第十四話 また明日ね②

 起動しない『ディケッツェン』を見上げながら、ギラードはスキンヘッドの頭を抱えた。


「分からん。何故動かん?」


 赤く塗り上げた『ディケッツェン』は、ギラードのことなど意に介さぬかのように沈黙している。


 作業を進めていたラゥリンがコックピットからひょっこりと顔を出した。


「ダメです。動きません。」


 ギラードのタブレットが『ディケッツェン』の状態をモニターしているが、なんの反応も示さない。


 『ディケッツェン』は動かない。


「やはりシリウスを連れてくるべきだったな」


 ギラードはぼやいた。


 しかし、それは無理な話であった。


 現在、シリウスは『グリンブルスティ』の研究レポートを作成していた。そのレポートを作らなくてはアオバを手元に置いている根拠が無くなってしまう。

 公私混同もはなはだしいが、それでもシリウスの頭脳はセンチュリアにとって余人よじんを持ってえがたい貴重な存在である。

 怠惰で飽き性のシリウスが仕事をしてくれているだけでも、センチュリア軍にとってアオバの価値はあった。


 ギラードはそんなシリウスが嫌いであった。シリウスだけではない。自分の思い通りにならないモノはみんな嫌いだった。


 まるで駄々をこねるように言うことをきかない『ディケッツェン』を睨みつける。


 なぜ、どいつもこいつも俺の邪魔ばかりするのか。ギラードは苛ついていた。


 唸るギラードの隣には、顔を伏せたエスティがいた。


 パイプ椅子の上で体操座りのまま、居心地悪そうに、すまなそうに、『ディケッツェン』を見上げては再び顔を伏せる。


「やはり機体に異常は見つかりません。これ以上は僕ではなんとも……」


 コックピットからい出てきたラゥリンの報告にギラードは声を荒げた。


「そんな馬鹿なことがあるか!ファイヤリングシークエンスも滅茶苦茶だし、エフェレットコピーだって全く回ってこないんだぞ!?」


 ファイヤリングシークエンスは、第一次運動野から生まれた脳波から運動パターンを演算し、最適の運動順序を選択するシステムである。

 対してエフェレットコピーはドレスからのフィードバックをエスティに伝え、命令と実行の齟齬そごを評価するシステムである。


 つまり、エスティの指令を『ディケッツェン』は遂行すいこうできない。

 そして、『ディケッツェン』からの情報がエスティに回ってこない。


 エスティと『ディケッツェン』がまるきり共振できていないのである。


「おかしいだろ!エスティと『ディケッツェン』の共振率は異常なくらい高かったんだぞ?」


 天をあおぐギラードの隣でエスティがぽつりとつぶやいた。


「まるで、私を拒んでいるみたい……」


 膝を抱えたまま、目だけを恐る恐る出す。


「ドレスが!?ありえん!」

「有り得なくはないですよ?ドレスが拒む。あるいは恐れる。十分に考えられます。」

「貴様までシリウスのようなことを……」


 ラゥリンの反論にギラードは「気に入らん」と腕組をする。


「ドレスは兵器だぞ!?戦いを恐れたり、拒んだりなどするものか。」


 荒い言葉にエスティもラゥリンも口をつぐんだ。


 ギラードはじろりとエスティに視線を落とした。


「エスティ、お前なんじゃないのか?」

「え……!?」

「お前が戦いを恐れ、『ディケッツェン』を拒んでいるんじゃないか?」


 確かに、エスティの心には戦いを恐れる気持ちがあった。

 心中を見抜かれたようでエスティはギラードから視線を外せなくなった。


「第四特騎!出動準備まだですか……」


 センチュリア本隊の現役軍人がギラードに声をかける。

 ギラードの視線の鋭さに、その声はしりすぼみになった。


「分かっておる!一機整備不良で出撃できん!報告しておけ!」


 ギラードの怒号がドック全体に響き渡る。『シュヴァルツカッツェ』のダンと『ギラッフェ』のパティも心配そうに顔を出した。


 伝令の軍人は青い顔で、「は!」と敬礼をすると走り去った。


「エステリア二等騎士!」

「は、はい!」


 反射的に立ち上がり直立不動の姿勢を取る。


「貴様、作戦終了まで自室での待機を命ずる!」


 それだけ言うとギラードは去っていった。


 第二陣の出撃が始まっても、エスティはその場に立ち尽くしていた。



  ◇  ◆  ◇



「このまま出撃するぞ!」


 不機嫌なギラードにパティは肩をすくめ、ダンは眉をひそめた。


「あの……エスティさんは……?」

「知らん!ドレスが動かないのでは連れてはいけん!」


 ギラードは怒りに任せ、センチユリア本隊に出撃準備完了を伝えた。


「エステリア二等騎士『ディケッツェン』は整備不良のため出撃は見合わせる」


 ギラードの報告にあちこちから舌打ちが聞こえる。


 学生に出撃を待たされた挙句のことだ。無理はない。


「あらあら?ご自慢の『赤き竜レッドドラゴン』はお留守番かしら?」

「乗れないドレスを持ってくるなよ」


 ダンとパティに第一特騎からの入電が入る。

 不敵な笑みでモニターを一杯にして嫌味を言ってきた。


 俯くパティに対し、ダンは無表情で興味無さげに無視を続ける。


 反応の無いダンに、イマムラ・チヒロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「お前達のような浮ついた学生のせいで、センチュリア本隊からと侮られるのだ。エステリア二等騎士の穴はお前らが埋めろよ」


 父親譲りの低い声で怒りをぶつけてくる。


「そ、そんなの!」

「パティ……」


 怯えながらも反論しようとするパティをダンはいさめた。

 ようやく立場を理解したかと、チヒロが満足げにダンを見下す。


「大丈夫ですよ。今回はじゃないんだ」


 今まで見たこともないダンの愛想笑いと敬語にチヒロは満足げに頷く。


「貴男方が手柄を立てられるようにきちんと敵を弱らせておきます。ご安心ください。であることはちゃんと心得ております」


 不敵なダンに第一特騎全員が怒りに蒼ざめた。


「貴様……!」

「では、出撃いたします。露払い、しっかりと務めさせていただきますよ。後からごゆっくり……そのご立派な『オルトロス』でね」


 ダンは無表情に戻ると冷たい視線を叩きつけた。



  ◇  ◆  ◇



 ダン達が前線に到着すると、先に出撃していた第七特騎『シュトゥールテ』部隊は荒野の風を受け、綺麗に居並んでいた。


 目の前には木をり出して作った丸太棒のバリケードが数十キロに渡って組まれている。

 こんな貧相なバリケードなど、ドレスビーストの前では石ころ程の足止めにもなるまい。


 あのバリケードはホーライ地区に住む人々の主張であった。


――これから先は我らが領土である。

  進むのであれば覚悟せよ。


 ということだ。


 バリケードを挟んで向こうの丘では『ティーゲル』部隊がこちらを見下ろしている。


 ドレス同士が静かに向き合い、決戦の時を待っていた。


「しかけてきませんね」


 パティが呟く。


「何か狙っているのか?しかし、時間稼ぎならこちらも助かる」


 ギラードが口元に手を宛てて唸る。


 大軍勢のデメリットはその足回りの悪さだ。小さい軍と比べて大きな軍は移動に時間がかかる。第一、二、三陣と分けて移動せねばならないこちらにとって、第三陣の到着が待てるのは助かることだ。


「第二陣の布陣が完了しだい、こちらから仕掛けるか?」


 ミネルヴァの言葉にギラードは渋い顔をした。


「第三陣を待ってからでも構わんだろう。時間をかけて不利になることはない」

「それは、相手も分かっているはずなのだが……何故仕掛けてこない?」


 焦れるミネルヴァに、ギラードはなおも渋った。


 第三陣にはイマムラ・チヒロがいる。

 彼がたどり着く前に戦闘が終わってしまうのはいかにもまずい。


「あれ?なんの音だろう?」


 パティが呟いた。


 皆が息をひそめて、状況を見守る中、パティの呟きがやけに大きく響き渡った。

 パティは慌てて自分の口を押える。


「どうした?パティ」


 ミネルヴァがただした。


 パティのドレス『ギラッフェ』は足から振動を感知する。

 耳のいいパティには最高のドレスだった。


「ホ、ホ、ホーライ地区のドレスは『ティーゲル』タイプだと聞いていましたので、『ヘングスト』の駆動音に驚いただけです……すいません」

「『ヘングスト』の?」


 味方機はギラードとセンチュリア本隊のドレスが『ヘングスト』である。

 しかし、パティが敵と味方の駆動音を間違えるとは、到底思えない。


「パイフーリーか?」


 ギラードの言葉にもパティは首を傾げた。


 パイフーリーのドレスは白い『ティーゲル』タイプと聞いている。しかし、この駆動音は『ヘングスト』タイプだ。


「一機ぐらい『ヘングスト』が混じっているのではないか?」

「でも変なんです。同じドレスから駆動音が二重に重なって聞こえます。こんなの聞いたことありません」


 パティのデータから正体不明のドレスを探す。


 ふと、ミネルヴァの目が止まった。


「ギラード……すぐに進軍だ」

「どうした?ミネルヴァ」


 冷静沈着なミネルヴァの声が上ずっている。

 その視線の先には……。


「『ヘングスト』……いや。あれは!?」


 『ティーゲル』部隊の中に一機だけ『ヘングスト』がいる。

 しかし、ただの『ヘングスト』ではなかった。


 その『ヘングスト』には、足が八本もあったのだ。


「八本脚の『ヘングスト』……あれは『スレイプニル』だ!」


 ギラードの言葉を受け全軍に衝撃が走った。


 同時に、凄まじい確率変動反応が起った。


「やれやれ、見つかってしまったね」


 突然、回線が開かれると、涼やかな男の声が響き渡った。


「しかし、四十機余りのドレスの中から『スレイプニル』の駆動音を聞き分けるとは、凄いパイロットがいるものだな」


 600番台シックスナンバーズ『スレイプニル』。

 『ヘングスト』タイプの最高傑作といわれる機体である。


 八本脚という異形の姿で知られるが、なによりも、その搭乗者で名を馳せていた。


「貴様か……ヘイムダル・メイヤース!」


 ミネルヴァの叫びにヘイムダルは小気味よく笑った。


「さあ、センチュリアの諸君。戦争の時間だ」


 ヘイムダルの声は不気味な程に優しい音色となって、ミネルヴァの耳をくすぐった。




 

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