第十一章 女たちの戦い(終)

 激しい銃撃を受け、マリアの『シュトゥールテ』は徐々に被弾していった。


「はあはあ……」


 息が荒い。髪がほつれ額の汗に貼りつく。瀬戸物のような白い顔に疲労の色が浮かんでいた。


 無理もない。これだけの確率変動を長時間維持することは、並大抵の集中力ではない。


「引けマリア!これ以上は無理だ!」


 本陣のカイルが叫ぶ。

 カイル達クラスメイト22名は、エスティ達の願いを聞き入れて本陣に残っていたが、本当はみんな助けに行きたくて仕方がないのだ。


 感情が爆発する寸前のクラスメイト達に、マリアは優雅な微笑ほほえみを返した。


「ご冗談でしょ?」


 カイルの言葉を一笑にすと、その微笑を絶やすことなく敵の弾丸を弾き続けた。


 それは完全に強がりだった。

 共振された弾丸が、少しずつマリアのドレスを傷付け、その度に苦痛に堪えなくてはならなかった。


 マリアだけではない。


 パティの『ギラッフェ』は両足をやられ、二足歩行が出来なくなっている。四足形態で前足だけを使って這っている。


 カチュアの射撃精度も落ち始めていた。

 残弾もわずかしかない。


「本当に四人で戦うつもりなのか?」


 カイルの言葉はほとんど懇願だった。

 助けに行きたい。

 これ以上、ボロボロになっていく四人を見ていられなかった。


 カチュアがきらりと眼鏡をきらめかせると、最後の弾倉マガジンをマシンガンに詰め込んだ。


「心配いらないわ。私の計算では十分に勝算がある戦いよ」


 エスティはイーファンの『ヴォルフ』と斬り合っていた。イーファンの実力は本物だ。激しい斬撃の応酬に息が上がる。


 流麗な剣さばきに、エスティの『ディケッツェン』は徐々に傷ついていく。


「もういい!俺は出るぜ!」


 焦れたニールは待機命令を無視して進軍を開始した。他の男子生徒もそれに従う。

 これ以上待てる奴なんて男じゃない。


 しかし、その進軍を止める者たちがいた。


「どけ!クレア!」


 クレア、レーナ、その他の女生徒たちの『シュトゥールテ』が、男子生徒の『ヘングスト』と対峙していた。


「これはエスティ達四人の試合だ!邪魔しちゃいけない!」

「わたしも~そう思うの~。ドーニなら~分かってくれるでしょう~」


 女生徒九名に男子生徒十二名。

 睨み合ったまま動くことができない。


「もう、君たちの意地はみんなに十分伝わった。それじゃあいけないのか?」

「最後の最後に男に頼る。それじゃあ、ダメなんだ!」


 クレアの言葉に男子生徒全員が動けなくなった。


「大事なことなの……お願い……」


 珍しく殊勝なレーナにカイルはため息をついた。こうなったらテコでも動きそうに無い。


「分かった。君たちの主張を尊重しよう」


 その言葉にニールは苦々し気な舌打ちをする。しかしそれ以上は何も言わなかった。これ以上は無粋だ。それはニールにも分かった。


 するとあることにふと気づく。


「男子十二名……一人足らない」

「……ダン!」


 一番無粋な男を忘れていた。



  ◆  ◇  ◆



 カチュアは最後の弾倉が尽きると、振動槍を引き抜き構えた。

 中距離戦では無敵のカチュアだが、弾が尽きれば接近戦に頼らざるを得ない。


 しかし、敵機は弾が尽きたカチュアに対し、容赦なく狙撃を続ける。


「カチュアさん!」


 標的にされたカチュアの盾になり、マリアが前に出る。

 マリアの『シュトゥールテ』はとっくに満身創痍だ。


「マリア!無理よ下がって!」

「いいえ!このまま距離を詰めますわ!」


 エスティの心配も他所にマリアは強気だ。確率変動で弾丸を弾きながら前に出る。カチュアはマリアの影に隠れながら振動槍を構えた。


 近い距離からの確率共振にもマリアは屈しないはずだった。


「接近戦だって……あなた達なんかに!」

「この俺でもか?」


 いいかけたマリアに『ヴィルトシュヴァイン』が一騎、突撃をかけてきた。

 ドンと強い衝撃にマリアは遠くなる意識を必死で繋ぎ留めた。


 サクラバ・ビクトルだ!


 マリアはビクトルの突撃を受け止める。突き出した両腕が軋む。全身がバラバラになりそうだ。


「でも……これくらい!」


 マリアは更に確率変動をかける。だが、衝撃が収まらない。このままではやられる。

 確率が共振されていく。


「この私が……確立共振を受けているの!?」

「出来れば……全力のお前と戦いたかったな!」


 ビクトルの確率共振は全国トップクラスだ。

 マリアといえども被弾した『シュトゥールテ』では防ぎきれるものではない。


「もたない……このわたくしが!?」


 遂にマリアが吹き飛ばされた。


「マリア!」 


 エスティが叫ぶ。


「エスティ!泣き言言わない!」


 カチュアがマリアの影から飛び出す。


「今度はお前が相手か?カチュア!」


 二足形態になったビクトルが斧を振るう。カチュアの『シュトゥールテ』を薙いだ。振動斧が腹部に深々と突き刺さる。


 腹部の衝撃が第一次体性覚野にフィードバックされ、カチュアは苦痛にうめいた。


「お前の負けだ!残念だったな!」

「いいえ……全て計算通りよ」


 せり上がる胃液に耐えながらカチュアが振動槍を振るう。ビクトルの後ろで狙撃していた『ヴィルトシュヴァイン』を撃破した。


「これで、あなた一人よ」

「粋なことを……エスティなら俺を倒せると信じているのか?」

「計算ではね……」


 次の瞬間、カチュアの『シュトゥールテ』は両断された。


 丁度その時、イーファンを撃破したエスティがビクトルの目の前に立った。荒い息のエスティはビクトルを睨みつけた。まるでなつかない猫のようだ。


「最後の戦いだな」


 四機相手に十二特騎は壊滅状態だった。副官のイーファンもやられて残るはビクトル一人である。ここでエスティを討ち取らなければ十二特騎の面子が無い。


 だが、ビクトルは笑った。


「惚れたぞエスティ!」


 そんなビクトルにエスティは頬赤らめ、目を丸くする。


「あんた……何を言って……」

「だが……!」


 エスティの言葉を遮り、ビクトルが叫ぶ。

 口を引き締め獅子のような瞳を向ける。二足形態をとり振動斧を構える。


「勝つのはこの俺だ!」


 真直ぐなビクトルにエスティも顔をほころばせる。


「あんた……意外といい男ね」


 そしてすぐに真顔に戻ると二足形態をとり、振動刀を構えた。


 二人の最後の戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る