カイル達が援護射撃を加えるも、確率共振できない。


(絶体絶命……!)


 次の瞬間、『ディケッツェン』の足元、影が動いた。

 『シュヴァルツカッツェ』だ。エスティの足元で這いつくばっていたのだ。


「ダン!」


 エスティが叫ぶ。

 ダンは『グリンブルスティ』の懐に飛び込むと確率変動器へとナイフを突き立てた。

 未確認、死角からの一点攻撃。


「これなら、確率変動できない!」

「邪魔するな!」


 『グリンブルスティ』が身を捻じり避ける。そして『シュヴァルツカッツェ』を視認と同時に確率変動をかける。


 よけられた。

 だが、かすった。


 確率変動が一瞬だが弱まる。

 その瞬間、カイルが『グリンブルスティ』の背中に騎乗槍を突き立て、リュウセイが首を刈る、が浅い。


 『グリンブルスティ』は猪のように体を捻じらせるとエスティ達を払いのけた。

 千載一遇のチャンスを逃した。

 『グリンブルスティ』は止まらない。

「今のはひやりとしたよ。お姉ちゃん。」


 その時、後ろからドレスビーストが現れた。


「遅くなりましたわ。ダン様!」


 マリアだ。

 外を制圧したクラスメイトが次々と到着している。

 24対1。とても勝負にならない。


「これじゃあ、いじめだな」


 ニールが嬉しそうに笑った。

 第四特騎全員で『グリンブルスティ』を囲んだ。

 だが、少年はひるまない。

「もうやめよう。こんな戦いに何の意味があるの?」

 エスティの呼びかけに少年は笑う。

「僕の方が優勢なんだ。やめるわけないよね」

 『グリンブルスティ』が音速突撃ソニックチャージをかける。

「うわ!」

 回避しそこねた生徒が何人か吹き飛んだ。

「なんだよ、あれ!」

 ジノが叫ぶ。

音速突撃ソニックチャージだ。気をつけろ!」

 カイルの言葉に全員で円になる。

「単純な直線攻撃だ。分かっていれば当たらない」

 クレアの言葉通り二度目の突撃は全員回避した。

 しかし、少年は懲りずに音速突撃を繰り返す。

 無謀な攻撃だ。誰も当たらない。


「やめて!」


 エスティが叫ぶ。『グリンブルスティ』は無謀な突撃を繰り返していた。


「待て、様子が変だ」


 カイルがエスティの手を引く。

 『グリンブルスティ』は暴れまわっているが、全く制御が効いていない。


「畜生!何故だ!『グリンブルスティ』!」


 この金色のドレスビーストは少年の意思とは関係なく動いているのだ。


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