第十一章 女たちの戦い③

 ビクトルが本陣に帰るころには、さらに二機のドレスが撃破されていた。


 憤怒ふんぬ形相ぎょうそうのビクトルを十二特騎のメンバーが迎え入れる。


「ビクトルさん!すいません!」


「確率変動を調整してレーダーから消えろ!物陰に隠れればスナイパーには位置が分からんはずだ!」


 開口一番に謝る男子生徒をビクトルは怒鳴りつけた。

 隠密行動型のクリーパーでないまでも、レーダーと確立共振させれば撹乱かくらんくらいはできるはずだ。確率変動率が下がり、防御力は落ちるが索敵されなければ弾丸は当たらない。

 しかし、ビクトルの模範解答に男子生徒は言葉を詰まらせた。


「それが……」


 言った直後だった。壁を貫通して男子生徒のドレスに風穴があいた。

 ビクトルは急いで後退する。

 ドレスはすぐに爆発炎上した。


 何故位置が分かる?

 レーダーが使えなければドレスの位置が分かるわけがない。


「ビクトルさん。相手のスナイパー……『ギラッフェ』です!」


 狙撃用ドレスビースト『ギラッフェ』は、音波を利用して索敵する旧型のドレスビーストである。長いライフルを装着し、足からの振動で敵の位置を索敵する。


 しかし、この戦場の騒音の中で敵ドレスビーストの駆動音だけを聞き分けるやつがいるのか?


「耳のいい奴が乗っている、ということか」


 そういった瞬間、ビクトルのドレス鼻先を弾丸がかすめた。


「そういうことですわ!パティさん!」

「はい!」


 マリアの合図に、パティの『ギラッフェ』が狙撃を再開する。声楽科のパティは耳の良さならクラスでも一番だった。


 正確な射撃に十二特騎の数が削られていく。


「なら、距離を詰めろ!」


 ビクトルの怒号に、『ヴィルトシュヴァイン』が一機、近づこうと飛び出した。


――瞬間!


 アサルトライフルの掃射に『ヴィルトシュヴァイン』が撃破される。


「……これで十機目ね」


「『先読みのカチュア』か……」


 中距離戦でカチュアの攻撃力は全国でもトップクラスだ。


「この距離で私と撃ち合えるなんて、思わないことね」


 確率変動率の高いマリアで防御し、

 耳のいいパティが狙撃し、

 いぶりだされたドレスは中距離シューターのカチュアが撃破する。


 四機のドレスで出城を築く。


「大阪夏の陣で徳川軍を退けた真田幸村の作戦……名付けて真田丸作戦!」


 眼鏡を持ち上げ、ぴしりとポーズを決めるカチュアに会場中が盛り上がった。


「ふざけ……やがって!」


 作戦名はともかく、十二特騎の撃破数は十機目を数えた。

 このままではじり貧だ。


「イーファン!確率変動率の高い生徒を集めろ!盾にして突貫する!」


 決断が早い。

 怒りにまかせて怒鳴り散らすビクトルだが、作戦自体は理にかなっている。


「やるわね」


 カチュアは舌打ちする。

 本当はこのまま膠着状態に持ち込んで、もう五機程片付けたい。

 マリアの防御力がずば抜けているとはいえ、数に頼られたら押し切られる。


「カチュアさん……」


 パティが不安げに呟く。


「前だけ見なさい!あなたの仕事はスナイパーでしょ?」

「はい!」


 カチュアの叱咤しったにパティは再び目をらし、耳をそばだてた。

 陣形が整うのを少しでも遅らせ、一機でも多く落としたい。


 しかし……。


「敵機の動きが早いですわよ!」


 銃弾を弾きながら、マリアが叫ぶ。


 軍隊式の訓練のたまものか、十二特機の動きは早い。


「敵機集結しています。前方四機!駆動音から『ヴィルトシュヴァイン』!高速突撃!来ます!」


 滑舌かつぜつの良いパティの報告と同時に『ヴィルトシュヴァイン』が突進してきた。

 機銃掃射と同時に亜音速での突撃チャージ

 真直ぐ前方、正面突破の集中攻撃だ。


「視認済みの銃撃ごとき!このわたくしなら!」


 マリアは次元確立をさらに変動させ、銃撃を弾きかえした。

 続く、四機の突撃をパティとカチュアで狙撃する。


「ここは!」

「通さない!」


 力まかせに進む『ヴィルトシュヴァイン』の足が止まらない。これでは特攻だ。


「力ずくってこと!」


 カチュアとパティが近づく四機をなんとか撃破したその時だった。

 銃撃に耐える四機を飛び越えて、二足形態の『ヴィルトシュヴァイン』が現れた。


「たどり着いたぜ!女ども!」


 エスティをナンパした男子生徒だ。

 飛んだ勢いのまま、マリア機に襲い掛かる。


 しかし、マリアは動かない。


「たどり着けば……勝てるとでも?」


 余裕のマリアに男は激高した。


「舐めるな!この距離なら!」


 さすが星十六のエースだ。斧を振り上げ、マリア機に確率共振をかける。


「この距離なら……俺の距離だ!」


 だが、マリアは微動だにせず口角を上げた。


「いいえ……この距離は……」

「私の距離よ!」


 振り下ろされた斧を『ディケッツェン』が振動刀で受け止めた。


 ギリギリと鍔迫り合いに持ち込むと、ドレス同士の鼻先がくっつくほどに肉薄する。


「おっぱいちゃんじゃねぇか!星三つの女が……!」

「女で……悪いかぁ!」


 力任せに斧を振るう『ヴィルトシュヴァイン』。

 エスティは回避しながら振動刀を振りかざす。


「うまくよけたか……だが……お前ごとき劣等生に!」


 エスティの振動刀が『ヴィルトシュヴァイン』に襲い掛かる。


 早く、鋭い斬撃。


「なんだ!?こいつ……早い!」


 エスティの斬撃に『ヴィルトシュヴァイン』は防戦一方になる。

 モニター越しの赤い瞳は物怖じの無い気迫に満ちている。


「これで本当に星三つかよ!?」

「そんなに星が好きなら……!」


 叫んだ瞬間、エスティの振動刀が『ヴィルトシュヴァイン』の脇腹を深くえぐった。


 鉄が砕け刀が食い込む感覚が『ディケッツェン』を通して、エスティの頭頂葉感覚野に届く。


「あんたが星になれ!」


 雄叫びとともに横薙に振るうと『ヴィルトシュヴァイン』を両断した。

 同時に、『ヴィルトシュヴァイン』が爆発炎上する。


 エスティは肩で息をしながら次の敵機を待つ。

 この四機で完勝してみせる。


 それが彼女達の意地だった。



  ◇  ◆  ◇ 



 エスティの戦いぶりを見て、ビクトルは身震いをした。


 怯懦きょうだからではない。

 歓喜の震えだった。


 知らず知らずに口角が上がる。


「ビクトルさん!」


 イーファンだった。

 冷静なイーファンの声がうわずっている。


「エスティ……あの娘の戦績を調べましたが……やはり普通じゃありません」


「どういうことだ?星三つじゃないのか?」


 冷静沈着なイーファンに動揺の色が見える。いつもなら秘匿回線で話すのに、一般回線を使って早口にまくしたてる。

 これではこちらが動揺しているのが会場中に知れてしまう。


 ビクトルは眉をひそめ、イーファンをいさめた。いくらか、平静を取り戻したイーファンは短く唾を飲み込むと、言葉を続けた。


「ただの星三つじゃありません。三つのうち一つは黒騎士。二つが『600番台シックスナンバーズ』です。」


 その言葉に十二特機のみならず、会場中が騒然となった。


 黒騎士クゼ・ガーラントはアルテア同盟のスーパーエース。


 そして、『600番台シックスナンバーズ』と言えば一騎当千の超兵器である。


 それを倒した。


 会場中の視線が赤毛の少女に向けられる。


 憧れと羨望の眼差しを送る女生徒。

 いぶかしげに見上げる男子生徒。

 好奇心剥き出しの大人達。

 椅子から腰を上げ、身を乗り出す者もいた。


 エスティ達を応援する異様な空気が会場全体に広がっていく。


「エスティ!やはり……お前は俺が思っていた通りの女だった!」


 そんな中、ビクトルはこらえきれぬ笑みを浮かべながら、最後の戦いに臨むべく、自らの『ヴィルトシュヴァイン』の歩を進めた。


 会場全体が敵ならば、力づくで黙らせてやる。

 口のはしを吊り上げて、ニヤリと不敵に笑う。


 『獅子心ライオンハート』ビクトルの出陣である。

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