第十五章 獣の理《ことわり》③


 『パイフー』を突き飛ばした『ディケッツェン』がこちらを向いている。

 エスティは真紅に輝く自分のドレスを見た。それは気味の悪い夢でも見るように現実感がない。


「何故、『ディケッツェン』がここにいるの?」


 『ディケッツェン』はエスティの脳波にしか反応しないはずだ。


「一体、誰が……?」


 思わずこぼれたエスティの疑問に答えるように、『ディケッツェン』のコックピットハッチが開かれた。


 エスティの喉が鳴る。


 迎え入れるように開かれたコックピットに、人影はない。


 恐る恐る中に入るが、 やはり誰もいない。

 人のいた気配すらもない。

 誰かが遠隔操作しているわけでもない。


 ガランとした薄暗いコックピットの中で、主を待ちわびるようにコンソールパネルが点滅している。


「そんな……」


 エスティは愕然とした。


「まさか?『ディケッツェン』が自分でここまで来たの?」


「そういうことだ。お前達を守るためにな!」


 『パイフー』が突進してきた。

 エスティを守るようにコックピットハッチが閉まる。


「お願い!『ディケッツェン』!」


 戸惑う気持ちを抑え込んでエスティは確率変動を起こす。

 時空間の壁に遮られて『パイフー』の突進は『ディケッツェン』まで届かない。


「しゃらくせぇ!」


 レイリアは強力な確率共振とともに青龍刀を突き出した。共振された青龍刀が『ディケッツェン』の肩をえぐる。

 刺突の衝撃にコックピットが揺れた。加えて脳波共鳴をしているエスティには肩口の痛みが伝わってくる。


「このくらい!」


 その激痛に耐えながら反撃した。


「当たれぇ!」


 振動ナイフが『パイフー』の肩をかすめる。

 浅い……けど、当たった!


「確率共振させやがった!?」

「やった!やれるわ!ディケッツェン!」


 攻撃が当たる。

 600番台シックスナンバーズといえども戦えない相手ではない。これならレイリアを止められるかもしれない。


 一方、当てられたレイリアのほうも驚いていた。


 『ディケッツェン』とエスティの共振率が高い。これが本当に第五世代の基底核部バーゼルブロックなのか?


「そうか……てめぇ!ベスだな?」

「何を言ってるのレイリア?」


 突然の言葉にエスティは戸惑う。


「そいつは普通のドレスじゃねぇってことだよ!」


 話しながらレイリアの怒りが高まっていく。


「どいつもこいつもエスティ、エスティ……馬鹿の一つ覚えみてぇによ!」


 レイリアは怒りに任せて『ディケッツェン』を殴りつけた。確率変動された時空間の壁ごと殴りつける。

 しかし、エスティは持ちこたえた。


「さがる……もんかぁ!」


 距離を取られたら負ける。


 それは近距離戦以外は並以下のエスティにとっての唯一の戦略だった。


 左手の振動ナイフを、右手で振動刀を、ただ夢中に振り回す。


「この……しつこい!」


 レイリアの苛立ち紛れの一撃が、『ディケッツェン』の腹部に叩きこまれる。


「ぐ……!」


 痛みに途切れそうな意識をつなぎ止め、せり上がる胃液に耐えながらエスティは必死で振動刀を振るう。


「エスティ、もうやめろ!」


 レイリアの悲痛な叫びを聞きながらも、エスティの目はギラギラと輝きを失わない。


「レイリア……あんたを止めるのは……私なんだから……」


 エスティは止まらない。

 何度倒しても立ち上がる。


「エスティ……お前ぇ……。」


 レイリアは覚悟した。


 もう、殺すしかない。


 この娘は殺さないと止まらない。


「すまねぇが……これで終わりだ」


 レイリアは血を吐くように呟くと青龍刀構えなおした。

 次の一撃でコックピットごと基底核部を貫く。


 この気持ちのいい娘を手にかけなくてはならない自分の運命を呪った。

 いや、とっくに血塗られた道なのだ。

 敵を前にすれば戦うか逃げるか二つに一つだ。


 それが戦争だ。


 それがこのくそったれた世界ビーストランドの掟なのだ。


 決意を込めた一撃を振るおうと力を込めた。


 その時だった。


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