第十二章 血の匂いに染まって

第十二章 血の匂いに染まって①

 人類の歴史は戦争の歴史である。


 有史以来、争いが絶えたことなど一度もない。


 それが人間の性である。

 それが自然の摂理である。

 そして社会のシステムである。


 戦争は科学を進歩させ、

 経済を活性化させる。


 どんな平和主義者だって、 

 その恩恵にあやかっている。


 誰だって、科学技術にいろどられた生活を享受し、企業に雇用され、生産し、消費する。


 そのシステムの中に、戦争は組み込まれている。戦争は莫大な消費と雇用を産む、巨大なマーケットである。


 そう、戦争とは人間の生活そのものなのである。



  ◇  ◆  ◇



「そう思いませんか?シリウス博士」


 そう言ったオオサキ・エトワルドはドーム中央の巨大スクリーンから視線を離さなかった。


 スクリーンにはエスティとビクトルが最後の戦いを演じようとしていた。


「さあねぇ……。俺は経済活動をするために生きてるわけじゃないんでね」


 シリウスは不敵な笑みを絶やすことなくエドワルドを見下ろす。エドワルドはそんなシリウスを一瞥もすることなくスクリーンに視線を投じていた。ただ、シリウスの返答には、口を緩め愉快そうに笑った。


 対して、奥に座るイマムラ・チアキ防衛大臣は不愉快そうに鼻を鳴らす。同時に周りの取り巻きたちの空気がヒリついた。


 しかし、エドワルドはそんな空気を無視して、出し抜けに質問をした。


「『ディケッツェン』……あれは貴方が作られたのですか?」


 心地良い澄んだ木管楽器のような声が響く。その静けさに、むしろ冷酷で凶暴なエドワルドの本性が垣間見える。

 緊張からシリウスの喉が鳴った。


「ガラクタを集めただけの急造ドレスだ。オオサキ重工の一流ドレスには敵わないよ」


 それは本当のことだ。

 オオサキ重工の『ヘングスト』『シュトゥールテ』は現時点で最強のドレスだ。

 ただし、600番台シックスナンバーズを除けばの話だが……。


「ご謙遜を……凄い戦績じゃないですか。あの黒騎士と『600番台シックスナンバーズ』を二機。しかも……」


 エドワルドは言葉を切るとシリウスを見上げた。


「そのうち一機は『ヤツフサ』……搭乗者はハチサカ・コジュウロウ……」


 それは軍事機密だ。


「なぜ……それを……」


 シリウスの背中が冷水を浴びたようにゾクリとした。


 カルディナ橋爆破事件はアルテア戦争の正当性を揺るがすパンドラの箱である。それはセンチュリア自身の正当性にも関わってくる。


 したがって、ハチサカ・コジュウロウの拿捕だほは軍事機密として、第四特騎でも厳しい箝口令かんこうれいが敷かれている。


 イマムラ防衛大臣が初めて興味を示したようで細く冷たい目をこちらに向けてきた。シリウスは目を合わせないようにするため、エドワルドに向き直らなくてはならなかった。


「あれは、ミネルヴァとの戦いで消耗していたからだ。そうでなければエスティ相手にコジュウロウが負けるはずがない」


 嘘だ。


 暴走した『ディケッツェン』は驚異的な確率共振反応でコジュウロウを蹂躙じゅうりんしていた。

 その力は600番台シックスナンバーズである『ヤツフサ』を完全に凌駕りょうがしていた。


 しかし、それをエドワルドに知られるわけにはいかない。

 600番台シックスナンバーズを越えるドレスビーストの開発はオオサキ重工の悲願であったからだ。『ディケッツェン』の力を知ればエドワルドは第四特騎に対して強い政治的な圧力をかけてくるかもしれなかった。


 エドワルドはサファイヤのような瞳でシリウスを、覗き込む。

 嘘つきのシリウスが全て見透かされている。


「そうですか。なら……ミネルヴァ先生にもお話を聞いてみましょうか。」


 その言葉にシリウスの顔色が変わった。眼光が鋭くなる。まるで野生の狼のようだ。初めて見せたシリウスの激情を、エドワルドは春風のように受け流す。


「『仔猫ちゃんディケッツェン』……なかなか面白い名前ですね。命名は貴方が?」


 平然と話すエドワルドをシリウスは睨めつける。


「そうだ。俺がつけた」


 それも嘘だ。


 『ディケッツェン』はエスティがうわ言のように叫んでいた名前だ。彼女いわく、妄想の男の子が呼んでいた名前だった。


 『雄馬ヘングスト

 『牝馬シュトゥールテ

 『ヴォルフ

 『ヴィルトシュヴァイン

 『麒麟ギラッフェ

 『ティーゲル


 ドレスビーストの名前は、その名の通り獣の名前がついている。それぞれがその形や動きを模していた。


 しかし、本当の意味を知る者は少ない。


 基底核部バーゼルブロックの中身。秘密の生体部品について知っているものなら、その意味がわかるはずだった。


 『ヘングスト』の基底核部バーゼルブロックには生身の馬が入っているのだ。


 そして、ドレスビースト製造の最大手であるオオサキ重工のCEOが、それを知らないわけがなかった。


 無言でにらみ合う二人にイマムラ・チアキ防衛大臣が咳払いをする。


 シリウスの視線がイマムラに移る。


「始まるぞ。お前の作った『お転婆娘ディケッツェン』の戦いが……」


 エドワルドとは対象的な低い弦楽器のような声が響き渡る。


 スクリーンではエスティの『ディケッツェン』とビクトルの『ヴィルトシュヴァイン』が向き合っていた。


 会場中にエスティへの声援が響き渡る。

 熱気が充満していくのを感じながら、シリウスは一人、背筋が寒くなっていく。


(たのむから目覚めてくれるなよ……『ディケッツェン』)


 観客全員が新ヒロインの勝利を期待していた。


 ただ一人、シリウスだけは、エスティの敗北を望んでいた。

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