第十五章 獣の理《ことわり》④

 その時だった。


 突然、足元に青いドレスが出現した。

 このドレスは……?


「『オルトロス』!?」


 エスティの声が上ずった。


「なんで『オルトロス』が動くんだよ!」


 レイリアも動揺が隠せない。


 600番台シックスナンバーズの『オルトロス』は強力な確率共振で『パイフー』に迫る。


 今までどこに隠れていたのか。

 こんなことができるのは……?


「クリーパー!?てめぇ!ダンか!?」

「そうだよ。暗殺屋だ」


 ゾクりとするほど冷徹な声と共に、ダンの振動ナイフが『パイフー』を穿うがつ。

 刹那、『パイフー』の確率変動が緩んだ。


「今だ!」


「ぐふ!」


 『オルトロス』の刃が『パイフー』の胸を突く。

 レイリアが苦痛に呻いた。


「レイリア!」


「これで終わりだ」


 『オルトロス』は立ち上がると振動ナイフを『パイフー』の基底核部バーゼルブロックに突き立てた。


 しかし、黙ってやられるレイリアではなかった。


「畜生!負けねぇ!俺は負けねぇぞ!」


 『パイフー』は確率変動させてその一撃を耐えた。


 凄まじい確率変動だ。


 600番台シックスナンバーズ『オルトロス』の力をもってしても容易に共振できない。


「エスティ!多重確率共振だ!」 


 ダンが叫ぶ。いかに強力な確率変動だとしても二人で共振させれば貫ける。


 しかし、エスティは拒絶した。


 赤い髪を振り乱し叫ぶ。


「ダン!だめよ!レイリアが死んじゃう!」

「エスティ!これは戦争なんだ!やらなきゃ君が殺されるんだぞ!」


 ダンのいうことはもっともだ。


 エスティは直接『ディケッツェン』に乗り込んでいる。やらなければ、やられてしまうのだ。それはおそらくダンもだろう。ダンも直接、『オルトロス』に乗っているはずだ。


 しかし、このまま基底核部バーゼルブロックを貫いたらレイリアは死んでしまう。


 やっとできた友達なんだ。

 自分を助けてくれた友達なんだ。


 そんな友達が死んでしまう。


 それだけはダメだ!


 エスティの両眼から涙が溢れる。


「お願い!レイリアを助けて!」


 エスティは絶叫した。


「これは戦争なんだ!」


 エスティの気持ちも他所よそに『オルトロス』の確率共振が強まる。『パイフー』の確率は徐々に共振されていった。


「だって!現代の戦争じゃあ人は死なないんでしょ!」


 それが世界の常識じゃないの!?

 ドレスビーストは遠隔操作で、人の死なない人道的な兵器じゃないの!?


 おかしい。

 こんなのおかしい!


「エスティ!人の死なない戦争なんて、そんなものどこにもないんだ!」


 ダンの回答にエスティはかぶりを振った。


「だって……だって!」


 エスティの絶叫に答えたのは『パイフー』に乗ったレイリアだった。


「強者が弱者を蹂躙する……それが戦争のルールなんだろ。」


 それが戦場の理だ。

 食うか食われるかの獣の理だ。


 レイリアの食いしばった歯から血がにじむ。赤い瞳からは悔しさから涙があふれる。


「なあ、ダン?この獣の世界ビーストランドで這いつくばるしかない俺たちが、二本の足で歩きたいって言ってんだ。人間になりたいってい言ってんだ!それがそんなに悪いのかよ!?贅沢なのかよ!?」


 レイリアの叫びは、荒野ワイルドの人々十億の絶叫だった。

 センチュリアの名のもとで統一された平和な世界。

 その平和なシティに住めなかった人々は、その隙間で生きるしかない。


 その隙間こそが荒野ワイルドである。

 そこに住む人々は貧困と暴力に怯えながら、それでも懸命に生きている。


 そんな彼らの現状を、シティの人々は省みることはない。


「それでも、力で……獣の理屈で世界を変えちゃあだめなんだ」


 ダンは精いっぱいの平静さで答えた。

 食いしばった奥歯が軋んだ。


「先に獣の理屈を持ち出したのは、お前達じゃねえかよ……!」


 力で抑え込まれた者たちが、力で抗おうとすれば、それはテロリズムなのだ。

 それが矛盾であることはダンにも分かる。


 ダンだって荒野の人間なのだ。


 ダンとレイリア。


 貧困と無法の大地で必死に生きる子ども達が、互いの生存と居場所をかけて戦っている。

 これが獣の世界ビーストランドでないというなら、一体何なのだ。


「変動してやる……」


 レイリアは激痛に耐えながらコックピット座席裏のハンドルを回した。

 中から現れたクリアカバーをたたき割る。


 あれは、自爆スイッチだ。


 エスティの血の気が引く。


「レイリア!やめて!」


 遠隔操作を基本に作られているドレスビーストには例外なく自爆スイッチが搭載されている。行動不能時に敵に奪われないようにするためだ。


 そして、それはドレスビースト最後の武器にもなりうる。


「こんな世界、変動してやる!俺が変動してやるんだ!」


 レイリアの手が自爆スイッチにかかった。


「エスティ!早く!確率共振だ!」

「だって!レイリアが死んじゃう!」

「このままじゃ、みんな死ぬぞ!」


 『パイフー』の自爆装置がこの基地ごと吹き飛ばすものならみんな死んでしまう。


 でも、共振させたらレイリアが死ぬ。


「レイリアを助けて!レイリアを殺さないで!」

「エスティ!確率共振だ!」


 ダンが怒ったようにかす。


 エスティの頭の中で、何万回も思考が空転する。


 どうする?どうする?どうする?


「エスティ!」


 混乱するエスティにダンの声が重なった。


「だめぇえええええええ!」


 エスティの絶叫が、抜けるような夏の空に木霊こだました。


 そして……。


 グググ……グググ……

 ガキン!


 重い駆動音とともに顎部パーツが開くと『ディケッツェン』が四足形態を取った。


「え……?」


 エスティの喉から声が漏れる。


「なんで……?」


 『ディケッツェン』が吠えると『パイフー』に喰らいついた。


「きゃああああああああああ!」


 痛みに耐えかねて、レイリアが叫んだ。

 『ディケッツェン』は止まらない。


「やめて……」


 再び『パイフー』に食らいつく。

 何度も……。

 何度も!


「やめて!『ディケッツェン』!」


 エスティの命令に『ディケッツェン』は応えない。

 『ディケッツェン』が言うことを聞いてくれない!

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