第五章 名無しの少年

第五章 名無しの少年①

 生まれてきたことに

 意味なんて有るのかな?


 夢がある人なら、

 それを叶えるために

 生まれてきたと言うだろう。


 大事な人がいるのなら、

 その人のために

 生まれてきたと言うのだろう。


 じゃあ、私は

 何のために生まれてきたのだろう。


 生まれてきたことに、意味を求めるということは、

 つまり、どんな生き方をしたいか、という「のぞみ」でもある。


 私は何を望むのか?


 私にそんな大それた望みはない。


 普通の幸せが欲しいのだ。


 不幸が嫌なのだ。


 不幸になりたくないのだ。


 実に消極的な、精一杯の私の望みだ。


 不幸になりたくないだけなら、

 生まれきた意味になるのかな?


 私は何のために生まれてきたのだろう?



      ◆  ◇  ◆



「難しいことを考えるんですね。エスティさん」


 パティが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 パティとエスティ、それにダンは居心地の悪い教室の隅で次の授業を待っていた。


「昔からそうなの。めんどくさいでしょ?」


 エスティは自嘲気味に笑った。

 周囲から浮いていたのは昔からだ。

 変なところにこだわって、妙に頑固で、自分でも面倒くさい性格だと思う。


「私が何のために生まれてきたのか。そんなこと考えたこともなかった。」


「でも、パティには歌があるじゃない。歌うために生まれてきたって思わない?」


 美術科や音楽科などを続けるため、奨学金目当てで『第四特騎』に在籍している生徒は多かった。


 パティも声楽科に籍があった。


「エスティさんだって大学に行きたいんでしょ?」

「私は、就職に有利だから大学に行きたいだけよ。」


 その為の理系専攻なのだ。本当は文学部のほうに興味があった。


 センチュリアの大学は8割が理系だった。


 文学部のような実務を伴わない学部はどんどん少なくなっている。

 代わりに理系大学はどんどん増えていた。

 センチュリア国立大学の理工学部なら大手企業にも就職できる。


 それは荒地ワイルドの施設出身のエスティにとって夢のような話だった。


「就職と安定が私の夢。つまんないでしょ?」


 だからパティがうらやましかった。


「そんなことないですよ。とても大事なことです。」


 パティは一生懸命、エスティの味方になろうとしている。本当にいい子だった。


「ダン君は何のために生まれてきたとか、考えたことある?」


 パティが一人で何も話さないダンに話しかけた。

 無邪気を装っているが本当は滅茶苦茶気を使っている。


 エスティは肩をびくりと強張こわばらせた。


 あの模擬戦以来、ダンとエスティは気まずいままだった。

 そんな中で向かえた決勝戦ではカイル、リュウセイ、カチュア組に完膚かんぷなきまでに叩き潰された。力の差を見せつけられた。


 カイルに至っては「調子悪かったね」と同情までされた。


 落ち込むエスティだったが、ダンは何事もなかったようにケロッとしていた。

 おそらく、次のミッションに参加できれば、模擬戦などどうでもいいのだろう。


 教室でのダンは本を読むことが多かった。

 彼はクラスでは完全に浮いていた。もともと無愛想な少年である。隣の席のエスティが少し会話をする程度だったが、模擬戦以降は話しかけることも無くなった。


 模擬戦の準決勝。

 学校中がエスティ達の大番狂わせに興奮していた。エスティ達のファンは急増し、

 特にダンは「クールでかっこいい」という評価を得ていた。


 しかし、クラス内では微妙であった。

 仲間を騙しての勝利にダンの印象は最悪。

 もともとクラスに馴染めていなかったエスティとパティの評価も一緒に落ちた。

 したがって、クラス内でダンに話しかける者はいなかった。


 ただ一人を除いて。


「おはようございます。ダン様!」


 マリアが挨拶をしてきた。


 ……ダン様。

 なかなか痛々しい呼び名だが、マリアはうっとりとその名を口にする。


「マリア……はやめなさいよ」


「あら?エスティさんいらしていたの?」


 マリア白々しく答える。


 模擬戦の惨敗をきっかけにマリアはダンにぞっこんだった。


 クラスに馴染めないダンにも果敢に話しかける。これは勇気のいることだ。

 マリアは他人からの評価など、全く意に介さなかった。


 一方、ダンの方は、相変わらず無表情で何を考えているのか分からない。


 マリアは、その美貌とスタイルでもクラス上位ランカーだ。

 男の子なら悪い気はしないはずだが、ダンは特に浮かれた様子もなく、マリアの話を流しながらも本に目を向けていた。


 本当に何も考えていないのかもしれない。


「あ、今週のマル校新聞来ましたよ」


 パティがポケットから携帯端末を取り出すと配信された記事、「マル校新聞WEB版」を開く。


 小さな画面を全員で覗き込んだ。


「見てくださいダン様!ダン様の記事が載っています……わ……?」


 上気して赤くなったマリアの顔がみるみる青くなる。

 ねたように口を尖らせると隣のエスティに鋭い視線を送った。


 エスティはマリアと視線が合わないように眼球運動をさせながら苦笑いをする。


 記事には目に涙を浮かべるエスティと無表情のダンが向き合っている写真が載っていた。

 これは見つめ合っているように見える。


『神殺し!狂気の刃!』

 マル校春の模擬戦(六月二十四日、マルクト高校校内)において、シバサキ・ニール騎士長とヤマモト・エステリア二等騎士との因縁の対決が実現。エステリアがその対決を制した。

 ニール率いるタナカ・ジノ一等騎士とアベ・マリア二等騎曹のチームは模擬戦開始直後から優勢であった。エステリア、クラシナ・パトレシア二等騎士、アオイ・ダン二等騎士のチームは次第に追い詰められていった。試合後半、エステリアを囮にパトレシアとダンの攻撃が始まった。特にダンは、クリーパーとして八面六臂はちめんろっぴの大活躍。『神のはしため』マリアを討ち果たすと『狂犬マッドドック』ニールを続けて撃破。その辛口の発言から『神殺し』のダンと呼ばれるようになった。

 試合後、チームメイトのダンと言葉を交わせたエステリアは感極まったか普段見せない涙を見せた。司会者のインタビューを待たず涙を隠し走り去った。


 『神殺し』とは、またずいぶん大仰な二つ名をつけたものだ。


 この二つ名は誰が呼んだわけでもない。新聞部が勝手に着けた名前である。

 とにかく派手に書き立てて新聞を売りたいのである。


 ついでにエスティとダンの熱愛報道でもする気なのかもしれない。


「ダ、ダン君、凄い活躍でしたもんね」


 パティが必死に取り繕う。


「そうよ。きっとダン様はドレスに乗る為に生まれてきたのよ」


 パティの取り成しに、機嫌を直したマリアだった。

 しかし、その言葉にダンは少しだけ顔をしかめた。


「別に、僕はそんなことの為に生まれてきたんじゃないよ」


「じゃあ……何の為に?」


 エスティが頬杖をついたままただす。


「ねえ、どうなの?ダン君」


 更にパティが促すと、ダンは更に表情を硬くした。その心まで硬く閉じられているようだった。


「我ら被造物ひぞうぶつを無へと引きらう永遠の創造……そんなものが一体何になる?」


 喉の奥から響く低い声だ。地獄の底から這い出てきたような不吉な響きだった。


「ど、どういうことですか……?」


 たじろぐマリアにエスティが答えた。


「意味無いってことよ」


 エスティの厳しい視線を、ダンは鼻で笑った。

 エスティはなおも続ける。


「人はいつか死ぬ。人類はいつか滅びる。この星もいつかは消滅する。すべては結果的には無にすの。初めから無かったのと同じようにね」


「え?だって私たち生きてるじゃないですか?それが意味無いってことですか?」


 パティが動揺しながら口を開く。


「結果的にはね……」


 ダンが少し楽しそうに応える。


「ダン君。それ……だよ」


 後ろから声がする。

 振り向くとカイルだった。


 カイルは全員と目が合うと爽やかな笑みを浮かべた。

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