第四章 クリーパー(終)

 試合開始後、すぐに撃ち合いが始まった。


 ステージは荒野。


 身を隠す障害物が少なく、エスティは銃撃にさらされながらも、必死に逃げていた。


 予想通りマリアとニールは中距離から近づかせてくれない。

 

 パティとジノはスナイパー同士、遠距離で撃ち合っていた。それでも、パティは頑張って援護してくれている。


 しかし、2対1での中距離戦である。エスティは回避するのが精一杯だった。


(ダンが一発でも撃ってくれれば)


 ダンは前回同様、戦場に追いつくこともできない。彼の性格上、おくしたということはないようだが。


「ダンの野郎、来ねえな」


 ニールがいやらしく話しかけてきた。


「逃げたのかしら?この大舞台で」


 マリアも同調する。悔しいが言い返せない。


「今のうちに出てきてくれた方が助かるな。後から探すのは面倒だ」


 ニールがなおも続ける。


 その瞬間だった。


「うわあ!!」


 突然、ジノの機体が燃え上がった。


「どうした。ジノ!?」


 ニールが叫ぶ。


「ごめん。ニール君。赤核脊髄路せきかくせきずいろがやられた。機体が立ち上がれない!」


 ジノは情けなく返信する。


「パティ、やったの?」


 エスティは前方の二機をにらみつけたまま叫んだ。


「私じゃないです。たぶん……狙撃の手ごたえは無かったです」


 しかし、ダンの機影は無い。


 一回戦に続きシステムエラーか?

 それとも、ダンがなにかしたのか?


「エスティさん。今は集中です」

「分かっているわ!」


 疑問を胸に押し込めて、エスティは叫んだ。


「これで2対2よ!」


 エスティがバルカンを打ち込むとマリアの『シュトゥールテ』が顔を出した。


「そこ!」


 パティのスナイパーライフルが火を吹く。


 真直ぐにマリアの『シュトゥールテ』を撃ちぬく、はずだった。


「うそ!当たらない?」


 確実に当たっていたはずが、マリアの機体は無傷だ。


「この!」


エスティがさらにバルカンを打ち込むがマリアには当たらない。


「確立変動!?」


 マリアの確立変動は全国でもトップクラスだ。


 近距離戦でも並のアタッカーならかすりもしない。まして索敵済みのスナイパーなど問題ではなかった。


「神のご加護です。貴女方のような邪心の銃弾など当たりはしませんわ」


 これが『神のはしため』の所以ゆえんである。


「マリア、気をつけろ。あいつは黒騎士相手にも確率共振させたんだ」


 ニールは冷静だった。


「分かっています。決して近づけさせはしません!」


 マリアを盾にしてニールの銃弾が飛ぶ。エスティは転げるように逃げ惑う。


「まるで本当のビーストみたいじゃない。お似合いよエスティさん!」


「さっさとくたばっちまえよ!!」


 マリアとニールの高笑いが響く。

 激しい銃撃に反撃の隙もない。


(なにやってんのよ……)

「……ダン!」


 助けを呼んだ瞬間、エスティの右足に激しい痛みが走った。


 『ディケッツェン』の右足が狙撃されたのだ。痛みを堪え、ドレスからのフィードバックを切る。


「かわいそうに、ボーイフレンドは来てくれなかったのね」


 うずくまるエスティにマリアは銃口を向ける。


「……まだよ!」


 『ディケッツェン』の上体だけ起こしハンドガンを向けるが、今度はニールの銃弾が両肩を撃ちぬいた。


 動けなくなったエスティをニールは凌辱りょうじょくするように少しずつ銃弾を浴びせる。


「う……あっ!」


 痛みに耐えかねて声が漏れる。


「いいぞ!なかなか色っぽいじゃねぇか!」


 ニールの声が上気する。

 エスティは歯を食いしばり、苦痛に耐えた。


 負けない。

 負けない。

 負けない。


 右足と両腕を失ったエスティは確率変動だけで銃弾に耐えていた。


「私は負けな……!」


 言い終わる前に『ディケッツェン』の前庭器が撃ち抜かれた。


 激しいめまいがフィードバックし、エスティの眼球が激しく振動する。


 昼に食べたホットドックが容赦なくせり上がり、エスティは吐瀉としゃした。


 やっとの思いでフィードバックを切ると真後ろにニールの『ヘングスト』が立っていた。


「負けるんだよ!お前は!」


 ニールは『ディケッツェン』の頭を右手で掴むと地面に押し付けた。


 残った左手で振動ナイフを抜くと『ディケッツェン』の背中に突き立てる。


 エスティは最後の力を振り絞って確率変動させる。


「あんたなんかに……あんたなんかに負けるもんですか!」


「まだ頑張るのかよ!いいぜ!あがけよエスティ!逝っちまいそうだぜ!」


 ニールはゆっくりと振動ナイフに力を込め、確率共振させていく。 


「武器は断たれ、白馬の騎士も来ない。貴女あなたには祈るべき神もいない。」


 マリアがモニター越しに冷たい視線を浴びせてきた。

 『ディケッツェン』の背中にニールのナイフが当たるとエスティは目を閉じた。


(やられる)


「無様ね。本当にビーストみたい。」


エスティの心が折れるのを見ると、マリアは満足げに呟いた。


「ごくろうさま……」


「君がね」


 突然、背後から、ダンの声がする。


 その声にマリアの背筋がゾクリと凍りついた。それは地獄の底から這い出した亡者の呻きのようにおぞましく、不吉だった。


「何?」


 一瞬の硬直の後、泡立つ背中に耐えながら振り向く。

 そこには今まで無かったはずの漆黒のドレスが這いつくばっている。


 ダンのドレスビーストだった。


 真っ黒な禍々しい毒蜘蛛のようなそのドレスは素早く立ち上がると振動ナイフで襲い掛かってくる。


「あなたは……きゃあ!」


 マリアが確率変動する間もなくダンの振動ナイフがマリア機の胴体に突き立てられた。


 確率変動器を正確に貫く一撃だ。


「これで確率変動できない」


「あなた?ダン君?何故?どこから!?」


 錯乱するマリアにダンは答えた。


いつくばっていたんだよ。けだものみたいにね」


 ダンの無機質な声が響く。


 マリアが距離をとって回避しようとするのを、ダンのドレスが追いすがる。


 マリアはナイフを回避しようと確率変動をかけるが、確率変動変動器を貫かれた『シュトゥールテ』にはそれができない。


 自分に与えられた最強の「神の加護」が発動しない。


「なに?なんで?確率変動できない!?」


 マリアの悲痛な叫びをダンは嘲笑あざわらった。


「死んだな!」


「なんで?神様!?」


「君の神は死んだんだよ……!」


 嘲笑うダンにマリアは叫んだ。


 許せない!

 許せない!

 許せない!


 私は守られているんだ!

 神の加護の元にいるんだ!


 それを……それを……!


 こんな奴に!


「黙れ!!黙れ!!黙れ!!」


 憎悪を吐き出すようにマリアは叫んだ。


 狂乱するマリアを無視してダンのハンドガンがマリア機を狙撃した。確率変動できないドレスなど、裸同然だ。


「祈りは通じたか……?」


 マリアの『シュトゥールテ』が銃弾に晒されると、マリアの全身に激痛が走る。それでもマリアはフィードバックを切ることなく泣きながらも叫んだ。


「許さない!許さない!許さない!」


 最期の叫びも虚しく動けなくなったマリア機の頭を、ダンは踏みつけた。


「憐れだな、操り人形ビーストは……」


 マリア機が爆発炎上する。と同時にダンのドレスが視界から消えた。


「レーダーと確率共振して消えたのか!?」


 ニールが叫ぶ。

 気が付くと極端に低い四足形態で足元に這いつくばっていた。


「こいつ……クリーパーだ!」


 クリーパー。

 敵機に忍び寄る伏兵だ。


「そうだよ。暗殺屋だ」


 ニールがナイフを振り下ろした瞬間、パティのスナイパーライフルがニールの頭を撃ちぬいた。


 同時にダンのナイフが基底核部バーゼル・ブロックに突き刺さる。


「てめぇ!卑怯者!」

「これは戦争なんだろ?だったらここは無法地帯ビーストランドだ。」


 基底核部バーゼルブロックが小さくぜるとニール機はグシャリと音を立てて地面に伏した。


 行動不能になったニールは思いつく限りの罵詈雑言をダンに浴びせた。


 ダンは生気のない無表情に戻るとため息を一つ付き、ポツリとこぼした。


「そんなに怒るなよ。たかが戦争ごっこでさ。」


 突然の展開に会場はしんと静まり返っていた。

 司会の女生徒が戸惑いながらも勝ち名乗りをあげると、ようやく歓声が沸いた。



    ◆  ◇  ◆



 舞台の上のコックピットが開くと再び歓声が沸いた。


 皆、エスティ達の健闘を祝福していた。


 エスティはそんな歓声をよそに真直ぐダンのところへ向かう。


「君のおかげで勝てたよ。」


 ダンはエスティを見るなりそう言った。


 インタビューを求める司会者を完全に無視して二人は向き合った。


「私はおとりってわけね。」


 エスティは不機嫌に言ったつもりだったが、ダンは全く意に介していない。


「そういうことになるのかな」

「クレアとレーナをやったのもあなたなの?」

「勝つためだ。構わないだろ?」


 その為に三人の信頼関係はズタズタだ。


「言ってくれればいいじゃない。それともなに?敵をだますには、まず味方からってわけ?」


 不満そうに話すエスティにダンは辛辣しんらつだった。


「仲間なんていないよ」


――仲間なんていない。


 それはどういう意味だろう?

 突然のダンの言葉をエスティは理解できなかった。


「え……なんですか?」


 言葉を失ったエスティのかわりにパティが応える。


 ダンは「聞こえなかったのかな」と呟くとゆっくりと同じセリフを繰り返した。


「僕に、仲間なんていない」


 その言葉がエスティの心の柔らかな部分をグリリとえぐり出した。


 胸の痛みに耐えかねて、パイロットスーツを揉みしだく。息が苦しい。


「あ……」


 何か言おうとしたが、言葉にならず、ついに目から涙がこぼれた。


 編入からずっと我慢していたのに。


 ニールに虐められた時も泣かなかったのに。


 仲間だと思っていたのに!


「あっ……そう!」


 エスティはダンの真横を駆け抜けた。

 パティも慌てて追いすがる。


 ダンはエスティの背中を目で追いながらつぶやいた。


「仲間はみんな死んだ……」


 それは一切の感情を捨て去った無機質な声だった。

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