第十五章 獣の理《ことわり》
第十五章 獣の理《ことわり》①
この世界は死に満ちている。
誰だって命を奪って生きている。
弱肉強食は
生きるためには何かを殺さなければならない。
それなのに、他人の命のなにが大切だというのか?
「あなたの名前は?」
ベスはそう笑うと僕の手を取ろうとした。
この赤毛の少女は保護、監視対象だ。
馴れ合いはしない。
僕はベスの手を払った。
突然の拒絶に戸惑ったようだが、気丈にも笑顔を作り尋ねてきた。
「あの男の子はどうしたの?」
D-2のことだった。
D-2は死んだ。
僕が殺した。
その言葉に少女は固まった。
驚きに開かれた深紅の瞳が、徐々に
溜まった涙が溢れ出し、頬を伝った時、ベスの口が動いた。
「……人殺し」
戦場では当たり前のことだ。
殺さなければ、自分が死ぬんだ。
「人の命を何とも思わないの?」
そうだ。
人の命なんて何とも思わない。
大事なのは自分の命だけだ。
「哀しくはないの?」
哀しくなんてない。
「苦しくはないの?」
苦しくなんてない。
「じゃあ、なんで?」
え……?
「なんで、あなたは泣いているの?」
◇ ◆ ◇
ダンの目から涙が流れる。
敵の閃光弾が炸裂した。
素早く瞳を反らすも、激しい閃光は瞼を貫いて眼球を刺激する。視界を奪われたダンは後方の味方機と入れ替わり、後衛のパティと並ぶ所まで後退した。
「ダン君、泣いているんですか?」
パティが驚く。ダンの涙なんて初めて見た。
久々の涙と硝煙の匂いが記憶を呼び起こしたのか、ダンの胸がチクりと痛んだ。
「ああ、視界が奪われた。回復するまで後方支援に徹する」
その言葉は無機質で抑揚に乏しい。特に戦闘中はその傾向がより一層強くなる。まるで機械と話しているようだ。
戦況は拮抗していた。
ミネルヴァとヘイムダルを中心に、両軍が激しくぶつかり合っていた。
「エスティさん。どうしているでしょう?」
今頃、自室で落ち込んでいるに違いない。パティの心配に対し、ダンは冷静だった。
「いま気にしてもしょうがない。」
ハンドガンを構えながら前線の様子を伺う。
ダンのいうことはもっともだ。いま気にしたところでエスティが元気になるわけではない。しかし、人の心というのはそんな単純ではない。
パティは不満げにうつむいた。
不満そうなパティを見てダンは、また自分が間違えたのだと感じていた。
何を間違えたのか分からない。自分は正しいことを言ったまでだ。
だが、正しい答えをパティが求めていたわけではない。
同意し、共感し、心を同じくして欲しかっただけなのだ。
ダンにはそれが分からない。ただ間違えてしまったことだけは分かった。
「視界が回復した。前線に戻る」
『シュバルツカッツェ』を極端に低い四足形態に変化させると、ダンはその気配を消した。
「了解、援護します」
パティは笑顔を作り直すとスナイパーライフルを構えなおした。
気配を消したダンを見つけられるものなど、そうはいない。
振動ナイフを引き抜き、敵『ティーゲル』の胸元に突き立てた。
断末魔と共に沈黙する敵機。
痛覚刺激は伝わるが遠隔操作の敵は死ぬことはない。
しかし、たとえそこに人間が乗っていても、ダンは躊躇なく戦うだろう。
(哀しくなんてない。これが戦争なんだ)
戦わなければ何も守れない。
大事な人も。
自分自身も。
ダンの胸が再びちくりと痛むが、その痛みを抑え、ナイフを振るった。
二機目の『ティーゲル』を撃破した時、全軍に基地からの入電が入った。
「緊急事態!基地本部が強襲を受けています!」
「どういうことだ!」
突然の入電にギラードが野太い声で応える。
「き、基地内に
基地内に入られた。
兵士たちに緊張が走る。
無理もない。最前線のドレスを遠隔操作で動かしているが、本当はみんな基地内のコックピットルームにいるのだ。
コックピットルームが占拠されたら一巻の終わりだ。降伏するか、さもなくば殺されるしかない。
「何故だ!?どこから!?」
どんなに愚痴を言ったところで現に強襲を受けている。
「ギラード!後退だ!」
ミネルヴァの言葉にギラードはかぶりを振った。
「ヘイムダルが目の前にいるんだぞ!?」
「落ち着けギラード!人命が最優先だ!」
ミネルヴァは叫びながらも、目の前の『スレイプニル』と斬り結ぶ。
「ギラード!」
「ええい…!全軍、戦線を守ったまま後退!第三陣はすぐに引き返せ!基地内の『パイフー』を撃破しろ!」
幸い第三陣の第一特騎は遅れている。今からならすぐに基地へと戻れるはずだ。
第一特騎が間に合ってくれれば、この戦いは勝てる。
だが、間に合わなけば『ユニコーン』を含む五十機以上のドレスを自爆させて、全員で避難しなくてはならない。
「美しいドレスだな。ミネルヴァ女史」
切り結ぶ『スレイプニル』からの声だった。
「もっとも美しいドレス『ユニコーン』。これだけは自爆させないでおくれよ?」
愉快そうに笑うヘイムダルをミネルヴァはモニター越しに睨みつけた。
◆ ◇ ◆
『パイフー』のハッチが開き、レイリアがゆっくりとコックピットに乗り込んでいく。
エスティはそれをただ見ていることしかできなかった。
「悪いなエスティ。先を急ぐんだ」
「どうしても行くの?」
「言ったろ?これは戦争なんだ」
そうだ。
それが戦争だ。
殺し合い、奪い合うのが戦争だ。
荒野の
人間を獣に堕とす。
それが戦争だ。
「エスティ。ここはもう
そして、二人は敵同士なのだ。
ここが
目の前の敵に対して、戦うのか。
それとも逃げるのか。
立ちすくみ震えるエスティを無視し、レイリアは進もうとした。が、止まった。
「動くなパイフーリー」
男の声だった。
父親譲りのいけ好かない冷淡な声だ。
その声の主は第一特騎隊長、イマムラ・チヒロのものであった。
「そうか……ずいぶんと時間を食っちまったんだな」
レイリアは肩を落とすと周りを見渡した。
600番台『オルトロス』をはじめ、第一特騎のドレスビースト二十六騎がぐるりとレイリアを囲んでいた。
◇ ◆ ◇
白い虎のドレスビーストを第一特騎二十六機で包囲している。
広い中庭だったが、全機は入りきらずに半分以上のドレスが寄宿舎の外からアサルトライフルで狙いをつけていた。
そのドレス部隊の中央に青色の『
600番台『オルトロス』である。
「まさかお前がパイフーリーだったとはな」
『オルトロス』の中から、低く冷たい声でチヒロがなじってくる。
「さあな。そう呼んでいるやつもいるがな、俺は知らねぇんだ」
レイリアは鼻で笑うとそう答えた。
いけ好かない男だが、エスティを手にかけなくて済んだことには感謝していた。
戦場には似つかわしくないほど
「投降しろ。これだけの人数相手に喧嘩するほど愚かでは有るまい」
「愚かか……愚かに見えるんだろうな。お前さんには」
この後に及んで落ち着き払ったレイリアにチヒロは舌打ちをする。
死に損ないのテロリスト風情が生意気にも程がある。
「テロが愚かでなくてなんだというのだ?力で全てを変えようなど獣の理屈だろう?」
チヒロの言葉にレイリアは眉をよせた。
「獣?俺が獣だってのか?」
レイリアの声が低くなる。
気分を害したレイリアを見てチヒロはむしろ満足げに笑った。
「センチュリア統治のもとで世界から戦争が無くなった。戦争の無い世界!センチュリア共和国こそ人類の夢を叶えた理想郷だ!世界の平和に
「その理想郷からハジかれた貧乏人は獣の世界で生きるしかねえんだよ!」
瞬間、『パイフー』が青龍刀を振るう。
ドンと鉄の砕ける音とともに、近くにいた三機の『ヘングスト』が倒された。
「貴様!」
突然の反撃にチヒロは激昂する。確率変動するやいなや振動剣を振り上げた。
しかし、その剣を振り下ろすよりも早く『パイフー』は『オルトロス』の懐に入った。
突然、目の前に青龍刀を突きつけられ、チヒロは驚きに声も上げられない。
そのまま『オルトロス』の顎に掌底を入れた。
衝撃で脳を揺らされチヒロの意識が飛ぶ。ぐらりと二度揺れたあと、『オルトロス』は倒れた。
「『オルトロス』。てめぇには過ぎたおもちゃだったな」
突然の反撃に第一特騎の生徒達は混乱した。
一機対二十六機。
圧倒的に有利と思っていたのに、後は狩るだけだったのに、突然獲物がハンターになった。
思わぬ反撃に慄きながらも、数機のドレスが反撃に出ようとドレスが立ち上がる。
「貴様、この人数相手に……」
言い終わる前に『パイフー』に蹴り倒された。
「追い詰められた虎はよ、一番恐いって、教えてやるぜ!」
レイリアが吼えた。
相手は
『グリンブルスティ』は第四特騎全員でようやく倒せた。
『ヤツフサ』は三十機のドレス相手に圧勝した。
しかも、同じく
レイリアは強い。
その場にいる全員が瞬時に理解した。
全力で戦わなければ負ける。
自分たちが相手にしているのはあのパイフーリーなのだ。
荒野に生きる餓えと貧困の子!
天に輝く白き炎の使者!
荒野の英雄!
「俺が!パイフーリーだ!」
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