第十一章 女たちの戦い②

 地上戦において無敵に思えるドレスビーストだが、実はいくつかの欠点がある。


 一つにまず、空を飛べない。


 ミサイル防衛の発達したこの時代において、戦闘機が飛ぶということは無い。一定のベクトルでしか飛べない飛行機は撃墜の的でしかないからだ。そのため、ドレスビーストは飛ぶことを最初から想定されていないのである。


 もう一つは、水中で長期間活動できない。


 ドレスビーストはの存在により、大量の酸素を必要としている。そのため、水中での活動に制限があるのである。


 エスティ達、第四特騎の合宿先がビーチであるのも、そのせいである。


 アルテア同盟が占拠するダァトシティから、大陸のちょうど反対側に位置するこのビーチは、センチュリアで最も安全な地域の一つになっている。


 富裕層の別荘が多く立ち並ぶ高台のふもとに、軍事的にも重要で、規模の大きな施設がひっそりと建っていた。


 一クラス二十六名同士の戦い。合計五十二名同時に稼働できるコックピットルームをようするこのドームは、センチュリアの施設の中でも最大規模のものであった。


 そのドームに各学校の生徒たちや軍事関係者がひしめき合っていた。

 合宿に参加しなかった学校の生徒や先生、物好きな富裕層もちらほら見える。


「おうおう。物好きどもがいっぱい集まったな」


 シリウスが面白そうに客席を眺めている。

 みんな、第四特騎と十二特騎の模擬戦を見に来たのだ。

 昨年の総撃破数三位の十二特騎と全国トップの第四特騎の模擬戦である。マニアや関係者には注目の戦いだった。


「見ろ。オオサキ・エドワルドだぞ」


 ミネルヴァが客席に鋭い視線を送った。

 爽やかな碧眼へきがんの男が会場を見下ろしている。


「誰なの?」


 厳しいミネルヴァの視線に、アオバが怯えながら尋ねる。

 ミネルヴァは男の視線に入らないよう、アオバを自分の体で隠した。


「オオサキ重工のCEOだ」


 ドレスビースト製造の最王手である。

 シリウスの声が低くなる。面白そうに口元を歪めているが、瞳の影は深くなっている。


 エドワルドは何かに気づくと大きく手を振った。一人の男が手を振り返すとエドワルドに歩み寄る。三十半ばのエドワルドよりも、少しばかり年長と見られる長身の男は身なりのいいスーツをひるがえし、隣の席に腰を下ろした。


「イマムラ・チアキ防衛大臣……戦争が無くならないわけだ」


 武器商人とその顧客が、商品のデモンストレーションを見に来ている。

 そんな二人が中央ステージを指さしながら、談笑をしていた。

 子どもたちの戦争を、大人が笑いながら見ている。


 笑えない現実だった。



◆  ◇  ◆



 今にも噛み付きそうなビクトルに、エスティは一歩も引かずににらみ返していた。

 中央ステージの真ん中では、ビクトルとエスティが対峙していた。


「いいか、これは俺たち十二特騎と、お前たち第四特騎の誇りをかけた戦いだ。俺たちは、絶対負けない!」


 ビクトルの雄たけびに、会場全体から歓声があがった。

 ビクトルは『獅子心ライオンハート』の二つ名の如く、野生の獅子のようである。

 エスティはビクトルの気迫におののくものの、手を握りしめて踏ん張った。


「私だって、女の子の意地を背負ってるんだ。絶対に負けない!」


 その言葉をうけ、会場は再び歓声に沸いた。

 歓声の中には、女性の声が目立つ。


 ステージ上のコックピットルームに向かうエスティに多くの女生徒が握手を求め、声援をかけてくれた。


 その中で銀髪の少女が手を伸ばしてきた。


「期待しているわよ。女の意地を見せてください」


 銀髪の少女は、第七特騎、ティフェレト女学院の制服を着ている。

 そのすずやかな瞳に、エスティは決意を込めて握手を返す。


「私、負けないからね」


 少女はエスティの熱いまなざしに微笑み返すと、隣のカチュアに視線を移した。


「よろしくね。カチュアさん」

「レイリア、見てて」


 カチュアの言葉に満足げに頷くと、レイリアは立ち去った。


「キレイな人……有名なの?」

「……あなたよりはね」


 呆れ顔のカチュアに、エスティはきょとんとした顔を向けた。


「カチュア、あの子知ってるの?」

「リー・レイリア……第七特騎の隊長よ。」


「『白薔薇しろばらのレイリア』!?」


 エスティの声が裏返る。

 あんな有名人がなんで自分なんかに………?


「ビクトルとあなたの対決が、男と女の意地のぶつかり合いになったのよ」


 カチュアの言葉に、エスティは顔を引き締めた。

 いつの間にか女生徒代表になってしまったのだ。


 この戦い、絶対に負けられない。



  ◆  ◇  ◆



 密林のステージを進みながら、ビクトルはエスティの赤い瞳を思い出していた。


 炎のような真赤に燃えるその瞳に並々ならぬ気迫を感じた。


「エスティ……やはりただモノではないかもしれないな」

「ビクトルさん。気にし過ぎじゃないですか?あの女、星三つなんでしょ?」


 ビクトルの独りちに、隣を歩く『ヴィルトシュヴァイン』から入電が入る。エスティをナンパした男子生徒だった。


「そうかもしれんが……イーファンはどう思う?」


 ビクトルは後方を歩く『ヴォルフ』の少年に話しかける。眼鏡の少年、イーファンはビクトルが自らの片腕と認める男である。決断力と腕っぷしには自信があるビクトルだったが、細かい作戦は苦手である。

 冷静で頭の切れるイーファンはビクトルにとって代えがたい副官だった。


「確かに、ビクトルさんの視線を正面から受け止めていました。僕もびっくりしましたよ」


「あいつが本当に星三つなのか?」


「この春に転入したばかりなので、あまり出撃が無かったのかもしれませんね」


 イーファンの分析にビクトルは顎をさすって唸った。データによれば第四特騎の出撃は四月から数えても七回は有ったはずだ。


「すまないが、もう少し調べた方がいいかもしれないな」

「今すぐですか?」

「いや、まて……!」


 ビクトルが会話を遮る。


 進行方向に第四特騎の本拠地、コントロールルームが見えた。

 同時に、激しい銃撃がビクトル達を襲う。


 激しすぎる。これでは土砂降りの雨だ。


「いかん!後退!」


 慌てて距離を取ると、銃撃は嘘のように止んだ。

 射程距離から逃れたようだ。


 射程距離ピッタリからの銃撃。


「近づくな……とでも言いたげだな。それにしても……」

「敵機が多すぎますね」


 守りが硬すぎる。

 ほとんど全員で守っているのではないか?


 こちらは守りが十機で十六機で攻めているのに、まるきり対照的だ。


 守りに徹してこちらの戦力を削ぐつもりだろうか?


「『疾風はやてのカイル』にしては面白くない作戦だな」

「こちらも守って持久戦に持ち込みますか?」


「うむ……」


 

 その作戦はしょうに合わない。

 ビクトルは唸った。


 その時だった。


「ビクトル隊長!戻ってください!」


 突然の入電は味方の本拠地からだった。


「どうした!?」


「敵襲を受けています!もう一機やられて……!自分も被弾しております!」


「敵襲?何機だ!?」


「あの……四機です!」


「たったの?四機!?」


「どういうことだ?四機ぐらい片付けろ!」


「それが……当たらないんです!」


「当たらない!?」


「確率共振できません!」


 本拠地からの映像が送られる。


 十二特騎の嵐のような銃撃の中、一機の『シュトゥールテ』が平然と立っていた。

 確実に被弾しているはずなのに……!


「何故当たらない!?」

「あたりまえですわ」


 突然、女の声が通信に割り込んだ。

 高慢ちきな声にビクトルはぎょっとする。

 この声は……そう思った瞬間、端正な顔立ちの金髪の女が大写しになった。


「わたくしを、誰だと思ってらっしゃるのかしら?」


 この女は『神の婢』……。


「アベ・マリアです!」


 叫ぶと同時に報告の生徒の『ヴォルフ』が、スナイパーライフルに撃ち抜かれた。

 アベ・マリアの確率変動を盾にパティとカチュアがスナイパーライフルで長距離攻撃をかけている。


「ビクトルさん!戻りましょう!」


 今から戻るのは明らかに下作げさくだ。だが、そうしないと本拠地が陥落かんらくしてしまう。


「たった四機のドレスビーストに!」


 ビクトルは吠えるときびすを返し、退却した。


「貴様たち……覚えていろ!」


 画面に向かってえるビクトルにマリアは冷たい微笑ほほえみを向けた。


貴男あなたこそ、わたくしたちをあなどり過ぎましたわね」


 氷の微笑びしょうに十二特騎の面々の背筋は冷たくなる。


「あなた……地獄に堕ちますわよ?」

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