第七章 優しい嘘。残酷な真実。③

 放課後の教室。

 夕日が差し込む中、エスティとパティは机にかじりつき、テスト勉強をしていた。


 仲良しの二人が向かい合わせで楽しく勉強、という感じではない。

 むしろ、二人の勉強には鬼気迫るものがあった。


「う~分かんない~」


 唸るエスティにパティが応える。


「ここのところ出撃続きでしたもんね」


 エスティは椅子を軋ませながらさ教科書を睨みつける。

 パティも向かい合わせで教科書を睨みつけていた。

 今回は出撃の為、出られなかった授業もテスト範囲に含まれている。授業が聞けないというのは努力型のエスティには辛かった。


「やだぁ~!せっかく処分を免れたのに、テストで留年なんて、絶対やだぁ~」

「大丈夫ですよ。ちゃんと勉強すれば」


 駄々をこねるエスティを、パティはおろおろと自信なさげに勇気づけていた。

 朝は「私はお姉さんと呼ばれていた」と言っていたはずなのに、とパティはため息をつく。


 何故、こんなことになってしまったのか。

 それは朝のホームルームでのことだった




 ◇  ◆  ◇



 校長室から教室に帰ると、エスティ達を待っていたのは心配そうなクラスメイト達だった。


 アオバの一件以降、エスティ達はクラスに大分、受け入れられるようになっていた。

 ホームルームで、エスティ達六人の処分が補習のみであると通告された時は教室に歓声があがったほどだ。


「助かりましたね。エスティさん」


 ほっとした顔のパティに、エスティも笑顔を返した。

 しかし、それもギラードの次の言葉を聞くまでだった。


「中間テストまで一週間を切った。この一週間は原則、出撃を控えるので、各自しっかり勉強するように」


 定期テスト。


 世界中の学生が最も恐れる悪の行事だ。


 特騎クラスに所属しているとはいえ、エスティ達もれっきとした高校生である。成績いかんによっては、このクラスにもいられなくなるのだ。



 ◇  ◆  ◇




 というわけで、エスティとパティは放課後の教室で、テスト勉強することになったのであった。


 二人が教科書と格闘していると、教室の引き戸が開いた。


「お前達、まだ残っていたのか」


 教室に入ってきたのはアネガサキ・ミネルヴァ教諭だった。


「だって、出撃続きで授業出れなかったところなんですよ」

「私達、成績ギリギリなんです」


 ミネルヴァがおののくほど二人は必死だった。

 ちょっと目に涙が溜まっている。


 ミネルヴァはため息をつくと、「どれ、見せて見ろ」と二人の間に腰を下ろした。


 地獄に仏だった。

 エスティとパティは笑顔でミネルヴァを迎えた。


「ところで、シリウスを見なかったか?」

「シリウス先生ですか?みませんでしたけど」


 あいつめ、と独り言をいいながら、腕組をする。


「自分で呼びつけておいて、勝手な奴だ」

「ミネルヴァ先生って、シリウス先生とどうなってるんですかぁ?」


 パティが意外にも大胆なことを聞いてきた。

 思ったより野次馬根性があるのか、とも思ったがその表情は本当に不思議そうだ。


 つまり、天然なのだ。


 パティの質問にミネルヴァは嘆息たんそくした。

 実はよくされる質問だった。

 ミネルヴァとシリウスは一緒にいることが多く、度々噂になっていたからだ。


「奴とは何でもない。ただの腐れ縁だ」


 少しは動揺するものかと思ったのだがミネルヴァの返事は冷静だった。


「つまんないの」


 エスティはねたように呟いた。


「お前こそ、見たぞマル高新聞」


 藪を突付つついて蛇を出してしまった。

 エスティは頬を赤らめる。

 

 朝の失態が蘇る。


 赤面したまま固まってしまったエスティはダンに連れられて一度保健室まで行ったのだ。


 そして……。


「まあ、これは……やまいといえなくもないけど……」


 と、養護教諭に言葉を濁された。


「まあ、青春ってことね」


 と、締めくくられた。


「あー!」


 エスティは机に突っ伏す。

 恥ずかしい思い出に声を出さずにはいられなかった。


 そんなエスティを見るミネルヴァの目は心配そうだ。


「生徒の自主性を重んじて何も言わなかったが、私の方からメディア科のほうに言っておこうか?」


 ミネルヴァが提案する。

 エスティは「う~ん」と考え込む。

 あえて抗議をするのも過激に反応しているようで嫌だった。


 返答に困ってエスティは黙り込んだ。


「今は勉強しましょう」


 パティが話を切り上げた。

 天然なりに気を使ったのかもしれない。


 「そうだな」と、ミネルヴァはパラパラと教科書をめくった。


「カルディナ橋爆破事件か」


 アルテア戦争のきっかけになった事件である。

 この戦争の勝利によりセンチュリアは世界統一を果たすことになるのだ。

 したがって「カルディナ橋爆破事件」は歴史的に重要な特異点と言える。


「近代史って苦手です」


 古代史はロマンティックで好きだった。情報が少なく不確かなぶん、その空白を埋める想像力を掻き立てられるからだ。


「なるほどな」


 エスティの言い分にミネルヴァは感心したようで、何度も深く頷いていた。

 確かに、古代史に比べれば近代史のほうが残っている資料は多い。


「だがな……その情報がアテになるかはわからないぞ」


 ミネルヴァはポツリと漏らす。

 エスティとパティは言葉の意味が分からず、ミネルヴァの顔を見つめた。


「大人はな、驚くほど平然と嘘をつくものだ」


 大人は自分の都合で歴史をも変えるのだ。

 自分の立場の為、自分のプライドの為、自分の利益の為。


 ミネルヴァの言葉には乾いた大人の諦観ていかんが見て取れた。


 エスティは俯くと黙り込んだ。


 俯くエスティにミネルヴァは失望されたかな、と自嘲気味に笑った。乾いた大人の乾いた笑いだ。


「先生。大人が嘘をつくなら、アオバの件は大丈夫なんですか?」


 パティが心配そうに口を開く。


 その言葉にエスティは反射的に顔を上げた。


 アオバには危害を加えない。

 表向きは研究対象として保護する。


 そうシリウスは約束していた。


「そんな、シリウス先生。そんな嘘つかないですよね」


 エスティがミネルヴァにしがみついた。

 ミネルヴァは少し驚いた顔をするが、やがて優しい笑みを浮かべると、質問に応えた。


「大人は嘘つきだ。だがな、あいつは絶対にアオバを守るよ」


 ミネルヴァの言葉には自信に満ちていた。

 シリウスのことを本当に信頼しているのだと伝わってきた。

 それでもエスティの不安は晴れなかった。


「本当に?学校が、センチュリアが何を言っても守ってくれるんですか?」


 食い下がるエスティの赤い髪をミネルヴァは撫でた。


「その時は全員まとめて騙しきるさ。あいつはな、大嘘つきなんだ」


 そうシリウスを語ると、ミネルヴァは少しいたずらっぽい笑顔を向けてきた。

 みずみずしい少女の笑顔だった。


(やっぱり、二人は怪しい)


 エスティはパティと目を合わせると小さく頷いた。

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