儚き永遠のビーストランド

千石一郎

プロローグ

プロローグ

 志望の動機ですか?


 言いにくいですが……。

 はっきり言ってお金です。


 なぜかって……?


 この春に特待生から外されちゃって

 授業料払えないんです。


 先生だって分かってますよね?


 私みたいな戦災孤児が、この学校に在席するには「特騎クラス」に入るしかないって。


 そりゃあ、不純な動機かもしれませんけど。


 え……?


 はい、分かってます。


 ロボットに乗って戦うんですよね。


 特騎クラスは軍隊だってことぐらい知ってます。


 それでも……。

 私はここで生き残りたいんです。



  ◆  ◇  ◆



 ミクニ・イザベラ校長は最近かけ始めた眼鏡を少しずらすと目の前の赤毛の少女を見据えた。


 少女は不安に下がる眉を必死で引き上げて、イザベラの視線に耐えている。

 自分の視線がそんなに恐ろしいのか、イザベラは苦笑混じりに口を開いた。


「なるほど分かりました」


 視線を落とすとタブレットに彼女の経歴を映し出す。


――ヤマモト・エステリア

  特待生クラス一年。

  成績不振の為、奨学金不支給。


 特待生で入学した生徒が成績不振のために奨学金を打ち切られる。

 そんなことはよくある話だ。

 生活苦でアルバイトに明け暮れていては、勉強などできはしまい。


 イザベラは唇を軽く噛んだ。


 経済的な事情で成績に差が出る。

 非情な現実に教育者として忸怩じくじたる思いである。


 できれば「特騎クラス」への編入を認めてやりたいところだが……。

 イザベラは左右に控える三人の教諭に目をやった。


 イザベラの視線を受け、特騎クラスの担任ムラカミ・ギラード教諭が口を開く。


「私は反対です。高二の春からの編入など前例がありません。」


 特騎クラスの生徒は中高一貫である。

 適性のある生徒を中学生のうちから鍛えるのが通常であった。

 高校二年生からの編入など聞いたことが無い。


「まあそう言うなギラード。貴重な適合者だぞ? それに見ろよ。この適合率……」


 軍人然たるギラードとは対照的な軽薄な口調で男が横やりを入れた。

 白衣をまとったその男、オオガミ・シリウス教諭はギラードにレジュメを手渡す。


「これは……」


 シリウスからレジュメをもらったギラードは言葉を失った。


 ドレスビーストは脳波コントロールの機動兵器である。脳波の適合者は非常に希少な存在であった。

 可塑かそ性の高い子どもの脳は調整すれば適合しやすいのだが、十六歳ともなれば脳の成長が終わるころである。


 普通、適合は難しい……はずだが?


「適合率94%!」


 熟練のオペレーターでも80%程度だというのに、この少女は一体何者だ。


 ギラードは睨みつけるように少女を見た。

 少女は気丈にもこちらの視線をまっすぐに受け止めているが、隠せない緊張が桜色の唇を震わせた。


 ギラードが口をつぐむと、シリウスは最後の一人に笑みを浮かべる。


「ミネルヴァはどう思う?」


 シリウスに促され、少し吊り上がった大きな瞳の女教師が口を開いた。

 

「エスティ……」


 エスティとはエステリアの愛称である。


 エスティは僅かに声を上ずらせて「はい」と返事をする。

 エスティと目が合うとアネガサキ・ミネルヴァ教諭は静か話し始めた。


「エスティ……。お前の言うロボット……ドレスビーストは脳波で動く四足歩行機動兵器だ。どんな悪路でも駆けぬけ、どんな戦場でも戦う、最強無敵の陸戦兵器だ。」


 ミネルヴァの視線が厳しい。

 エスティの表情が強張る。


「平気です。ドレスビーストは敵も味方も遠隔操作のドローン機ですよね。現代の戦争では人は死なないんですよね?」


 エスティは必死で笑顔を作って答える。ここで臆したと思われてはいけない。

 しかし、エスティの返答にミネルヴァの眼光はさらに鋭さを増した。


「そうだ。人が死なないための人道的戦術兵器。それが四足歩行機動ドレスビーストだ。正確にはお前の言う「戦争」も存在しない。正しくは「内紛」或いは「紛争」だ。」


 ミネルヴァの迫力にエスティの瞳が潤む。


「それでも! ドレスビーストは殺戮兵器だ。お前はそれに乗って戦うんだ。それを分かっているのか?」


 エスティは臆した。


 膝は震え、瞳が潤む。

 しかし、エスティは泣かなかった。


「生き残りたいと、言いました」


 歯を食いしばり膝の震えをねじ伏せた。潤む瞳から涙が流れるのも懸命に耐えた。


「私は、この学校ビーストランドで生き残ります」


 エスティの意思は固い。

 ミネルヴァは嘆息すると目を閉じた。


「決まりましたね」


 ミクニ・イザベラ校長が締めくくった。そして隣に立つギラードに視線を送り促した。

 ギラードは不満げに唸ったが、迷いを断ち切りエスティに向き直る。


「これで貴様は『センチュリア軍第七特別陸戦騎兵隊』の一員だ。第七特騎へようこそエスティ。君を歓迎しよう」


 そういうとギラードは直立不動で敬礼をして見せた。

 エスティは人生初となる敬礼で応えた。



  ◇  ◆  ◇



 人間は社会的動物である。


 法を制定し、秩序を形成し、

 そして社会というシステムを作り出す。


 システムは人の貴賤きせんを定め、

 事の善悪を定め、

 そして世界を平定する。


 センチュリア神聖共和国。


 正義と自由を掲げたこの国は、

 ついに世界を統一した。


 世界は一つの国となり、

 有史以来はじめて、

 地球上から一切の戦争が無くなった。


 人類は真の平和を手に入れたのだ。


 それから16年。


 センチュリア東部での

 アルテア人武装蜂起をきっかけに、

 各地で内紛が勃発した。


 人類は再び戦争の時代へと突入する。


 人間は社会的である。

 だが、やはり動物である。


 戦いの歴史は未だ終わらない。



 

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