第六章 日は既に落ちる、されど未だ夜ならず③

 『グリンブルスティ』が暴れまわっている。

 四足形態で暴れまわる姿は本当に手負いの獣のようだ。

 ダンの『シュヴァルツカッツェ』がとりつきなんとか確率共振させようとしているが、まるで歯が立たない。


「ダン!大丈夫なの!」


 エスティの問いかけにダンが叫ぶ。


「ダメだ!一緒に共振させてくれ!」


 ダンが珍しく助けを求めていた。


 だが、暴れまわる『グリンブルスティ』に近づくことができない。


「エスティ!下がれ!」


 カイルが突貫した。騎乗槍で突撃すると『グリンブルスティ』にとりついた。


「僕も特待生枠でなければ大学へは行けない!君と同じだ!エスティ!」


「カイル!」


 三機に取り押さえられ『グリンブルスティ』の動きが重い。

 なおもリュウセイ、パティも続いた。


「総員!確率共振!」


 カイルの掛け声とともに、五人がかりで確率共振させる。


 だが、足りない。


 『グリンブルスティ』の確率は変動したままだ。


「リュウセイは何も言わないが、芸術科を続けるために特騎クラスに入った。そういう奴はいくらもいる!」


 カイルの叫びにリュウセイが頷いた。


「リュウセイ!」


「エスティ!コックピットハッチをぶち破りなさい!」


 カチュアが珍しく汚い言葉を使った。


「ありがとう!カチュア!」


「あなたの為なんかじゃないわ。戦災孤児があなただけだなんて思わないでよね」


 カチュアの声はいつも通り不機嫌そうだったが、モニターに映る瞳は笑っている。


「エスティ!アオバを助けて!その子は私たちと同じなの!」


 パティが涙声で叫んだ。


 授業料を払えない子どもたちが特騎クラスに入るのだ。

 それは貧富の格差が作り出した事実上の徴兵制であった。

 『赤き閃光』なんて二つ名をつけて、英雄を作り出し、戦争をあおっているのだ。


 ドレスビーストだってそうだ。

 複合軍需産業が国家と結託して作ったがこの獣の服ドレスビーストである。

 兵器開発で財閥が潤い、強い防衛力で政権の支持率が上がり、安全な戦争で学生が戦地におもむく。


 戦争をする為のハードルを下げる。その為の虚飾の獣ドレスビーストである。


 カイルもカチュアもリュウセイもパティも、そしてエスティもみんな、世界の都合で戦場に立っている。


 大人の都合で戦っている。


 それは兵器として育てられたアオバも同じことだ。


 そんなことで死んでたまるか。


 死なせてたまるか!


「アオバ!」


 エスティは絶叫するとコックピットハッチを掴む。

 そして力任せにはがそうとする。

 ミシミシとハッチが軋む音が指に伝わった。


「お姉ちゃん!私、思ったの!生まれて初めて思ったの!こんな私だから、こんな世界だから、そんなこと思ったことなかったのに!……私……私!死にたくない!」


 アオバは泣いていた。

 安全な戦争なんて有るわけが無い。こんな小さな子供を平等に虐殺するのが戦争だ。


 強者が弱者を蹂躙じゅうりんする人間の世界ビーストランドだ。


「死・な・せ・な・いーーーーーー!!!!!」


 『グリンブルスティ』の不随意運動は止まらないが、確率は共振されていく。


 24人で、クラス全員で共振させている。


 エスティの指に血がにじむ。

 でも、ちっとも痛くない。

 痛いのはこの子の心だ。


「私、生きたい!助けて!エスティ!」


 アオバの言葉に、エスティは叫んだ。

 クラスメイト全員で応えた。


「私はあなたを助ける!この確率は…………変動しない!」


 その瞬間、全員の確率が完全に共振した。

 コックピットハッチがバリバリと音を立てて引き剥がれると『グリンブルスティ』の中からアオバが転げ落ちた。


「アオバ!」


 エスティが叫ぶと同時に鋼鉄の手がアオバを拾い上げる。

 ダンの『シュヴァルツカッツェ』がアオバを優しく受け止めながら回避すると、搭乗者を失った『グリンブルスティ』は糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。


 ダンは、生まれたばかりの小鳥をいだくように、優しくアオバを包み込む。


 その手の中から、アオバは『シュヴァルツカッツェ』を見上げると、少女らしい屈託くったくのない笑みを浮かべた。


 その瞬間、クラスメイト達の歓声が挙がった。


 ダンはゆっくりと息を吐き肩の力を抜く。


「やったね。ダン」


 エスティが声をかけた。

 ダンは何を言おうか分からなかったようでしばら逡巡しゅんじゅんした。


「ああ……」


 迷った揚げ句の素っ気無い返事だった。

 モニターから見る彼はいつもの無表情のダンである。


 しかし、アオバを見るその瞳はほんの少しだけ温かく見えた。

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