第七章 嘘と平和②

 校長室の扉を閉めると、エスティは思いっきりあかんべぇと舌を出した。

 

「エスティ。大人げないわよ」

「どうせ私は子供ですよ」


 とがめめるカチュアに八つ当たりをする。

 カチュアはいつも優等生だ。こんな時くらい味方してくれてもいいのに。


「確かに、エスティは子供だな。直情的だし、後先考えないし……」


 ダンが妙に納得したように呟いた。

 その瞬間、残りの四人から、どっと笑いが起こる。


「ちょ、ちょっと!私はこれでも施設ではお姉さんで通ってたのよ!」


 反論も空しく、四人の笑い声は収まらない。

 エスティは一人むくれるしかなかった。


 むくれ顔のまま、教室へ向かっていると、廊下の向こうから足音が近づいてきた。

 バタバタとせわしない足音の主はマリアだった。

 スカートを両手で上げてこちらに向かって疾走してくる。


 きっと私達のこと(主にダンのこと)が心配だったんだ。

 エスティは手を上げてマリアを迎え入れようとした……のだが。


「ちょっとエスティさん!これはどういうことですの!」


 突然、マリアは顔を紅潮させてエスティに詰め寄ってきた。

 エスティは何のことか分からない。

 マリアの迫力にエスティは顔をひきつらせた。


「マリア。な、何のことよ?」

「この記事の事ですわよ!」


 マリアはエスティの目の前にマル校新聞を突きつけた。

 そこには夕焼けをバックに見つめあうダンとエスティの姿が掲載されていた。


 マル校新聞

『夕焼けの二人』

 さる五月二十六日。本誌記者が密着取材を続けていた『神殺し』アオイ・ダン二等騎士と『赤き閃光のエスティ』二等騎士の両名が、夕日の校庭で見つめあっているのを目撃した。二人は互いに……


 ――って、なんだ、これーーーーー!


 エスティはそれ以上読むことができなかった。


「エスティさん!あなたまさか、私のダン様と……」

「知らない知らない!こんな記事!」


「僕がどうかしたの?」


 何も知らないダンが話しかけてくる。エスティはマル校新聞をくしゃくしゃに畳むとお尻の下に隠した。


「何でもない!」


 強い口調と鋭い目つきで宣言する。

 不自然なエスティにダンは不思議そうな顔を向けてくる。


 自分の頬が赤くなるのを感じる。

 恥ずかしくて赤面している自分が悟られてしまう。


 エスティは焦った。しかし、焦れば焦るほど顔が赤くなっていく。


「あら、エスティ?顔が真っ赤じゃない」


 ――カチュア!あんたねぇ!


 笑いを堪えながらカチュアが口を開く。


「熱でもあるんじゃないの?」


 ダンが心配そうに近づいてくる。


「大丈夫だって!元気だよ!」


 ――頼むから!これ以上、近づかないで……。


 近づくダンにエスティは後ずさる。と、壁に背中が当たった。


「ふらついているじゃないか」

「そんなことない!大丈夫だか……ら……」


 ダンはエスティの額に自分の額を合わせた。瞬間、エスティは硬直した。


 目の前にダンの顔があった。

 至近距離で真直ぐこちらを見てくる。


 顔がやかんのように熱くなる。

 頭が沸騰して湯気が出そうだ。


 そして……

 エスティの思考は完全に停止した。


「やっぱり、熱いな……あれ?エスティ?」

 

 それきり、エスティは動かなくなった。

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