第九章 赤い泪③

「七機目……」


 ギーメルはそう呟くとトリガーに指をかけた。甲高い機械音とともに超次元砲イデアブレイカーにエネルギーがチャージされていく。


 発射までに時間がかかることと、射程が中距離に限られることが弱点だが、発射してしまえばいかなる確率変動も意味をなさない無敵の兵器だった。


 狙いはもちろん、600番台シックスナンバーズ『ユニコーン』である。こいつを倒せば敵は全滅だった。


「ギーメル!やめろ!」


 後ろからラゥリンが口を開いた。

 彼の口元には血がにじんでいた。

 あまりにうるさいので縛り上げていたのだが、自力で縄をほどいたようだ。


「ちょうどいい。お前の仲間が全滅する様を見ているがいい」


 ラゥリンのことなど気にも止めずギーメルは『ユニコーン』と『ヤツフサ』の戦いを注視していた。


 正確に撃たなくては『ヤツフサ』を巻き込んでしまう。ギーメルはそれでも構わなかったが、ヘイムダルの為にコジュウロウを殺すわけにはいかなかった。


 『ヤツフサ』の居合い斬りと『ユニコーン』の一刀がぶつかり合う。凄まじい戦いだった。騎士同士の誇り高き戦いだった。


 しかし、そんなことはどうでもいい。ギーメルにとって大事なのは敵を倒すこと。ヘイムダルの期待に応えることだ。


「ギーメル!」


 ラゥリンが怒鳴る。


 その制止も聞かず、ギーメルはトリガーを引き絞った。


 かちりと、冗談のような軽い音が鳴ると、超次元砲イデアブレイカーが発射された。


 青白い熱線が雨の天幕を引き裂いて『ユニコーン』の右肩を溶解させる。少しでもズレていたらコジュウロウごと粒子に蒸発させてしまうだろう。


「ぐ!なんだ?いきなり共振された?」


 予期せぬ攻撃にミネルヴァは片腕を失った。その瞬間を見逃すコジュウロウではなかった。


「すまぬ!」


 振動刀を横凪に振るうと『ユニコーン』の首が飛んだ。


超次元砲イデアブレイカーか?無念!」


 首を失った『ユニコーン』は膝から崩れ落ちると、そのままグシャリと倒れ込んだ。


 ギーメルの完全勝利だった。


 コジュウロウは肩で息をしながら、倒れた『ユニコーン』を見る。自分に死を与えてくれるはずだった誇り高き戦士の残骸が、そこにあった。


「とどめを刺せ。コジュウロウ」


 事務的なギーメルにコジュウロウは向き合った。 


「ギーメル。騎士同士の戦いに手を出すな」


 コジュウロウは静かに口にしたが、その裏には抑えきれぬ怒りが見て取れた。


 しかし、ギーメルもコジュウロウを睨みつけさらなる怒りで応える。


「殺し合いに正義も仁義もあるものか!お前のような甘ちゃんが一番腹が立つ」


 ギーメルが苛立ちを吐き出した。


「ここは戦場だ。人間の理屈や理想なんて最初から通用しない獣の世界ビーストランドなんだよ!」


 それが戦争なのだ。


 どんな美辞麗句を並べ立てても、殺して奪うのが戦争の全てだ。

 奪われたくなければ、奪うしかない。


「どけ!お前がやらないなら私がやる!」


 とどめの一撃を入れようとトリガーに手を伸ばす。


 その時だった。

 拘束を解いたラゥリンがギーメルの手をとめた。


「貴様!はなせ!」


 ラゥリンの手は、拘束を解くために傷だらけになっている。あれだけのきつく縛り上げたのに、よくほどけたものだ。


「ダメだよギーメル。そんなに人を憎んじゃ」


 それはまるで、悪戯いたずらをした小さな妹をたしなめるような、ラゥリンの言葉はこんな戦場には不釣り合いなほど優しかった。


「貴様!何を言っている!」


 殺し合いの最中に一体何の話をしているのだ。

 ギーメルは少年の意図が読めず狼狽ろうばいした。


「人を憎んでも、世界を憎んでも、君自身が幸せにはなれないよ」


 ラゥリンの真意は言葉通りの真っ直ぐな真心でしかない。


 その真っ直ぐさにギーメルは益々苛立いらだちをつのらせた。


「お前に何が分かる!綺麗な服を着て、学校に通っているお前に何が分かる!」


 ギーメルが声を荒げる。

 激しく感情を吐露とろするギーメルを、ラゥリンは静かに見つめた。


「テロリストとして世界と戦うか、そうでなければ身体を売るしかなかった私の気持ちが、お前なんかに分かるものか!」


 ギーメルの目に憎悪の炎が燃え盛る。

 世界を、すべてを憎む憎悪の炎だ。


「分かるよ。俺だってシリウス先生がいなけりゃ、物乞いかコソ泥になるしかなかったんだ。俺だって全てを憎んで生きてきたんだ!だけど、それじゃあいけないって……」


「うるさい!うるさい!私は世界に復讐するんだ!こんな世界いらないんだ!」


 ギーメルはラゥリンを突き飛ばすと、ドレスの外に叩きだした。


 ラゥリンはドレスの外に転げ出ると、雨と泥にまみれ、這いつくばった。


 『ドゥン』のカノン砲がラゥリンに照準を合わせる。


「ラウリン!逃げなさい!」


 エスティが叫ぶ。

 しかし、ラゥリンは逃げない。


 泥だらけのまま立ち上がると、両手を広げて『ドゥン』に、ギーメルに向き合った。


「貴様!なんのつもりだ!」


 ギーメルの混乱にラゥリンはすうっと深く息を吸うと、腹のそこから声を張り上げた。


「ギーメル!大事な人だっているだろ?その人が住む世界をいらないのか?」


 ラゥリンの言葉がギーメルに迫る。


「大事な人なんていない!私にそんな人いない!みんなみんな、私を利用したいだけだ!」


 ギーメルは頭を振り乱し、かたくなにラゥリンを拒んだ。


「自分がいるだろ!」


 その言葉にギーメルは黙った。


「自分がいるじゃないか。たった一人のかけがえのない自分自身が……」


 大事な人なんていなくても、たった一人、自分自身だけは、自分にとってかけがえのない存在なのだ。


 雨に濡れるラゥリンの瞳は優しかった。


 たった一人のかけがえのない自分。

 ギーメルにとってそれは考えたこともないことだった。


 戦場では常に代わりの兵士がいる。

 自分の代わりなんていくらでもいる。


 そう思っていたのに。


 ギーメルの手が止まる。


 赤い瞳から一筋ひとすじの涙が流れた。


 その時。


「ラゥリン……」


 エスティがポツリと呟く。


 声に反応し、ギーメルの視線がエスティに移る。


 ギーメルの赤い瞳が、エスティの赤い瞳を捉えた。

 ルビーのような、鮮血のような赤い瞳。


「エス……ティー……?」


 ギーメルの口からエスティの名がこぼれ落ちた。


 誰も気が付かないほどの、口にしたギーメル本人も気が付かないほどの、小さな小さな呟きだった。


「ギーメル!やめるんだ!たった一人かけがえのない自分の為に!」


 ラゥリンが必死で呼びかけてくる。


「……いらない」


 ギーメルが呟く。

 しかし、その迫力にラゥリンは口をつぐんだ。

 ギーメルの様子がおかしい。


「いらない!いらない!こんな私!いらない!」


 ギーメルは叫ぶとラゥリンに向けて引き金をかけた。


 赤い涙が頬を伝う。


「お前も……いらない……」

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