第七章 嘘と平和

第七章 嘘と平和①

 「大人は汚い」


 子供のころはそんなことを口にしたものだ。

 俺だってガキの頃はそうだった。


 「大人は汚い。社会なんざ豚に喰われろ」


 大人はそんなことは言わない。


 社会の汚さにまみれ、

 そんなことを言う権利は失われる。


 誰だって大人になれば分かることだ。


 大人は汚い……本当に。


 そして俺自身も、汚い大人だ。


 「大人は汚い」


 そう口にする奴はガキだ。


 でも、そう思わない奴は、

 もっとガキだ。



 ◇  ◆  ◇



 オオガミ・シリウス教諭は校長室の張り詰めた空気に居心地の悪さを感じていた。

 隣には同僚の教師が二人。

 目の前では六人の生徒と、一人の女性が机を挟んで対峙していた。


 スーツをぴしりと着こなし、自分の子供ほどの生徒たちを見渡す女性、ミクニ・イザベラ校長は深いため息をついた。


「ギラード先生。彼らが命令違反をした生徒たちですね」


 ギラードは厳しい目をエスティ達六人に向けながら「はい、そうです」と答えた。


「カイル君たちは随分と成績が良いようですが……なぜこんなことをしたのですか?」


 校長がそう言った瞬間、六人は思い想いに口を開いた。


「だって、私は、やめろって、だけど僕は、勝手ながらそれでも、人の命が、シックスナンバーズを、そんなの、処分なんて、勝手に、つい、死んでしまったら、動いちゃった、です!」


 その騒音に校長は顔をしかめ、机を強く叩いた。

 バンとした音の後、六人は口を閉ざした。

 六人の顔は依然、不満そうである。校長は再びため息を吐く。


「代表して一人が話なさい」


 その言葉に六人は目配せをした。カイルがその代表に立つ。


「畏れながら申し上げます。私は第四特騎を現場で預かる立場として、アオバ……幼い少女を殺害してしまっては、国内世論に響くのではないかと愚考いたしました。」


「なるほど……」


「重ねて申し上げます。敵ドレスビーストが貴重な600番台シックスナンバーズであったことも理由の一つであります。600番台シックスナンバーズを無傷で手に入れることは我が軍にとって非常に有益なことであると愚考いたしました。」


 理路整然とよどみなく話すカイルを見据え、イザベラ校長は静かに頷くと、ギラードを呼び二つ三つ言葉を交わした。どうやら600番台シックスナンバーズがどのようなものかを聞いているようだ。


 マルクト高校の校長はセンチュリア軍の佐官であったが、事務方、所謂いわゆる、背広組である為、機動兵器のことなどの知識については少々疎かったのだ。


「なるほど」


 ギラードの言葉を聞き、何度か頷いくと一言、ポツリと漏らした。

 その言葉とは裏腹に納得した様子はまるでない。


「あなた……カイル君でしたっけ?カイル君は、チェスは得意かしら?」

「は、ルールくらいなら分かりますが……」


 突然の質問にカイルは当惑した。


「チェスの駒が勝手に動いたら困るでしょう?」


 笑顔のままだったが、言葉は辛辣そのものだ。

 戦場に於いて兵士はチェスの駒に過ぎないのだと。

 生殺与奪の権利すらも上官に委ねた感情の無い駒になれと。


「私たちに、マシンになれと?」

「そう感じるのはあなたが子どもだからです。今回はたまたま上手くいきましたが、大人はあなた達よりもずっと先を読んでいるのですよ?」


 ダンはぼそりと「それが大人の世界だもんな」と呟いた。

 校長はぎろりとダンを睨めつけた。

 隣のエスティが泣きそうになるくらい、その視線は厳しい。

 ダンは涼しい顔で正面から、その視線を受け止めた。

 校長はそれが気に入らなかったのか片眉を上げ、鼻を鳴らした。


「あなたたちがおっしゃりたいことは分かりました。しかし戦場に於いて上官の命令を無視することは重罪です。君たちが学生であるということをかんがみても、また戦果を挙げたことを考慮しても、まさか不問にすことはできません。国家の財産たるドレスビーストを無断使用したのですからね。」


 本来ならば問答無用で懲役刑でもおかしくない。


「話は分かりました。処分は追って申し伝えます。今日はもう下がっていいわ」


 校長がにべもなく手を振ると、ギラードが六人に退室を命じた。

 カイルが代表して「失礼します」と挨拶をすると踵を返し、退出した。他の五人はそれにならう。

 六人が退室すると校長は三度みたび、ため息をつき眉間に指を当てた。


「で、どうします?」


 ギラードの言葉に校長は考え込む。


 命令違反は重罪だが、結果として600番台シックスナンバーズを手に入れている。成績も申し分ない。将来性もある。

 そして、今回の二十四人での確率共振。このデータは貴重だった。


「惜しいわね」


 思わずこぼれた言葉にギラードは反発した。


「校長!戦場での命令違反は極刑に値する重罪ですぞ!学生であることを酌量しゃくりょうしても除籍以外に考えられません。」


 怒鳴るギラードの声に顔をしかめながら校長は考え込んだ。


「何を悩まれるのです!?」


「まあ、待て、ギラード。今回の戦果はかなりものだぞ?これがギラード騎大尉きたいいでの戦果なら、第四特騎は今年も全国ナンバーワン間違いなしだ。」


 シリウスの視線は校長に向いている。

 校長は沈黙を以て、先を促した。


「ギラードの命令でシックスナンバーズを奪取。二十四人での多重確率共振実験も兼ねていた。『グリンブルスティ』はその相手にはぴったりだと思わないか?」


 イザベラ校長はニヤリと笑うとシリウスにただした。


「多重確率共振……研究論文は用意できる?」


 言われた瞬間、A4用紙の束を両手に掲げた。


「徹夜して書きました」


 イザベラは肩をすくめると「あきれた」と独りつ。

 これで決まりだった。

 シックスナンバーズの奪取はギラードの正式な命令。

 多重確率共振の実験にも成功。

 第四特騎の戦果は確固たるものとなった。


「私は納得いきませんぞ!上官の命令を無視されては軍隊が成り立ちません!」


 トップダウンの命令系統が何よりも大事なのが軍隊だ。

 しかしそれ以上に、ギラードは自分をないがしろにした六人がとにかく気に入らなかった。

 いつまでも駄々をこねるギラードに校長は静かに応えた。


「さすがはギラード先生。分かっていますね……上官の命令は絶対だ……ということを」


 イザベラの目がきつくなる。

 上官の命令は絶対ならば、ギラードもまたイザベラに従わなくてはならなかった。

 ギラードは床に目を落とす。


「しかし……不問というわけには……」


 ギラードが最後の抵抗を見せる。

 確かに、さすがに不問というわけにはいかない。


「ここはひとつ、補習で手を打ちませんか?」


 シリウスが間延びした声で緊迫した空気をぶち壊す。


「補習ですか。では誰が担当しますか?」

「もちろん私が……!」


 ギラードが言いかけると、隣の女教師がそれを制した。


「いや、私がやりましょう」


 アネガサキ・ミネルヴァが口を開いた。

 今まで黙っていたのは大人の悪だくみになど参加したくは無かったからだ。ミネルヴァは潔癖症で嘘が嫌いだった。


「では、定期考査の前に、実習形式でお願いします」

「『ユニコーン』の出撃許可を下さるのですか?」

「もちろん」


 イザベラは微笑みをたたえながらミネルヴァの瞳をまっすぐに受け止めた。

 澄んだミネルヴァの目をイザベラはほんの少し羨ましく思う。

 だが、男の社会で女が偉くなるには、これくらいの権謀術数けんぼうじゅっすうには耐えねばならなかった。

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