第十四章 また明日ね
第十四章 また明日ね①
衣食、足りて則ち
人間は自分の腹が満たされてから
初めて人を思いやる。
善いも悪いもその腹が満たされてからだ。
腹を空かした貧乏人が
やむにやまれず盗みを働くことを、
いったい誰が
しかし、
世界はそんな貧乏人を見殺しにし、
搾取することを止めようとはしない。
満ち足りて、
礼節も栄辱も知るはずの
弱者の
弱肉強食のこの世界で、
獣のように這いまわる俺たちは、
獣のようにやせ細って死ぬか、
獣のように戦って死ぬしかない。
獣になるしかないのなら、
誰にも負けない獣になるしかない。
だから俺は虎になった。
◇ ◆ ◇
制服に袖を通すと、レイリアは長い髪を縛り上げた。
脱色した髪から、赤い地毛がのぞく。
また
今更、この赤毛に気づかれたところでなんの不都合があろう。
今日でこことはおさらばだった。
赤い瞳には黒いカラーコンタクトを入れる。
赤目の赤毛。
エスティやギーメルと同じだった。
ドアを開け出かけようとし、ふと一年間過ごした自室を振り返る。
空になったベッドにはヘイムダルはいない。ぬくもりだけを残して昨晩のうちに出て行ってしまった。
この一年間は楽しかった。
幼少期にスラムで
「まるで普通の女の子みたい」
思わず出た言葉があまりにも少女趣味であることに驚いた。
「まったく、ガラじゃねぇな」
◇ ◆ ◇
アルテア戦争以降、野盗たちが各地に出没し、荒野の住人を苦しめた。軍隊崩れの野盗たちの中には機動兵器ドレスビーストをも所持しているものもいた。そんな野盗たちに民間人が対抗できるはずもない。
人手不足のセンチュリア軍は、
人々は自衛のため、やはり軍隊崩れの兵士たちを雇い、自警団を作った。
そうして生まれた自警団を持つ集落に、周辺の人々は集まり、やがて小さな自治組織となるものもあった。
人口が増え、戦力は増強されると軍閥となり、センチュリア非公認の軍閥政府がいくつも生まれた。そして統合、離散を繰り返し軍閥政府は事実上の自治国家となっていった。
大きな軍閥政府は、その後ろに巨大な背景勢力を持っている。
最大のテロリスト勢力「アルテア同盟」。
旧トリスタン王国の残党「トリスタン騎士団領」。
そして「センチュリア神聖共和国」。
そうした背景勢力の代理戦争として、
戦争が無いと公言するセンチュリア政府だが、それはあくまでも
そんな
「その軍閥を解体し、帰順させよというのがセンチュリアの言い分だな。」
ダンはセンチュリアの意図を代弁した。
近年、センチュリアは巨大化する軍閥組織を帰順させ、その自治を認める政策を立てた。応じなければ武力制圧も辞さない。
「そうやって帰順させた地区からはたくさんの税金を取るんでしょ?」
エスティが嘆息した。
いったい、どちらが野盗だというのか。
「そりゃあそうだ。納税は国民の義務だからな」
大きながなり声と共にギラードが入ってきた。
エスティ、パティ、ダンはコックピットルーム横の控室で出撃を待っていた。
今日の戦いは長くなる。コックピットルームに入ってしまえばいつ出られるか分からない。
「もうすぐ第一陣の第七特騎とミネルヴァが出撃するぞ。お前達もドレスのチェックに入れ」
「え?ミネルヴァ先生、第一陣なんですか?」
今回の作戦は第一陣は第七特騎、第二陣に第四特騎とセンチュリア本隊、そして第三陣が第一特騎という布陣だった。
最初の二陣で露払いをして、第一特騎に花を持たせる作戦である。
ダン
第四特騎に出撃命令がかかったのは『ユニコーン』とミネルヴァが欲しかったからだ。
戦力的に考えれば第四特騎は必要ないのであるが、敵の統領パイフーリーのドレスは
したがって、ミネルヴァの第一陣は最初から決定事項であった。
今ある戦力を最大限に使おうとしている。センチュリア軍も本気なのだ。
控室を出るとコックピットルームへと向かう第七特騎とすれ違った。
先頭のレイリアと目が合う。
レイリアは口の端で笑うとすぐに目の前を向いた。厳しい瞳は今日の決戦の決意からなのであろう。
後ろのヒナが小さく手を振ると「またね~」とのんきな挨拶をする。
エスティとパティも笑顔で返した。
――また明日ね。
中庭の約束を思い出し、エスティの足取りは軽くなった。
◇ ◆ ◇
コックピットルームに入り、いよいよ出撃準備に入った。
狭苦しいコックピットに入ると戦闘への興奮からなのか鼓動が少しずつ早くなる。
大丈夫だ。
落ち着けエスティ。
今回の敵は強敵だったが、味方も多い。
センチュリア本隊。
『ユニコーン』とミネルヴァ。
白薔薇のレイリア。
そしていけ好かないが『オルトロス』とイマムラ・チヒロ。
自分の出番なんてきっとない。
きっと自分は戦わなくていい……。
(あれ……?)
そこまで思索して、自分が戦うことを恐れていることに気づく。
無意識に手の匂いを嗅ぐ。
大丈夫、血の匂いはしない。
落ち着いて『ディケッツェン』を起動させる。
エスティの大脳新皮質が少しずつ『ディケッツェン』の基底核部を制御し始めた。
鼓動はまだ早い。
「エスティ……」
「何?ダン……」
心配そうにこちらを見るダンに作り笑いをする。
おかしい、胸がドキドキする。
「顔色が悪いぞ。大丈夫なのか?」
サクラバ・ビクトルとの試合の後から、ダンは『ディケッツェン』に乗るのを酷く嫌がっていた。できるだけ、ドレスから遠ざけようとしていた。きっと自分を心配してくれているのだ。
でも、乗らないと除籍になってしまう。
「久しぶりの実戦で緊張しているけど、大丈夫!平気よ」
エスティは強がりを言った。
しかしダンは静かに首を振った。
「エスティ。『ディケッツェン』はそう言ってないよ」
瞬間、『ディケッツェン』の起動出力が低下した。
「……あれ?」
突然、動かなくなった『ディケッツェン』にエスティは茫然自失となる。
「どうした!?エスティ!」
ギラードの声が鼓膜に響くが、それもどこか遠くに聞こえる。
「……す、すいません!すぐに!」
ざわつく胸を押さえ込み『ディケッツェン』を再起動させる。しかし、今度はピクリとも動かない。
「なんで……?」
こんなことは初めてだ。
『ディケッツェン』が動かない!
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