第十三章 荒野の英雄③

 宿舎に入ったエスティ達は、食堂へと向かった。宿舎は女子寮と男子寮に分かれていたが、食堂は男女混合であった。


 特機クラスの学食ははっきり言って美味である。こんな御馳走は荒地ワイルドで暮らしていてはまず食べられない。


 ドレスビーストのパイロットには何と言っても体力が必要だ。脳波コントロールのドレスで最も疲労するのは脳である。そして、人体の中で一番エネルギーを消費する臓器もまた、脳みそなのだ。食事もパイロットの大事な任務である。


 食堂は生徒たちの談笑で騒がしかった。皆、一時の休息を楽しんでいた。


 だが、エスティが食堂に入った瞬間、騒がしかった食堂が、急に静まり返った。


「なに……?」


 思わずこぼしたパティの声が、しんと静まり返った食堂に響き渡った。パティは慌てて小さな掌を口に当てる。

 その異様な雰囲気に一瞬、鼻白むエスティだったが、気付かないふりをして空席を探した。


 一番、すみっこの目立たない席に落ち着こうとした、その時だった。


「そこは俺の席だぜ?」


 大柄の男子生徒が立ちはだかった。校章から第一特騎、ケテル高校の学生だ。


 学生の食堂に席が決まってるはずもない。男子生徒は因縁を吹っかけてきているのだ。口の端がニヤついているのが鼻につく。


「ごめん。変わるわ。」


 エスティは怒りを飲み込むと席を移ったのだが……。


「ちょっと、そこは私の席よ?」


 今度は別の女生徒が文句を言ってきた。

 さっきまで別の席で食ってたよなぁ!お前は!


「じゃあ、どこで食べたらいいの?」


 エスティの言葉に女はわざとらしく笑うと、「さあ?」と小首を傾げた。エスティは悔しさに唇を噛む。隣のパティも泣き出しそうだった。


 その女の後ろに切れ長の目をした短髪の男子生徒が不機嫌そうにこちらを見ていた。


 第一特騎の隊長。イマムラ・チヒロ。

 防衛大臣イマムラ・チアキの息子。


「これはあなたの指示なの?」


 エスティは、女を無視してイマムラ・チヒロに向かってそう言う。


「まさか」


 チヒロは父親譲りの不機嫌そうな顔をさらに歪め、エスティから視線を外す。ほんとうに心外なのだろう。


「私だってがっかりしているのだ。第一特騎は全軍で派遣されたのに、第四特騎は何故、お前たちのような落ちこぼれを送ってきたのだ?」


「落ちこぼれって……」


「さては、カイルのやつめ……私がいると知って逃げたのか?」


 その言葉に会場中にどっと笑いが噴出した。


 ケテル高校、第一特騎は軍関係者や政府関係者の子息子女が通うエリート高校である。全員が名門名家の第一特騎には、エスティのようなワイルド出身の生徒は一人もいなかった。彼らからしてみれば荒地ワイルドで産まれた戦災孤児など、生まれながらにして「落ちこぼれ」なのである。


 しかし、だからと言って、こんな露骨な虐めをしてくるとは思わなかった。


「サクラバ・ビクトルとの戦い、見たわよ?」


 ケテル高校の女子生徒が忌々しげに口にした。


 ビクトルとの戦いでは、恐ろしい獣のような戦いぶりを見せてしまった。

 それ以来、忌まわしい破滅の獣『赤き竜レッドドラゴン』の二つ名でエスティは呼ばれるようになっていた。


 もちろん侮蔑の念を込めて、である。


「あなたみたいな獣に人間の席は無いわよ?」

「獣は這いつくばって床で食うんだな」


 厭味を言う学生をエスティはぎっと睨みつけた。思わぬ反撃に学生はニタニタと目を反らすと、今度はパティとダンに向き直る。


「パティちゃんとダンくんは、この人と別なら食べてもいいけど……?」


 そう言われパティは必死で頭を振った。ダンは興味無さげに目を逸らす。


 その時だった。


「やめなさい!」


 凛とした声が響き渡る。


 嘲笑が止むと、ツカツカと靴音を鳴らして女が二人現れた。声の主に視線が集まる。


「白薔薇のレイリア……」


 誰かが呟いた。


「このような野蛮な行為……騎士のする事ではありませんよ!」


 その二つ名の如き、白い薔薇が薫るように、リー・レイリアは現れた。隣ではヒナがこくこくと忙しなく頷く。


「あなた方は!我ら誇り高き特別陸戦騎兵隊の、その長たる第一特騎でしょう!」


「仰ることは分かりますよ。しかしね、野蛮な獣が騎士の顔しているのが我慢ならんのですよ。」


 慇懃無礼な口調で男子生徒か唇を歪めた。

 レイリアの眉がピクんと跳ねる。


「あなたも見ましたでしょう?サクラバ・ビクトルとの戦いを。あんな禍々まがまがしい真っ赤なドレスで……噛み付くなんて……気持ち悪い」


 女生徒が大仰に両肩を抱きながら続ける。

 レイリアの眉が再び跳ねる。それを見ていたヒナが慌てた様子でレイリアをいさめた。


「…………」

「だ、だめですよ……お姉さま……」


 そんなレイリアを無視して生徒たちはエスティに詰め寄よる。


「どうせ、奨学金目当てに志願したんだろ?」

荒地ワイルドの貧乏人が考えそうなことね」

「祖国の為に戦う誇りなんて無いんだろう」


 エスティは悔しさに唇を噛む。


 彼らの言うことももっともである。エスティは奨学金の為に戦っている。祖国の為に戦う誇りなんてない。それは間違いなく荒地ワイルドの貧乏人が考えることだった。


 うつむくエスティを見てレイリアの顔色が徐々に変わっていく。


「いけませんよ……おねえさま……!」


 懇願するようなヒナに、レイリアは「ヒナ、済まねぇな」と答えると、大声で叫んだ。


「じゃかましい!」


 虎が吼えたのかのような大声に食堂中が静まり返る。


「さっきから聞いてりゃあ、てめぇら何様だ!誇りだかおごりだか知らねぇが、ごたくが過ぎらい!」


 レイリアの豹変にケテル高校の生徒のみならず、エスティまでもがあんぐりと口を開いたまま固まってしまった。


「カリカリカリカリ、親のすねかじりやがって!この子ねずみ共が!貧乏人の何が悪いってんだ!明日食う飯を心配したこともねぇ坊っちゃん嬢ちゃんに……貧乏人の何が分かんだよ!」


「貴様……俺を誰だと……」

「おね……おね……えさま……」


 チヒロが怒りで顔を紅潮させ、ヒナはレイリアをいさめようと蒼くなる。

 それでもレイリアは止まらない。


 男子生徒の胸倉を掴むと顔を引き寄せ、更にまくしたてた。


「いいかよく聞け!このエスティはよ!必死で勉強して奨学金手にして自分の人生切り開こうってしてんだよ!いじらしいじゃあねぇか!それがどんだけ大変か、おぇらに分かるかよ?いや、分かんねぇだろうよ!?そんな人の気持ちも分かんねぇ奴の何が人間だ!?どっちが獣だ!?」


 そこまで言ってレイリアははっとなり、口を閉ざした。慌てて手を離すと男子生徒はひれ伏すように崩れ落ちた。


 気が付くとケテル高校の生徒たちは顔面蒼白で立ち尽くしている。


 しんと静まり返った食堂でレイリアはぎこちない笑顔を振り絞って笑った。


「あ……あはははは。だから……その、仲良くなさいね……」


 繕い笑いをするレイリア。

 顔面蒼白のチヒロ。

 口を開けたままのエスティ。

 白目を剝いて倒れそうなヒナ。


 気まずい雰囲気が食堂を通り過ぎていった。


「なるほど……これが白薔薇のレイリアか」


 ダンが誰にも聞かれないようにそっと呟く。


 美しい薔薇にはトゲがある。


 しかし、この白薔薇にはとびきり大きなトゲが有るようだった。

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