第九章 赤い泪②

 ミネルヴァとコジュウロウが戦っている。

 エスティにとって、それは別次元の戦いだった。


 二人の動きは次第に激しくなりながらも、美しく洗練されて行き、それはまるで舞を舞うかのように優美であった。

 至近距離の激しい斬り合いにエスティは息も忘れて魅入みいっていた。


「よそ見をしないで!私達の相手はあいつよ」

「ご、ごめん」


 カチュアの叱責に我に返ると目の前のドレスビーストに集中した。

 紅色のドレスビースト『ドゥン』は、四足形態をとり、両肩の機銃と背中のカノン砲をこちらに向けていた。

 

「私の相手を?お前たちが?笑わせてくれる」


 ドレスビーストのパイロットが通信に割り込んだ。モニターに赤い髪の少女が現れる。

 赤毛の少女は不敵な笑みをうかべていた。


(私と同じ赤毛だ)


 エスティは目を丸くして驚くが、少女はこちらのことなど眼中になかったようでカイルの『ヘングスト』を警戒していた。


「お前が隊長だな。」


 敵パイロットは四足形態のままでゆっくりと距離をおく。中距離での射撃戦に持ち込むつもりだ。


「第四特別騎兵隊カワカミ・カイル騎曹長だ。人質を解放し投降しろ。さもなくば……」


 カイルが言い終わる前に『ドゥン』が両肩の機銃を撃ち鳴らした。


「エリート学徒め!こちらは戦争ごっこをするつもりはないぞ!」


 六人は慌てて回避する。左右二門の機関砲から銃弾が掃射されると、砂煙とともに紫陽花が弾けて舞った。


「総員、確率変動!敵はシュータータイプだ!俺とカチュアで応戦する。パティはサポート。残りはスキを見て近距離戦に持ち込め!」


 カイルとカチュアがアサルトライフルで応戦する。

 パティはさらに距離を置きながらスナイパーライフルを構える。

 エスティとリュウセイはハンドガンで応戦しながら、近づくチャンスをうかがっていた。


 敵ドレスビースト『ドゥン』は四足形態のまま素早く射撃シュート早駆けランを繰り返す。

 

 カイルの『ヘングスト』も同じく射撃と早駆けシュート&ランで応戦した。


「凄い……」


 激しい撃ち合いにエスティの口から感嘆の声が漏れ出た。

 カイルは『ドゥン』相手にも全くひけを取らない。互いに直撃は受けていたが、確率変動で耐えている。

 エスティはハンドガンで援護するが、シューターとアタッカーでは中距離戦での戦闘力が違いすぎた。


「うあ!」


 カイルが苦痛の声をあげる。


「カイル!」


 エスティもたまらず声をあげる。


 見れば、カイルの『ヘングスト』にかすり傷チップしょうができていた。


「騒がないで、カイルは大丈夫よ」


 カチュアが代わって前に出る。

 中距離戦ならこの二人はクラス最強だ。

 カイルは冷静だった。


「確率共振されるまで2秒強だ!」


 カイルはわざとかすり傷を作らせ、確率を共振される時間を確認していたのだ。

 2秒くらいなら攻撃に耐えられる、ということだ。

 カイルで2秒なら、エスティやパティなら1秒が限界だろう。


「さすが、600番台シックスナンバーズだな」


 カイルが独りつ。

 彼が戦闘中に不明瞭な発言をするのは珍しいことだった。

 それほどに『ドゥン』は強敵だった。


「お前こそ、この私の確立共振に2秒も耐えるとは、驚いたぞ」


 敵パイロットはカイルを称賛する。


「しかし、お前たちが私を共振させるのに何秒かかると思う?」


「10秒はいるだろうな」


「さすが『疾風はやてのカイル』。的確じゃないか」


 第五世代の『ヘングスト』と第六世代の『ドゥン』では次元確立変動率が違いすぎた。確率共振される10秒間待ってくれる敵なんているわけがない。

 つまり、敵を傷つけることは不可能だった。


「お前達には私は倒せない」


 得意げな赤毛の少女に、カイルは余裕の笑みを浮かべた。


「試して見るかい?」


 突然、笑顔になったカイルに敵パイロットは少し驚いた顔になる。だがすぐ真顔にもどると機銃掃射を再開した。


「やってみろ!」

「総員!突撃!」


 カイル以下六機のドレスが四足形態で突貫した。

 その距離、『ドゥン』まで6秒間。


「やらせるか!」


 『ドゥン』が機銃掃射する。

 先頭のカイルがそれを受けた。


 1秒、2秒……確立変動で耐える。


「3秒!タイムリミットだ!」


「ぐああああ!!」


 カイルの口から堪え切れなかった苦痛の叫びが吐き出された。

 銃撃の痛みはドレスから搭乗者にフィードバックされる。

 しかし、その苦痛に耐え、銃弾の全てをその身に飲み込んだ。


 4秒……『ドゥン』の射撃を今度はカチュアが受ける。


「総員!確率共振!」


 カイルが叫ぶ。

 次の瞬間、カイルの『ヘングスト』が爆発炎上した。


「一機目!」


 敵パイロットが歓喜し、叫んだ。


 5秒……その炎を突っ切り、カチュア、リュウセイ、エスティが続く。


「カイル!」

「泣き言言わない!確率共振!」


 カイルの名を呼ぶエスティを叱咤し、カチュアが確率共振させる。エスティとリュウセイも前進しながら、確立共振させていった。


 6秒……エスティたちは『ドゥン』までたどりついた。


 しかし、今度はカチュアが確率共振された。


「きゃあああああ!」


 『ドゥン』の機関砲にカチュアの『シュトゥールテ』がハチの巣になる。

 カチュアはその場でばたりと倒れた。


「二機目!」


 『ドゥン』は二足形態をとると振動槍を構えた。


 エスティは振動刀を振りかざす。


(間に合うか?)


 7秒……エスティは踏み込んだ。


「でやあああ!」


 振動刀を振り降ろした。だが、確立共振できない。斬撃が弾かれる。

 リュウセイも同じく共振できず攻撃は当たらない。


 8秒……エスティとリュウセイが振動槍に吹き飛ばされた。


「三機目、四機目!」


 9秒……足元に黒いドレスビーストが突如現れた。

 ダンの『シュバルツカッツェ』だ。


「クリーパーか!」

「そうだよ。暗殺屋だ」


 『シュバルツカッツェ』が『ドゥン』の懐に潜り込んだ。

 そして振動ナイフを振りかざす。


「10秒!確立共振!」


 『シュバルツカッツェ』が『ドゥン』に確率共振させた。

 仲間を犠牲にしてここまで来た一刀。

 絶対に外せない。


「死なない仲間を犠牲にして?それが戦争ごっこだっていうんだよ!」


 赤毛のパイロットの瞳が怒りの燃える。

 その瞳にダンの動きが僅かに鈍った。


「お前は……!」


 ダンの呟きを聞くこともなく、赤毛の少女は『シュバルツカッツェ』を叩き潰した。そして這いつくばったその頭を振動槍で串刺しにする。


「五機目。残念だったな」


 『ドゥン』のパイロットは余裕の笑みを浮かべる。


「まだだ!」


 カイルだった。

 燃えたままの『ヘングスト』が立ち上がる。


「全機!確率共振!」

「なんだと!?」


 行動不能になっていても確率共振はできる。カイル以下六機が『ドゥン』に確率共振をかけた。


「この私が、共振されている?」


 多重確率共振。


 複数のドレスで同時に確率共振をかける。

 変動率の高い600番台シックスナンバーズでもこれなら共振できる。

 アオバの『グリンブルスティ』の時に使った作戦だった。


 そして、とどめは……。


「当たってくださいぃぃぃい!」


 パティの『シュトゥールテ』がスナイパーライフルを構えていた。撃鉄が落ち銃弾が吐き出される。


「パティ!」


 エスティが顔を挙げた。

 笑顔で顔が綻ぶ。

 カイルが、カチュアが、リュウセイが、エスティが、ダンが繋いだ確率共振だ。


 勝った。


 これでミネルヴァの援護に行ける。

 コジュウロウを倒せる。

 そして、ラゥリンを助けられる。


 そう思った瞬間だった。

 四足形態に戻った『ドゥン』が背中のカノン砲を構えた。


 今更、間に合わない。

 こっちは確率共振しているのだ。


 相手がこちらを共振させるのに1秒はかかる。それより先にパティの銃弾が敵を倒す。


 だが、敵はそのまま引き金を引いた。

 確率共振されなければ、パティに攻撃は当たらない。


 はずだった……。


「きゃあああ!」


 叫び声とともに、パティの『シュトゥールテ』が吹き飛んだ。


「なん……で……?」


 勝利を確信していたエスティは放心状態で呟いた。


超次元砲イデアブレイカー……」

 

 カチュアが震える声で呟いた。


 超次元砲イデアブレイカー……。

 確率変動現象を無効化させる長距離熱線砲だ。

 撃つまでに時間はかかるが撃ってしまえば破壊できないものはない。


 パティの機体はもう跡形も無い。


「そんな……全滅……だなんて」


 最悪の結果だった。


「六機目……」


 赤毛の少女は満足げに笑みを浮かべた。


 エスティは項垂れる。

 動かなくなった『ディケッツェン』に激しくなった雨が打ち据えられた。


「そして……」


 その言葉にエスティは再び顔を挙げる。


 エスティたちを全滅させた『ドゥン』は、ゆっくりと砲身を回すと『ユニコーン』に向けた。


「やめて!」


 エスティの叫びに敵の少女はこちらを一瞥することもなく、『ユニコーン』を狙うとそっと呟いた。


「七機目だ……」

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