第八章 サバイバーズギルト

第八章 サバイバーズギルト①

 嗚呼ああ、またこうして生き残ってしまった。


 幾多いくたの戦場をても、私はいまだ死にぞこなっている


 その手を見れば血にまみれ、

 足元を見ればしかばねの山。


 行く道は途切とぎれていて分からない。

 来た道は敵と仲間の死にちていた。


 何故、私は生きている?


 死ぬべきなのは私だった。


 生きるべきだった仲間たちは死に、

 死ななくてもよかった敵兵たちを殺し、

 それでも、生き恥をさらしている。


 嗚呼ああ、そうしてまた、戦場を彷徨さまよう。


 ただ、死に場所を求めて。



 ◇  ◆  ◇



「コジュウロウ!」


 ギーメルが呼ぶとハチサカ・コジュウロウはドレスビースト『ヤツフサ』から地面に降りた。


 コジュウロウはヒラヒラとしたスカートのような民族衣装を着ている。

 ギーメルは知らなかったが、それは「ハカマ」というものらしい。


 ヘイムダルはコジュウロウは迎えた。


「さすがだな、コジュウロウ。まるでサシミのようじゃないか」


 バラバラになった『ヘングスト』を見ながらヘイムダルがコジュウロウをねぎらった。


「だがまた、いらぬ殺生をしてしまった」


 コジュウロウは死んだ馬に手を合わせるとしばし冥福を祈った。


「わざわざこんな所までついてこなくても、ダァトシティから遠隔操作すれば済む話でしょ?」


 ギーメルの疑問は当然であった。

 直接乗れば死ぬかもしれないのだ。

 遠隔操作できる機動兵器にわざわざ乗る必要などない。


 調査が目的のヘイムダルとギーメルはともかくとして、コジュウロウは遠隔操作で十分なはずだった。


「戦場は本来、命のやりとりとする場所である。命を懸けない戦場に立つ意味などない」


 抜き身の刀身のようなコジュウロウの覚悟に、さすがのギーメルも鼻白んだ。

 

「それはブシドーというものかしら?」

「そうだ。『武士道とは死ぬことと見つけたり』。常に死を覚悟してこそ……」


 そこまで言ってコジュウロウは言葉を詰まらせた。

 

 常に死を意識してこそ、かけがえのない生を全うすることができる。


 だが、コジュウロウは自分自身がかけがえのないせいきているとは、どうしても思えなかった。


 言葉が詰まり、沈黙するコジュウロウに、ギーメルは含むものがあった。

 ヘイムダルはそんなギーメルをたしなめる。


「ギーメル。彼の流儀だ。尊重してやれ」


 その言葉にギーメルは一礼すると一歩下がった。

 ヘイムダルの言葉に彼女は内心不満は有ったが、彼女の忠誠心はその不満を完璧に封じ込めた。


「それにハチサカ・コジュウロウが600番台シックスナンバーズに乗っているんだ。『ヤツフサ』の中が一番安全かもしれないぞ」


「それはかいかぶりにも程があるな」


 コジュウロウが異を唱える。

 せっかく褒めているのに、と笑うヘイムダルにコジュウロウは口を引き締めて答えた。


「それに、次の相手は、おそらく彼女だ」


 ラゥリンを人質にとってシリウスを敵に回したのだ。

 そうなれば当然、アネガサキ・ミネルヴァが出てくることになる。


「あの……『鋼鉄の処女アイアンメイデン』か……」


 ギーメルが言葉を漏らす。

 ミネルヴァの搭乗機は『ユニコーン』。

 同じく600番台シックスナンバーズだ。


「ギーメル。心配なのか?」


 ギーメルだって、この男の心配する程、暇では無かった。


 ヘイムダルの言葉に対し、「いいえ」と不敵な笑みで返すと、赤い髪をひるがえし自分のドレス『ドゥン』のハッチを開けた。


 中にはラゥリンがぐったりと座っていた。

 ラゥリンはギーメルの顔を見ると、生気の無い目を向け、小さく口を開いた。


「これから、どうするんだ?」


 かすれる声で話すラゥリンにギーメルは凛とした通る声で答える。


「私とヘイム様はダァトシティに帰るわよ。」


 生気のないラゥリンとは対象的にギーメルの赤い瞳には強い意志に満ちていた。

 ラゥリンは自分の軟弱さを感じずにはいられなかった。


「君こそどうするのだ?」


 ヘイムダルがギーメルの肩越しに顔をのぞかせた。


――どうする?


 ラゥリンはドキリとした。

 どうするか?

 その選択は自分でしなくてはいけない。


「俺は……」


 それだけ言って言葉が続かない。

 言葉を失うラゥリンに、ヘイムダルは「まあいい」と優しく笑いかけた。


 また決断を先送りにした。


 自分の意志の弱さにラゥリンは再び項垂うなだれた。


「その前に……少し掃除をしなくてはな」


 ヘイムダルがそう言うと、扉の向こうが騒がしくなる。

 研究所周辺を包囲していたドレスビースト部隊が、異常を察して駆けつけたのだろう。


 コジュウロウは『ヤツフサ』に乗り込むと厚い鉄の塊のような扉の前に立つ。


 ギーメルも『ドゥン』にヘイムダルを乗せるとハッチを閉めた。

 ギーメルの視界が『ドゥン』とシンクロすると目の前に『ヤツフサ』の背中が見える。

 その向こうの扉が僅かに動き出した。


 重々しく扉が軋む。


 『ヤツフサ』はゆっくりと前かがみになると居合の構えを取り、最初の犠牲者を静かに待った。


 敵機は二十機程だろうか。

 そのすべてが鉄屑に化けるまで、そう時間はかからないだろう。


 ギーメルは紫陽花あじさいの花のような、紫色の『ヤツフサ』を見ながら、この男が味方でよかったと心から思っていた。


 元センチュリア軍親衛隊ハチサカ・コジュウロウ騎大尉。

 カルディナ橋爆破事件で三十機のドレスを斬り捨て、センチュリア軍を裏切った男。


 人は彼を『人斬りコジュウロウ』と呼んだ。


 

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