第八章 サバイバーズギルト②
研究所の調査隊が全滅したという知らせは、直ぐに学校中に広まった。
マル校新聞は号外を出し、拉致された「機工クラス」の生徒二十余名のリストを発表した。
その中にはラゥリンの名前も有った。
エスティはその記事を握りしめてプラットホームに急いでいた。
後ろからはパティもついてきている。
「シリウス先生!」
ドレスビーストドック横のブリーフィングルームに入るやいなや、エスティはシリウスに詰め寄った。
「ラゥリン君が捕まったって、本当なんですか!?」
いつものシリウスならば、やる気の無い目で軽口を叩き、無責任な解決策を言ってミネルヴァに叱られるところだ。
だが、シリウスは入ってきたエスティの視線を避けるように目を反らすと小さく「すまん」と言っただけだった。
「先生……!」
さらに追求しようとしたエスティをミネルヴァが止めた。
「エスティ。許してやれ。こいつなりに考えがあってのことだ」
「でもミネルヴァ先生!ラゥリン君が……」
「その件で僕らも来たんだ」
ダンがエスティの肩を叩いた。
振り返るとカイル、リュウセイ、カチュアもいた。
シリウスの隣にはアオバもいる。
「ギラードの奴はこの件に関して、正規軍に頼ることにしたらしい」
「つまり『第四特騎』としては手を引くってこと?」
そんな彼女の腕をアオバが掴む。
「アオバ……」
アオバは泣きそうな顔で「ごめんなさい」と繰り返した。
「そういうことだ。こいつの件でギラードの面子を潰しちまったからな。意趣返しってところだろう」
シリウスは隣に立っていたアオバの金髪を撫でた。
それを見てエスティの胸は締め付けられる。
「ちょっと待ってください。テロリスト達がダァトシティに入ったら手出しができませんよ?正規軍ってケプラシティからでしょ?間に合うんですか?」
カチュアが口を挟む。
シリウスは暗い視線を床に落としたままだった。
こんなシリウスは見たことがない。
――そんな顔しないで。
ミネルヴァの顔が曇った。
「私、ギラード先生に掛け合ってきます!」
飛び出そうとするエスティを今度はカイルが止めた。
「ギラード先生には僕からもお願いにいったが、ダメだった。チェスの話をされたよ」
チェスの駒が自分で動いたら迷惑だ、というイザベラ校長の話だった。
「そんな……」
エスティはその場にペタリと座り込んでしまった。
「イザベラ校長もこの件に関しては正規軍に任せておけば大丈夫と思っているようだ。相手のドレスはたかだかニ機だそうだからな」
相手は二機?
エスティの表情が緩む。
「それなら戦力的には問題ないのでは?」
カチュアはいつも冷静だった。
おかげでエスティの心にもほんの少し余裕ができた。
「その二機ともが
シリウスの言葉にその場の空気がさらに重くなる。
アオバの『グリンブルスティ』一機にも二十四人がかりでようやく倒せたのだ。
まして、今度は本物のパイロットが搭乗する。
正規軍が何機派遣するかは分からないが、果たして本当に勝てるのか?
ラゥリンを救出できるのか?
「エスティ!私、出撃する!」
アオバが思いつめた顔で口を開いた。
「『グリンブルスティ』の起動実験って言えばいいのよ。あの子だって
アオバが口の端を無理やり釣り上げて笑う。
「ダメよ!絶対ダメ!もうあなたに戦争なんてさせない!させたくない!」
エスティはアオバの肩を抱くと鼻がくっつくほど顔を寄せてまくしたてた。
それだけは絶対に、どんな異論も許さなかった。
「だって……」
「だってじゃない!」
エスティは強い語気で反論を許さない。
「だって……私のせいだもん!私を助けるために、シリウス先生いっぱい悪い嘘をついたんでしょ?それでギラード先生に嫌われちゃったんでしょ?」
シリウスの顔が苦痛に歪む。
ミネルヴァがそれを見て唇をかみしめた。
「私、知ってるよ。シリウス先生、ラゥリン君のこと弟みたいに大事にしていたの。二人は本当の兄弟みたいだったもん」
親の無いラゥリンは
そんなラゥリンを引き取ってマルクト高校に入れたのはシリウスだった。
「ねぇ。私のせいなんでしょ?私が生き残ったせいなんでしょ?だったら『グリンブルスティ』で出撃させて。お願い私を……!」
「やめろ!」
――お願い私を戦場に送って。
シリウスはその言葉に耐えきれずアオバの口を塞いだ。
アオバがこちらを見ている。
不安そうな自分が写っていた。
その目には戦場で生き残った者の罪悪感がにじみ出ていた。
他人を犠牲にした
生き残ったことが罪であるわけがない。
こんな小さな子供にサバイバーズギルトを負わせてはいけない。
シリウスは奥歯を
アオバの瞳に悪い大人の笑みが映った。
――そうだ。シリウス。それがお前だ
ミネルヴァの瞳が
エスティもその笑顔に先程までの不安感が消え去っていた。
何か
「ミネルヴァ。お前が行くんだ」
シリウスが口を開く。
多分適当に話しているだけだ。
アオバを安心させるために話しながら、対策は現在進行形で考えている。
「相手が
喋りながら状況を整理している。
「でもそれって、軍事機密ですよね?出撃許可は降りるんですか?」
カチュアが冷静に反論する。
そうだ、『ユニコーン』は機密兵器だ。
出撃許可には校長以上の許可が必要である。
校長は許可を出さない。
校長以上の人脈は持っていない。
カチュアの反論にシリウスは考え込む。
だが生憎、口喧嘩では負けたことがないのがシリウスだ。
ふと、顔をあげる。
目の前の六人の生徒の顔を見渡した。
「……許可は、もう降りている」
シリウスの言葉に全員が首を傾げた。
シリウスは再び口元を釣り上げた笑みを浮かべると突然、号令をかけた。
「
ギラードのマネだった。
六人は戸惑いながらも整列する。
「カイル、リュウセイ、エスティ、パティ、ダン!」
シリウスが全員の名を呼ぶ。
六人はそれぞれに返事を返した。
「以上六名、これより補習授業を開始する!」
飛び切りの笑顔でシリウスは宣言した。
その手が有った。
六人は笑顔で返事を返す。
それを見たミネルヴァも顔が綻び、少女のような笑みを浮かべた。
補習授業の内容はミネルヴァに一任されていた。
そして、その為に『ユニコーン』の出撃許可をすでに出されていた。
ミネルヴァは笑顔を引き締めると続いて宣言する。
「今回の補習授業は敵ドレスビーストニ機の追跡と『機工クラス28名』全員の救出である。滅多にない
ミネルヴァの宣言に全員で「はい」と返事をする。
ミネルヴァを含め七名の心が一つになる。
絶対にラゥリンを助けるんだ。
決意を新たに全員の顔が引き締まる。
そんな中、ミネルヴァの口元には噛み殺せなかった笑顔が少しだけ覗かせていた。
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