第十章 浜辺の時は、最良の時③

「ねぇ。君、可愛いね」


 エスティが色黒の二人に声をかけられたのは海の家だった。

 エスティは水着にカーディガンを羽織り、片手にはかき氷を持っていた。


 突然、声をかけられ、左右を見渡す。

 誰もいないことを確認すると「わたしのこと?」と聞き返した。

 二人組は笑顔で頷く。


「キレイな赤毛だね。君、マル校生?」

「俺たち、ネッ東生」


 二人はエスティを取り囲む。


(これが……ナンパか!)


 田舎育ちのエスティは、ナンパなんてあったことがない。

 実際にあうと……けっこう怖い。


「マル校ってレベル高いんでしょ?お姉さん星いくつ?」


 マルクトシティは最大のテロ組織『アルテア同盟』にもっとも近いシティである。そのため、出撃回数も多く、マル校生の星の数は全体に多い、のだが……。


「あの、えっと……星は三つだけど」


 エスティの成績は最下位の成績だった。

 落第を免れたギリギリの撃墜数であったが、かと言って嘘もつけず、恥ずかしそうに答えるしかなかった。


 エスティの成績に二人は自信を持ったのか、更に距離を縮める。


「そうなの?意外だね。俺、星十二個」

「俺は十五個。凄いでしょ?」


 軽いノリの二人だったが、意外にもエースだった。撃破数二桁は確かに凄い。


 っていうか気安いぞ!


「ごめんなさい。もう行かなきゃ」


 やんわりと断ると、ぎこちない笑顔でその場を離れようとする。


「焼きそばおごるよ」

「いっしょに食べようよ」


 今度はかなり強引に肩を抱いてきた。これは完全にセクハラだ。


「ちょっと、いい加減に……」


 エスティが手を払おうとした瞬間だった。


「俺は星二十七個だ」


 突然、どすのきいた低い声が降ってきた。


 見上げるとニールである。

 長身のニールがガラの悪い三白眼で見下ろすと、先程まで威勢の良かった二人組は途端に身を縮めた。


「焼きそば、奢ってくれんのか?あぁ!」

「いや、その……すんません!」


 凄むニールに二人は逃げ出した。

 逃げ去る後姿にニールはふんと鼻を鳴らす。


「あの、ニール……」

「何やってんだ馬鹿。あんなやつらに『赤き閃光のエスティ』様がよ」


 ニールは不機嫌そうに頭を掻きむしり、ぼやいた。


 『赤き閃光のエスティ』……。

 その名で呼ばれるのをエスティは嫌っていた。それを知っていてニールはそう呼んでくる。


「べ、別にあんたに助けてもらわなくたって……!」


 ニールの悪態にエスティは反射的に言い返してしまった。ニールは顔をしかめると面倒くさげに手を振る。


「分かったよ!邪魔して悪かったな」


 そして、逃げるようにその場を離れる。

 エスティは眉を寄せたままニールの背中を睨みつけた。ニールとはどうしてもギスギスしてしまう。


 でも、助けてくれたんだよね。


「ニール!」


 海岸へと歩くニールの背中にエスティは声をかけた。ニールは「なんだよ」と不機嫌丸出しで振り向く。


「その……ありがとう!」


 エスティはそれだけ言うと、ニールの横をすり抜け、海岸へと走り去った。


「ったく。おせぇよ」


 ニールは海岸に背を向けたまま、悪態をついた。



  ◇  ◆  ◇



 ニールが海岸に着くとダン、カイル、ジノがバーベキューの用意をしていた。


 リュウセイは一人、ビーチを写生している。美術科のリュウセイはすごぶる絵が上手い。水彩絵具で見事な風景画を描いていた。


 いっぽう、バーベキューのほうでは、カイルが火をおこし、ダンが料理を作っているのだが、こちらも異常に手際が良い。


 ダン曰く、料理は唯一の趣味だった。

 魚介のフォンから、フィデウアというショートパスタのパエリアを作る。ピンチョスとスパニッシュオムレツのおまけ付だ。しかし、このスキレットは一体どこから持ってきたのか。


「もうすぐできる」


 ダンが声をかけてくる。

 ニールは大きなスイカと全員分のジュースを置くとダンのフィデウアをつまみ食いした。


「なかなかうまいじゃねぇか」


 ダンは無表情だったが、まんざらでもないようでニールの分のフィデウアをよそって、きれいにレモンを添えた。


「女どもはどうした?」


 ニールの言葉に、ダンは指で応える。


「遊んでいるよ」


 ダンの指の向く先でエスティ達はビーチボールバレーをしていた。


「まったく元気だね」


 カイルがニールの隣に並ぶ。


「ったく……平和な奴らだぜ」

「いいじゃないか。特にエスティはふさぎ込んでたからね」


 ニールは舌打ちをすると、元気な赤毛の少女を目で追った。


 マリアやパティとビーチボールを追いかける姿は普通の女子高生だ。


 春から転入して来て四ヶ月。

 その僅かな期間に黒騎士を倒し、模擬戦では自分も敗れた。600番台シックスナンバーズの『グリンブルスティ』に『ドゥン』そしてハチサカ・コジュウロウの乗った『ヤツフサ』を倒している。


(あいつはいったい、なんなんだ?)


 ニールの疑問をよそにエスティは元気に飛び跳ねていた。


 すると、ニールがあることに気づいた。


「エスティの奴……意外とでかいな」


 ポツリとこぼした。

 男子全員が思わず視線を向ける。

 活発なエスティが子どものようにはしゃぐたびに、大きな果実が二つ、上下した。


「リンゴ……か」


 ニールの言葉にカイルがにやりと応える。


「それをいうならマリアはメロンだぞ」


 男子たちはその悲しいさがから、今度はマリアに視線が移る。更に重厚な質量体が今にも水着から零れそうである。


 ダンの視線に気づいたマリアがこちらに向かって手を振った。


「ダン様~!」


 いつもは冷たいダンだったが、この時ばかりはつい手を振り返してしまった。


 それを見ていたエスティが露骨に不機嫌になる。

 エスティはダンと目が合うとあかんべえをした。

 辛辣なエスティにダンは鼻白む。


「ったく。なんなんだ……」


 そんなダンの肩をカイルがぽんぽんと叩く。


「リンゴにメロン……栄養満点だなぁ。ダン君?」


 カイルは笑顔を向けるが、その目は笑っていない。


「なんのことだ?」


 珍しくおののくダンの反対の肩を、今度はリュウセイがぽんぽんと叩く。


 振り向くと笑顔のままのリュウセイが親指を立ててサムズアップ……を下げた。


「ダン!てめぇはここで死ね!」


 ニールがダンに覆いかぶさると男子全員でそれに続いた。


「おい!ちょっと!」


 多勢に無勢でダンは身動きが取れない。

 女子たちは馬鹿な男子を面白そうに見ているだけだ。


 エスティはダンと目があったが、「知らない」と、思いっ切りそっぽを向いた。


「そんな……おい!」


「いい加減にしなさい!」


 突然の一喝に男子たちの動きが止まる。

 声の主はカチュアだった。


「女子生徒をそんな目で見ない!破廉恥はれんちよ!」


 に全員が黙って、なぜか正座になる。


「カイルまでそんなことを言って……まあ、女子のほとんどが学校指定の水着を着てこなかったのも悪いんだけど」


 ほとんど、というより学校指定の水着を着ているのはカチュア一人だけだった。


「ビキニなんて……ほんと、破廉恥はれんちだわ」


 そう言い残し、カチュアは去っていった。

 若い肢体にスクール水着が逆になまめかしい。


 カチュアが立ち去ったあとも、男子たちは正座したまま、誰も立ち上がろうとはしなかった。


 否、立ち上がることができなかった。


「スイカ……だったね」


 ポツリと誰かが呟いた。

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