第2話 魔女のせいだ

『今日の正午、最高裁において――』

 流れたのはとある連続殺人事件のニュース。

 一六年前、児童四人が誘拐され無惨にも惨殺された痛ましい事件。

 犯人は警察の尽力にて五人目の犠牲者が出る寸前で逮捕される。

 その後、裁判にて情状酌量もなく死刑確実と言われていた。

 だが被告の一言で裁判は長期化する。

「無罪判決ね。この裁判の裁判官はとっとと司法の世界から足を洗うべきだろうね」

 殺害に使用した刃物と証言通りの場所から児童の遺体が発見されようと判決は無罪。

 無期懲役ではない。

 精神鑑定も異常性がないことが確認され、責任能力はあると結論づけられようと法律では考えられない判決内容だった。

「魔女に操られ、殺したくないのに殺してしまったとか、なんだいそれ」

 魔女――この言葉に太一はハタキの手を止めてしまった。

「被害児童は魔女の生け贄にされ、被告はその走狗とされた……か」

 裁判を長期化させた原因であった。

「それで遺族は納得するんですか?」

「するんじゃないの? ほれ、現にしてるし」

 テレビでは遺族の代理人を勤める弁護士が遺族の私記を読み上げている。

 内容は被告に対する同情と魔女に対する憤りだ。

 魔女の支配から一日も早い解放を祈っていますとの締め括りが太一は異常だと思った。

「まあ魔女の支配から解放されたと証明できない以上、あの男の生涯は二四時間監視付きの隔離施設だね。死刑はないけど無期懲役でもない。ある意味、この国にない終身刑だ。ぽっくり死刑になったほうが楽だったんじゃないの?」

 ケラケラ笑う店主はボリボリと他人事のようにスナック菓子を食べている。

「死刑逃れじゃないか」

 魔女を添えただけで生き永らえるなど卑劣だと憤りが太一の肺腑の中で渦巻いていた。

「少年はどう思う?」

 主語がなくとも太一は問いの意味に気づいていた。

「怖くて、恐ろしい……それしか言い表せません」

「だろうね。魔女、と聞けば誰だってそう答えるし、そうとしか答えられない」

 魔女とは有史以来、世界を蝕み、理不尽極まる人型災害の代名詞である。

 この世界における戦争とは魔女に操られた者同士が行う国家レベルの殺し合いであり、この世界における天災とは魔女により引き起こされた災厄である。

 魔女は一言で理不尽と不条理の塊だ。


 火のないところに大火を起こすなど序の口。

 地下空間に隕石を降らす。

 清流を猛毒に侵す

 灼熱砂漠を大雪原に変える。

 活火山を永久凍土とする。

 海のない内陸部で海水の大津波を起こす。


 人々の心身を操り戦争を引き起こすのもまた魔女の仕業。

 第一次世界大戦を引き起こしたのも魔女が放った一発の銃弾。

 第二次世界大戦末期、廣島ヒロシマ永崎ナガサキを焼き尽くしたのも魔女が落とした爆弾。


 例を挙げるだけできりがない。

 すべてが物理法則を無視した超常現象――魔法なる力が起こした災いであった。

 だから、誰もが不可解なこと、不条理な現象に対して口を揃える。


 と。


「あと確かにいえるのは、何故、魔女は人型、それも一〇代の少女の姿を模しているのか、何故、破壊活動を行うのか、理由は今現在でも不明のままだ」

 太一は専門家でもないため口をつぐむ。

 ただ知識はなくとも魔女の恐ろしさは身を持って知っている。

 知っているが一つの違和感が残り続けていた。

「そういや、少年は灯京大火の被災者だったね」

 一〇年前に首都、灯京を襲った魔女災害――灯京大火。

 この国の首都である灯京の三分の二を焼き尽くし、死者三万五二八人、行方不明者八四九二人の人的被害を叩き出した大災害。

 魔女により生み出された火は水や消火剤で消えることなく被害を拡大させる。

 耐火性に優れた建造物さえ焼き尽くしては二〇時間後、自然鎮火した。

 国際社会の援助もあってか、災害から二年をかけることなく復興を果たそうと一〇年経った今現在でも灯京大火は被災者の記憶に深く食い込んでいた。

「魔女災害は世界各地で起こっている。それも一〇年に一度の割合でだ。だから誰もが人命を奪う魔女を恐れ、同時に怒りを抱いている。理不尽に対して怒るのは人間だからね」

 文明を発展させようと魔女が起こす災害を打破できた例はない。

 戦車だろうとミサイルだろうと魔女には一切通用しない。

 物理法則から次元の離れた存在――それが魔女だからだ。

「だけど、あの時の魔女は泣いていた……」

 か細く太一は呟いた。

「ん~? なんか言った~?」

「いいえ、なにも」

 平静を装いながら太一は何食わぬ顔で返す。

 幸いにもはっきりと聞かれなかった。

 一〇年前の記憶は焼き付き、消えずに残っている。

 あの時、幼馴染みを背負って逃げ惑う中、目撃したの姿もまた記憶から消えていない。

 悲しそうな、失われたことに悼む涙顔だったのは忘れない。

 だが、太一はこの目撃情報を誰一人として言ったことはなかった。

 誰かに言えばその身が炎に焼き焦がされる呪いを魔女にかけられたわけではない。

 他人に言うべきではないと幼きながら直感しただけだ。

(……あれ? 何で僕は、あの女の人が魔女だって分かったんだ?)

 一〇年経った今、突然の疑問が芽生える。

 ふと窓辺越しの視線を感じて振り返るも窓ガラスに反射した太一の顔だった。

「はい、もしも~し~も~」

 黒い卓上電話が鳴らす呼び鈴が太一の意識を引き寄せる。

 スナック菓子を摘んでいた手で店主は躊躇なく受話器を掴んだ瞬間、抱く疑問は吹き飛んだ。

 あの黒い電話は一昔前の固定電話。

 携帯電話が普及した現在において骨董品とされる品であり、当然のこと、この黒い電話も売り物である。

 今現在でも使用可能だと証明するために店内使用の電話として使用されている。

 売り物なのだからもう少し気を使って扱って欲しい。

 黒光りするまで丹念に磨いた太一として痛い光景だ。

「ふむっ」

 太一は親しげに通話する店主を横目に軽く嘆息する。

 黒電話について思うことがあるからだ。

「昔の人ってよくもまあ、あんな使い方のわかりにくい電話で番号を入力できたもんだな」

 電話番号を入力するには、まず最初に受話器を持ち、円盤の穴より覗く数字の描かれた箇所に指を差し入れて右へと回す。

 指を離して円盤が元の位置に自動で戻れば次なる数字の穴に指を入れて回す。

 戻して回して戻して回しの繰り返し。

 もし番号を間違えたならば、ピアノの白い鍵盤のような部位を押してリセットすればいい。

 タッチパネルでなければ留守番電話やGPS、メール、アプリすらもない。

 受話器と本体がコードで繋がっているから取り回しが悪く、持ち歩けない。

 通話しか行えない電話で昔の人は情報のやりとりができたものだと不思議に思う。

 敢えて長所をいうならばコードから電力が供給されるため、スマートフォンと異なりバッテリー残量を気にしなくて良い点だろう。

「あ~前言ってたあれね。はいはい、あ~まああるにはあるけど、あい、わかった。うちのバイトに探させておく、お値段はこっちのいい値の即決、そしてニコニコ現金払い、OK? よし商談成立。引き取りは明日の正午。札束持って来店しな」

 店主は電話を終え、受話器を黒い本体へと戻していた。

 この店ではキャッシュカードの使用を拒否している。

 不可ではなく拒否である。

 理由は黒字倒産を防ぐためだと太一は教えられた。

 高額なアンティークを購入するのに買い手としてキャッシュカードは便利であるが、売り手に利益が入るのに一定の期間を必要とする。

 何であろうと商売は自転車操業。

 新たな利益を得るために商品を仕入れたくとも運営に回すための利益が手元にない。

 だからこそ、自己資金を営業資金に回すことで営業を続ける。

 自己資金で賄おうと経費に食い潰された結果、資金繰りが悪化して倒産する。

 これが黒字なのに倒産する仕組みである。

 キャッシュカードが使えない不便さに客足は遠のくはずだが、確実に利益を得ている辺り南良夏杏の商才は本物であった。

「というわけで少年。ちぃと地下の倉庫から今からいう品、引っ張り出してきて」

 この店には地下室がある。

 主に商品――それも千万や億単位を越える品が防犯の建前から保管されている。

 何度か降りて品を出し入れしたことがあるも、古ぼけた茶碗が億単位であると知った時の衝撃は今でも忘れられない。

 思わず手から落としかけたのは店主に内緒である。

「これとこれとこれね」

 夏杏はペンを走らせて記したメモを太一に渡す。

 掃除と整理は太一の手で行き届いているため指名された品の発見は容易かった。

「後でいいから、この机も掃除しといてね」

 汚した当人に太一は不思議と腹が立たなかった。

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