第八章 サバイバーズギルト③

 プラットホームからドレス用の専用列車が出た。

 エスティ達はトンネルを抜けるまでのしばしの時間、作戦会議を開くことにしなった。


 研究施設からダァトシティまで、テロリスト達が辿たどるルートはいくつか考えられる。その中で、敵が必ず通り、しかも先回りできる場所があるとしたら、一つしかなかった。


「カルディナ橋か」


 ミネルヴァが呟いた。

 マルクトシティとダァトシティの間にかかる大河を通るカルディナ橋。

 アルテア戦争の始まりの地である。


 二日前にミネルヴァから講義を受けた場所であった。


 そういえば、試験は五日後だった。

 生徒たち六人は、残酷な現実を思い出し、ぐったりとした顔をする。


「そんな顔をするな。なんだったら俺がテスト用紙をくすねてきてやろうか?」

「シリウス!」


 シリウスの軽口をミネルヴァが叱責しっせきする。

 二人はこうでなくては、とエスティは嬉しい気持ちになった。


「そろそろ出口だ。みんなコックピットルームに戻れ」


 ミネルヴァの指示に返事をすると全員、自分のコックピットルームに戻っていった。


 エスティは最後に振り替えると、アオバに元気いっぱいのVサインをした。はにかみながら手を振るアオバにエスティは気持ちを新たにする。


 この戦いは必ず勝たなくてはいけない。



 ◇  ◆  ◇



 コックピットルームに戻ったダンは、操縦席に座り、自分の感覚とドレスビースト『シュヴァルツカッツェ』をシンクロさせていく。


 それとともにドレスが乗った列車の振動が自分の感覚として感じられるようになった。


 ドレスが受けた刺激を体性感覚として脳が感じ取っている。


 列車の振動を感じているうちに、ダンは数か月前の記憶が蘇ってきた。


 マルクト高校に来る前の記憶。

 忘れてはいけない記憶。


 それは彼の罪の記憶だった。


「ねえ。ダン」


 エスティが話しかけてくる。


「どうした?」


 実はエスティに話しかけられるのは久しぶりだった。

 最近は避けられているような気がしていた。

 嫌われているわけではないようだったが、エスティの態度がへんによそよそしい。


 他人の感情の機微きびに疎いダンには微妙な乙女心は分からなかった。


「アオバのことだけど……」


 エスティは先程のアオバの言葉が引っかかっていた。


 ――私が生き残ったせいで。


「そんなこと思っていたなんて、私、全然知らなくて」


 戦争や災害で生き残った人が自分が生きていることに罪悪感を感じるというのはよくあることだった。

 それが全く理屈に合わない加害者意識であることは本人たちも分かっている。それでも感じてしまうのだ。


「私、アオバにどう接したらいいと思う?」


 困り顔でこちらを見つめるエスティからダンは少し視線をずらす。


「本当に、どうしたらいいんだろうな」


 ダンはパイロットスーツの胸をぎゅっと握りしめ、胸の痛みに耐えた。

 この胸のとげを、誰か抜いてくれないだろうか。



 ◇  ◆  ◇



 小さな丘の上、コジュウロウは自分のドレスから降り、遠くに架かるカルディナ橋を眺めていた。


 紫陽花あじさいが咲き誇る中、その橋は建っている。


 歴史に名を残したその橋は、見るものによっては意外と小さく感じるかもしれない。

 ドレスが一機通るのがやっとだ。


 その昔はセンチュリア共和国とアルテア王国を結ぶ友好の証だった。


 しかし、カルディナ橋爆破事件により、その橋は戦争の証となった。


 アルテア王国とセンチュリア共和国の友好の為、センチュリア親衛隊の若き将校達が、カルディナ橋での軍事パレードを開いたのだ。


 橋の向こうにはアルテア王国軍の同じく若き将校達が待っている。

 両軍の将校が握手をしてパレードは終了の予定だった。


 しかし、センチュリア軍が橋の中腹に差し掛かった時、突如として、カルディナ橋が爆発した。


 両軍は交戦状態となった。


 凄惨な戦いの末、唯一の生き残ったのが、ハチサカ・コジュウロウ騎大尉であった。


 しかし、彼こそがこの爆破事件の犯人だったのだ。


 彼は裏切り者として、国際指名手配されることとなるが、差し向けられた追っ手をすべて退け、やがて『人斬りコジュウロウ』とまで言われるに至った。


 そんな彼がテロリストに身をやつすのに、そう時間はかからなかった。


「なぜ、そんなことをされたんですか?」


 後からラゥリンが静かに問うてきた。


「さてな。お前に話したところでどうなるものでもない」


 コジュウロウは背中で静かに応えた。


 この静かなたたずまいからは、この男があの『人斬りコジュウロウ』であるとは、とても思えなかった。


「もう少し早ければ見ごろだったかな」


 ヘイムダルがギーメルを伴い丘を登ってくる。

 時おり、空を見上げては雨を気にしていた。

 まだ昼過ぎだったが、梅雨の空は徐々に暗くなっていた。


「十分綺麗ですよ」

 

 ギーメルが目を細めた。


 なるほど、カルディナ橋は見渡す限り紫陽花で埋め尽くされていた。

 時期を外した紫陽花はほんの少し変色していたが、十分美しかった。

 こんな状況でなければ、どんなにか風情ふぜいがあったろう。


「さて、そろそろアネガサキ・ミネルヴァ女史が到着するころだ。ラゥリン君。君はどうする?」


 ヘイムダルの勧誘で何人かの生徒はダァトシティに渡る決心をしていた。

 勧誘に乗った生徒はコンテナでダァトシティまで運ぶ算段だった。乗らなかった生徒はここで解放される。


「僕は、シリウス先生を裏切りたくはない」


 散々悩んで出した結論だった。

 ヘイムダルはため息をつくと、「仕方ないな」と大袈裟にがっかりして見せた。


 隣のギーメルは明らかに憤然ふんぜんとする。


「呆れた。あなたがそうやってセンチュリア軍に忠誠を誓っても、センチュリアはあなたを大事になんかしないわよ」


 ギーメルはラゥリンを指さしながら憤懣ふんまんを撒き散らすように声を荒げた。


「どういうことだ?」


 何も知らないラゥリンにギーメルの怒りは更につのった。

 彼女はラゥリンを睨み付けると、決闘のように対峙した。  


「いいわ。言ってあげる。あなたコジュウロウに言ったわよね。なんでカルディナ橋爆破事件を起こしたのかって」


 ギーメルの剣幕にラゥリンは声が出ず、なんとか二、三度頷いた。


「コジュウロウはね。事件の犯人なんかじゃないわ。本当の犯人はセンチュリアそのものよ」


 それがカルディナ橋爆破事件の真相であった。

 両軍の軍事パレードを利用し、自軍であるセンチュリア軍に被害を与える。

 責任をアルテア王国軍とコジュウロウに背負わせる。


 そして大義名分と世論の後押しを得たセンチュリア軍は「正義は我にあり」とアルテア王国に進攻したということだ。


 それは戦争を仕掛ける常套手段として、古来から用いられてきた方法だった。


「そんなこと……」


 信用できない。

 そう言おうとしたラゥリンだったが、言えなかった。


 彼は見てしまったからだ。

 ドレスビースト基底核部バーゼルブロックの中身を。

 人道にもとる生体部品を。


 それは彼にとって世界の欺瞞そのものだった。


「コジュウロウは今でも悩んでいるわ。自分が生きていていいのか」


 そんなの生きていていいに決まっている。


 コジュウロウはむしろ被害者ではないか。

 だが、その言葉が届くには、コジュウロウは人を殺しすぎていた。


 コジュウロウの心には生き残ってしまった罪悪感サバイバーズギルトくすぶっていて、チリチリとした痛みが、その胸をあぶっていた。

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