第十一章 女たちの戦い

第十一章 女たちの戦い①

 女は女として生まれるのではない。

 女になるのだ。


 女は社会から女としての「立場」や「役割」を押し付けられる。


 そして女になる。


 今の社会が望む女性像と当人の望む女性像は違うかもしれない。


 それは許されない自由なのか?


 それを女性の問題として片付けてはいけない。


 例えば男性だって、社会の中で男になるのだ。

 情けないことを言えば「男らしくない」と言われるではないか。


 社会に与えられた価値観と幸福を

 我々は親鳥を待つ雛のように口を開けて待っているわけにはいかない。


 自らの足で立ち

 自らの翼で飛び立つ


 自立性にこそ、幸福があるのだと、私は信じている。


 女らしさ

 男らしさ

 自分らしさ


 それを自分で選択し、自分で責任を取る。


 それが良識ある大人の生き方ではないか?



◇  ◆  ◇



「お前のモノローグは堅いんだよ」


 堅苦しい話題にシリウスは悲鳴をあげた。


「たわけ!権利というものは天啓などではなく、先人の努力で勝ち得たものであることを、我々は知らねばならんのだ!」


 バスに揺られながらミネルヴァに肩を抱かれたアオバは、少し引きつりながらもなんとか笑顔を返した。


 十歳のアオバには少々硬すぎる話である。だが確かにミネルヴァの言が本当に大切な話であることはアオバにも分かった。


 女性の権利。


 これはアオバにとって他人ごとではない。


 これは社会的弱者の権利と自立の問題である。


 例えば貧困層であったり、街の外で暮らす荒地の民もそうだ。

 その中でも子ども、特に戦災孤児などは社会的立場でいえば最下層に位置するのである。


 そして、アオバはその全てに当てはまっていた。


 アオバは、ミネルヴァの熱意に若干押されながらも、その言葉には深い感銘を受けていた。


 シリウスは気の抜けた顔でミネルヴァの熱気をいなしている。


 バスが停まり、三人はバス停に降りると、蝉しぐれと灼熱の日差しにさらされた。

 ミネルヴァは日傘をさすとアオバを招き寄せる。


 いつもはスーツのミネルヴァだったが、この時ばかりはさすがにカジュアルなシャツとパンツだった。もっとも、シリウスはいつもの白衣姿である。


「なんか……変なにおい」


 アオバが鼻をひくひくさせる。


「ああ、潮の香りだな」


 シリウスはニヤリと笑うと、道路の向こう、堤防を指さした。


「あの向こうは海だからな」


「海……」


 潮の香りに加え、波の音も聞こえてくる。


「行くか?」

「うん!」


 アオバは目を輝かせると、海へと駆けだした。


「おい……危ないぞ!」


 シリウスは仕方なく後を追う。

 ミネルヴァはそんな二人の背中を追いながら、ゆっくりと後に続いた。

 堤防のわきから小さな階段を登ったころには、シリウスとアオバはもう浜辺を駆けていた。


「お、やっているな」


 その浜辺に整列しながら走る一団を見つけた。


 カイルを先頭に走る『第四特騎』とビクトルの『十二特騎』の面々である。



    ◇  ◆  ◇



 『第四特騎』と『十二特騎』は並んで走っていた。平然と走っているように見える両隊だったが、互いを意識しピリピリとした空気が漂っていた。


 男子に交じってのランニングにエスティは荒い気を吐きながらようやくついていっている。そんなエスティに大柄のビクトルは余裕の視線を送ってきた。


「無理するなよ?模擬戦前にへばっちまうぞ?」

「うっさいわね!話しかけないで!」


 男子校の『十二特騎』に比べ、男女混合の『第四特騎』はややスピードが遅い。

 なんで男と女というだけで、こんなにも体力に差があるのか。


 神様って不公平。


 エスティは我が身を呪いながら心の中で天に毒づいた。


「じゃあな。ちんたら走ってな」


 『十二特騎』のメンバ―がにやにやと笑いながら追い越していく。

 カイルはそれを平然と受け流していた。


「カイル!もうちょっと急いでよ!」


 エスティが文句を言うが、それが無理であることは誰よりもエスティ本人が分かっていた。隣のパティなど、今にも倒れそうである。


 ランニングが終わるころには女子生徒は全員立てないほどぐったりしていた。


 そのころ、『十二特機』のメンバーは筋トレを始めていた。

 ビクトルなど生徒三人を乗せて腕立て伏せをしている。

 凄まじい、上腕三頭筋である。


「筋肉馬鹿ね……」


 ふんと負け惜しみを言うエスティの傍らに、シリウスがあらわれた。

 隣には水色のワンピースを着たアオバもいる。


「あいつは……強敵だぞ……」


 シリウスの言葉にエスティは首を傾げた。


 確かに、三十を越える撃破数は凄いけど、あの筋肉馬鹿がそれ程脅威になるのだろうか。

 現に今だって筋トレばかりしている。


「脳波コントロールのドレスビーストに筋トレなんて関係ないでしょ?」

「分かってないな。その脳波コントロールにとって筋トレが重要なんだ」


 ダンは辛辣に言い放つ。

 少し不機嫌にも聞こえた。


 まだ不思議そうな顔を向けてくるエスティにダンはため息をつくと、シリウスに助けを求めた。


 シリウスは「しかたねぇな」と頭をかくと説明を始めた。


 大脳基底核を模した回路で脳波コントロールを実現したのがドレスビーストである。


 ドレスビーストの活動の出力と精度を上げているのは搭乗者の緻密な脳波コントロールである。脳を鍛えることで、ドレスビーストは強くなるのだ。


「そして、そのために有効な手段として、運動学習がある」

「つまり、筋トレがそのまま運動学習になるってこと?」


 目を丸くして感心するエスティにシリウスはぐったりとうなだれた。


「お前達……それで本当に勝てるのか?」


 冷汗をかきながら苦笑いするエスティを押しのけ、カチュアが眼鏡をくいっと持ち上げ、答えた。


「それにつきましては、私に作戦があります」


 自信満々のカチュアにマリアとパティも目を輝かせる。

 クラス二位のカチュアは撃破数三十二で、女子では全国一位なのだ。


「カチュア!」

「さすが、『先読みのカチュア』さん」

「どんな作戦ですか?」


 カチュアは皆からの称賛を受けて大きな胸を誇らしげに張ると答えた。


「名付けて、『真田丸作戦』です!」


 カチュアは、歴史マニアだった。



◇  ◆  ◇



 朝の筋トレを終えた十二特騎はランチ前のブリーフィングを行っていた。


 午後からは第四特騎とのチーム戦である。参謀の生徒が主だった敵機のデータをレクチャーしてくれている。


 ビクトルはそれを真剣に聞いていた。特騎クラス同士の戦いは誇りをかけた決闘である。負けるわけにはいかなかった。

 参謀の横からノートパソコンを覗き込むビクトルの視線は真剣そのものだ。


「やはり……恐るべきは撃破数五十越えのカワカミ・カイルでしょう。彼は長距離、中距離近距離となんでもこなすオールラウンダーです。」


「機体も最新の『ヘングスト』……俺の『ヴィルトシュヴァイン』に勝ち目があるとするなら……近距離か」


 粗暴無頼のイメージを持つビクトルだが、実は努力家で相手の実力も謙虚に認める男だった。

 自分の実力ではカイルには一歩及ばないことも自覚している。

 だが、近距離ならば、まだ勝ち目はあった。しかし、それよりも……。


「あの女たち……何かしてくるかもしれんな」


 特に赤毛の女、エスティはあれだけのタンカを切ったのだ。注意せねばならない。


「あの四人ですか。やはり気を付けるべきは星三十二『先読みのカチュア』の中距離攻撃と星二十五『神のはしため』マリアの確率変動でしょうね」


 なるほど、最強のほこカチュアと最強の盾マリアのタッグということか。


「やっかいだな」

「やはり、マリアを確率共振させなくては勝ち目はないですね」


「どちらにせよ、近距離が勝負だな。俺と近距離で競り合って確立を変動させ続けることなんてできまい」


 十二特騎には命知らずの兵士がいくらでもいた。総力戦で泥仕合に持ち込めば勝てる。


「確立変動率が高い生徒を盾に押し込みますか?」

「さすがは我が右腕!この試合、勝つぞ!」


 カワカミ・カイルに勝てば全国にネツァーク東高校の名が広まることだろう。


 特騎クラスは『第四特騎』だけではないということを教えてやる。


「そういえば?エスティとパティのデータは無いのか?」

「ああ……彼女たちは、エスティが星三つのアタッカーでパティは星五のスナイパーです」

「三?」

「三です」


 威勢のいい女だったのに……ビクトルは目に見えてがっかりしていた。


「かわいい子でしたけどね。データ……見られますか?」

「いや……エスティのことは気に入っていたが、それよりも試合に勝つことが大事だ。カチュアとマリアのデータをくれ」


 十二特騎として皆を引っぱる立場として、女などにうつつを抜かすわけにはいかない。

 星三つの相手の研究など、時間の無駄である。


 ビクトルはエスティへの気持ちを心から追い出した。

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