第四章 クリーパー②


 スポーツドリンクを一気に飲み干すとエスティは机に突っ伏した。


「疲れた~」

「ギリギリでしたもんね」


 パティとエスティは向かい合わせに座ると、模擬店で買ってきたホットドックとたこ焼きを広げた。


 エスティとパティ、それにダンは屋上で昼食をとっていた。


 「戦争ごっこ」発言からクラスメイトの視線が痛すぎて教室に居場所がなかった。

 しかたなく屋上で使われていない机を並べての昼食である。


 我ながら痛ましかった。


 準決勝となる2回戦は1時間後。午後2時からである。


 いよいよニールとの決戦だった。


 仕方が無いことだが新人のダンは予想以上に戦力にならない。

 加えてチームの相性自体があまり良くなかった。


 スナイパー2人(パティとダン)にアタッカー1人(エスティ)。


 この組み合わせだとエスティをおとりにして出てきたところを残りの二人で狙撃するか、エスティを援護してふところに入るしか無い。


 ドレス戦で重要なのは何と言っても次元確立変動である。

 確率共振されなければ相手の攻撃を受けることが無い。


 となると次に重要になるのは索敵である。

 気付いていない相手を倒すのは最も容易たやすい。

 

 近接戦闘ならエスティもクラスで上位に入る。

 遠距離ならスナイパーのパティとジノが得意だ。

 中距離戦となればマリアの方が上回る。


 そしてクラス7位のニールはどこでもできるオールラウンダーだった。


 つまり、こっちは中距離で戦えば絶望的、近距離に持ち込んだとしてもクラス7位のニールと肉弾戦で競り勝たなくてはならない。


「エスティさん。分かっているとは思いますけど、中距離戦だけは避けてくださいね」


 実はそれが一番難しかった。


 ドレス戦のほとんどは中距離の打ち合いなのだ。


「今回はクレアのシステムトラブルで運がよかったけど……ダンあなたは何か作戦とかないの?」


 部屋の隅で人形のように立っていたダンに、エスティは話を向けた。


 新人のダンに特に期待していたわけではなかったが、同じチームのメンバーとして会話に参加して欲しかったのだ。


「作戦は……あるよ」

 相変わらず覇気のない声だ。生命力を全く感じない。

 本当に幻なんじゃないだろうか。


「もう一度、クレアやレーナみたいにシステムトラブルが起きれば勝てるよ」


 パティとエスティはがっくりとなる。

 そんな運頼みの作戦が有るものか。


「ダン。あんな奇跡、もう起こらないわよ」


 エスティは子供をあやすようにダンをさとした。


 ダンはエスティの顔を見据える。

 生気のない目が急激に鋭さを増すとポツリと言った。


「奇跡は起こるんじゃない。起こすんだよ」


 そういったダンが薄く口角を上げた。

 この世のすべてを否定し、嘲笑するような笑みだった。


「ダン君……それってどういうことですか?」


 パティが恐る恐る訪ねた。


「どうもこうも……」

「だめよ!」


 エスティはダンの肩を掴んだ。


「これは戦争なんだろ?だったら手段なんてどうでもいいだろ?ドレスビーストが最も無防備になるのは、操縦者がいない時だよ。」


「だめよ!それに……」


「そんな顔しない!他人は自分の鏡なんだからね。馬鹿にしたら馬鹿にしてくる。軽蔑すれば軽蔑されるわ。そんな人を嘲笑あざわらうような顔しない!」


 エスティの剣幕にダンは少しびっくりしたような顔をすると小さく「分かった」と答えた。


「仲良く不正の相談ですか?」


 振り向くとマリアだった。


「今、諦めさせたところよ。この子、とんでもないわ」


 エスティはダンを放すと再び机に突っ伏した。

 ちょっとでも休みたいのに、疲れてばかりだ。


「いいじゃない。おやりなさいよ。どうせこの模擬戦だって大した志もなく参加したんでしょ?」


 マリアはくすくすと笑う。

 長い金髪が光を受けて黄金色こがねいろに輝く。

 清らかで優美ゆうびであった。


「マリア、あんたなんでそんなに私が嫌いなの?」


 エスティは投げやりにただした。

 マリアは「ほらまた」、と楽しそうに笑う。


「あなたのそういうところよ」


 マリアは遥か高い所から、こちらを見下ろすような視線を送ってくる。

 エスティの下腹が締め付けられ、ひやりとした。


「あなたはいつも『何故?』と聞くでしょ?まるで子どもみたいに。大人はそんなこと言わないわ」

「そ、そんなの私の勝手じゃない」


 マリアに気圧けおされながらも反論する。

 マリアはエスティの口を閉ざすように人差し指を立てた。


「よろしいかしら?全ての『何故?』に答えられるのは真の意味では神だけです。だいたい……」


 見下ろすような眼が、あわれむような眼になる。


「あなたが悩んだところで苦しいだけでしょ?」


「迷いを捨てて生きろって!?大きなお世話よ。」


「迷いを捨てるなんて、ドレス乗りなら当たり前の事よ?あの粗暴なニールさんや臆病なジノさんですら迷いなんてないわ。」


 マリアの言葉にエスティは黙った。

 黙ってしまった。


「何を怒っているの?信じればいいじゃない。この世界を、この戦いを。信じれば救われるわよ?それとも、その『何故?』が分かって救われるの?あなたの生活は何も変わらないわよ?」


 そうだ。

 きっと何も変わらない。


 特待生枠にしがみついて、か細い光を頼りに未来をつかもうと、クモの糸を辿たどるような息苦しい毎日だ。


 それでも……


「それでも……現実に押しつぶされたって、いつくばって生きていくの!」


 何か言い返さないと、と口に出た言葉だった。

 それでもエスティの決意であった。


 だがマリアには響かない。


いつくばって生きるなんて、あなた、まるでビーストみたい」


 エスティとマリアでは戦う姿勢が違いすぎた。ただそれだけのことだったが、マリアはエスティが許せなかった。


 マリアはエスティを嘲笑ちょうしょうすることで、暗い自尊心を満たしていた。


 その時だった。


「ビースト……ドレスビーストの開発者、ヤナガセ・ソレア博士は人間の大脳の研究をしていたのは知っているね?」


 突然、ダンが口を開いた。


 あまりに突然だったので、あっけにとられて誰も口を開かない。

 ダンはそんなこと意にも介さず話を続ける。


「ドレスビーストは脳波コントロールだ。搭乗者の大脳にある前頭連合野ぜんとうれんごうやで生まれた『意志』を高次運動野こうじうんどうやで補足し、一次運動野いちじうんどうやで出力されたノイズを脳波として感知する。大脳基底核だいのうきていかくを模したモジュールは、それをもとに運動パターンを構築しドレスビーストを動かす。」


 ダンの講義にマリアが苛立いらだった。


「だから何ですの!?」


「ドレスは動く。けれど、意思は無い。」


 ダンがまた、人を嘲笑あざわらうような顔をする。


「ドレスは動く。けれど、自分では考えない。」


 今度は、マリアの目を見て言った。

 マリアはいきどおった。


「何が言いたいの!?」


 ダンは静かに答える。


「神の意志で動く。君こそが操り人形ビーストだよ。」


 マリアが怒りにあおざめた。膝が震え、唇がわななく。


「ちょっと、ダン。」


 エスティの言葉が終わらないうちにマリアは無言で退出した。

 黒い憎悪の炎が宿った瞳にエスティはぞっとした。


 マリアを見送ると、ダンはいつも通り生気のない顔に戻った。

 エスティはため息をついた。


「ダン。言い過ぎよ。」


 ダンの胸を軽く拳で小突こづいた。


「でも……私をかばってくれたんだよね」

「別に、気に入らなかっただけだよ」


 素っ気ないダンにエスティは笑顔のまま、もう一度だけ胸を小突く。


 華奢きゃしゃだと思った胸板は思いのほか厚く、男の子だな、と少しだけときめいた。



      ◆  ◇  ◆



 午後2時ちょうど。

 エスティは壇上に上がった。


 その瞬間、罵声の入り混じった歓声が三人を襲った。


 パティは小さく震え、怯えていた。


 一方、ダンは少しも臆した様子もなく観衆には一瞥もくれない。


 芸能科の現役アイドルがステージの反対側に手を振り、ニール達の名乗りを上げた。

 ニール、マリア、ジノの三人が壇上に上がる。こちらはすごい人気だ。


 ニールと目が合うと、こちらを指差し首を斬る仕草をした。


「てめぇ、ぶち殺す!」


 ニールの言葉に観衆のボルテージは最高潮に達し、唸りのような怒号がエスティ達を飲み込んだ。


 膝が震える。

 鼓動が早い。

 怖かった。

 逃げ出したかった。


 でも!


 エスティはくるりと振り返るとダンとパティに向き合った。


「ここまで来たら負けられない。絶対に勝つよ!」


 決意を込めて宣言するとニカリと歯を見せて笑った。


 パティがつられて笑う。

 ダンは、相変わらず無表情だったが、こくりと頷いた。


 そして、再びニールと向き合う。

 ニールは笑顔のエスティを不敵に思ったのか、苦々しげな視線を投げつけてきた。


 マリアは微笑を絶やさず、冷たい視線を送ってくる。


(関係ないわ)


 笑顔のまま、ニール達と対峙する。


 パティとダン。


 頼りになるとは言い難かったが、仲間がいることは、エスティにとって大きな力になっていた。


 プレッシャーにさらされても後ろから支えてくれる、そんな心強さが有った。


 司会者に促され、6人はそれぞれのコックピットルームに入る。

 

 試合開始だ。

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