第35話 愉悦ータギリ
「コクーン08、応答してください! コクーン08!」
「コクーン08は現在、確保対象と殲滅対象を追跡中。また火器の使用により警察側に甚大な被害が出ています!」
作戦指令室は情報で錯綜していた。
コクーン08がコクーン05を襲撃し、OSGを強奪。
次に篝太一確保のため連携していた警察組織に対して発砲を行った。
警察組織から抗議の通信が鳴り止まず、状況を知った政治家まで割り込んでくる始末。
不幸中の幸いは重軽傷者多数だろうと死者がいない点だ。
「倒錯したのか、蔵色一曹!」
高遠は困惑する。
通信で呼びかけようと遮断しているのか、一切応じる気配がない。
確かに<M.M.>に所属する者の多くが魔女災害の被災者だ。
魔女に対する恨みや憎しみを持っているのは否定しないが、錯乱や暴走を起こさぬようメンタルトレーニングとカウンセリングを続けてきた。
特に蔵色優衣は内に怒りと憎しみを秘めながらも強い精神力で打ち勝ってきた。
年若いながらOSGの操縦技術も相まって部隊内では優良な兵士、のはずだ。
「いったい、なにがあった?」
疑念が尽きない。
通信記録を解析しようと、異常性は見受けられない。
変貌したとされる予測地点は篝家。
確保対象の実家だ。
コクーン05の証言では縛られていた蔵色一曹を救出した直後、背後から縄状のもので意識を奪われたとされている。
「私だ」
篝家を調査していた兵士から通信が入る。
現場の遺留物により蔵色一曹は何者かと交戦した。
発砲の痕跡すらあり、畳の上には分解された拳銃が散らばっていたとの報告だった。
魔法の使用痕跡が一切ないことから相手が誰なのかは容易だ。
「篝太一は本当にただの高校生なのか?」
調査によれば篝太一は、成績B+、運動B、目立った問題行動なし、部活動に所属しておらず放課後はアルバイトをしている。
収集した情報によれば店主の洋画鑑賞につきあわされていた。
銃火器やバイクの知識を洋画から得たとしても、知識だけで行動できる範疇を超えている。
魔女のせい、と付け加えれば矛盾はないも、彼に抱く疑念がそうだとは結論に至らせない。
「商業施設からの離脱、蔵色一曹の拘束、加えて今では盗んだバイクの運転……」
現在進行形で攻撃するOSGから逃走を続けるなど、二次創作のような展開を起こしている。
「生身でOSGをぶっ飛ばしでもすれば笑うしかないぞ」
自嘲しながら高遠はあり得ぬと苦笑した。
「現場に一番近いのは誰だ?」
「該当地点より近いのはコクーン01と03です」
「よし、01と03に伝達。コクーン08を拘束せよ。抵抗するのなら機体の四肢を破壊しても構わん」
OSGは魔女に対する貴重な戦力であるが、下手をすればそれ以上の戦力が失われる。
損得の物差しで判断した結果だった。
「どう足掻いても犠牲をゼロになどできん。だからといって自らが犠牲を生み出す存在に堕ちるなど言語道断だ」
街灯照らす道路を一機のOSGが闊歩する。
各種センサーを光らせようと、立ち並ぶ家々に民間人の反応はなく、ただ一キロ西に離れた地点に僚機の反応があるだけだ。
「こちらコクーン03。作戦司令室、応答せよ」
コクーン03のコールサインを持つ操縦士は幾度と無く通信を試みた。
「応答……ちぃ、またトラブルか」
作戦前に通信システムの不調があろうと整備兵は短い時間で修理したはずだ。
エラー検索をしようとハードウェア、ソフトウェア共々原因が判明しない。
「いっそのこと、公衆電話からかけてみるか?」
無線通信が繋がらぬ以上、有線通信を試みる。
ただし、問題なのは携帯電話という無線通信機器が普及したことで、件の公衆電話の設置数が減少傾向にあることだった。
「駅方面に行けばあるかもしれないな」
鋼鉄の脚で一歩踏み出した瞬間、失念だと痛感する。
「確か、死んだ爺さんが公衆電話は硬貨しか使えないと言ってたな……」
自動販売機のような紙幣投入口がなく、一〇や一〇〇の硬貨しか使えないとも。
「あ、カードで電話が使えるみたいだし、クレジットカードでも大丈夫だろう」
よくよく考えれば、OSGの操縦にクレジットカードは必要ない。
貴重品は全て駐屯基地の個人ロッカーの中だ。
「結局、降り出しに戻るか」
作戦司令室への通信が回復しないため独自の判断で行動するしかなかった。
ただし、魔女に関わらぬ限り、人命及び建造物に危害を与えてはならぬと交戦規定にて定められていた。
「仕方がない。通信可能域まで移動するしかない」
誰かを拘束しろ――までは聞き取ることができた。
だが、次なる命令は通信障害のせいで聞き取れなかった。
篝太一確保より優先すべき事柄が起こったのは確かだ。
「通信障害未クリア、各駆動系稼働良好、バッテリー残量九五%、センサー反応なし」
眼前に表示される各データを逐一確認する。
「敵影なし」
アスファルトの道路を全長二、五メートルの機械の鎧が闊歩する。
「不気味なものだ」
ほんの数十時間前まで住人が生活していただろう家屋、道路を行き交う車、買い物で賑わう商店。それが魔女一人出現だけでなにもかも一変した。
「反応あり。だが……」
ゴーストタウンと化したベッドタウンに人間の反応を捉えるも、火事場泥棒ときた。
腐っていると何度吐き捨てたことか。
魔女の恐怖を知りながらも、己の欲を優先させる性根は称賛に値すると同時に殺意を抱かせる。
「警察の仕事だ」
センサーが民家内に人間の反応を捉えるもコクーン03は鎧内部でため息しか出さない。
OSGには魔女を捕捉するセンサーが標準装備されている。
人間だと判別したのはセンサーが人間だと識別したからだ。
メインカメラの倍率を変更、望遠モードに切り替える。
「ん? 子供?」
コクーン01の機影を視認した03は背後を尾行する子供の姿を捉えた。
外見は10歳程度で、赤い衣服を着ている。
性別はどうやら女の子のようだ。
「こんな時間に子供だと?」
センサーでは人間だと識別結果が出ている。
親に取り残された可能性が高いと判断。
保護すべきだと01にレーザー通信を送らんとするも、民家の陰に隠れたため送信できずにいた。
「あいつ、また魔女捕捉センサー以外切っているな」
コクーン01は魔女だけを見つけ出せれば良いとシステム負荷軽減を理由に魔女を捕捉するセンサー以外カットする癖がある。
操縦の腕は蔵色一曹と並ぶというのに、省エネ思考の癖がOSGの性能を殺している。
だからこそ背後に子供がいようと気づくことがない。
「仕方ない」
文字通り足を運んで指摘する及び保護するのが妥当だろう。
メインカメラに子供が映ったのは移動しかけた時だ。
「ばあ!」
正面メインスクリーンに子供の顔が大写しとなる。
突発的な事態にコクーン03は驚き、OSGを半歩下がらせてしまう。
「ど、どこから!」
センサーに目を走らせようと一切の反応がない。
まさか、魔女との怖気と緊張が同時に貫き走る。
「こいつ!」
ただの子供程度で済めば御の字だが、本能が違うと告げる。
右腰部ウェポンラックからアーミーナイフを抜き取った。
このアーミーナイフの刀身は高周波振動で切断力を増幅している。
左から右にと一文字に薙ぎ払おうと、無残にも空を切った。
「警告するわ。振り返らないほうがいいわよ~」
ヘッドセット内臓通信機から、のほほんとした子供の声が届く。
一瞬で膨れ上がった緊張により神経が過敏となり、装甲越しに気配を把握できる。
子供はすぐ背後にいる。
なにかを行おうとしている。
「振り返るなと言って振り返らぬ奴がいるか!」
子供の甘言だと聞く耳を持たなかった。
背後に立つ子供に刃先を突き立てんとコクーン03は振り返る。
「あら、そう」
メインカメラが赤い衣の少女の素っ気ない表情を捉える。
センサーが緊急アラートを鳴らす。
パターン黒――魔女反応を確認。
今の今まで沈黙を保っていたセンサーが反応した。
「さ、作戦司令部、応答しろ! 魔女だ! 別の魔女が!」
「あ~無理無理、無駄無駄。遠くの人とお話しなんてできないようにしているわよ」
鼻歌交じりで赤い衣の少女はほくそ笑む。
「電波を介している以上、電波そのものを遮れば容易いこと。これから血塗れの殺戮ショーが始まるのよ。悪いんだけど、台本にない役者は舞台から蹴り落させてもらうわ」
コクーン03はアーミーナイフを赤い衣の少女に突き刺した。
刀身は少女の身体に吸い込まれるように中程まで埋もれていた。
「やった――なに!」
右手からアーミーナイフを握る感触が消える。
「そんなちゃちな刃物で殺そうとするなんて人間は愚かね。まあ、そういう愚かさは好きよ。無駄な努力は見ていて面白いもの」
特殊合金製の刀身が無数の結晶となって崩れ落ちている。
「
唱えるなりOSGの目から光が消え、力なく擱座する。
ただ停止するだけでは終わらず、鋼鉄の四肢から無数の結晶が溢れ出した。
「な、なんだ、こ、これ、う、うあああああああああああああああっ!」
コクーン03は中に溢れる白い結晶に絶叫する。
メインモニターが、モーターが、シリンダーが、OSGを構築するあらゆる部品が白き結晶へと変貌していく。
人型の機械であったOSGは一分と経たずして一本の柱となっていた。
「サービスして、石の中にいる~じゃなくって塩の中にいる~にしたから、死にはしないわよ。死にはね……くすくすくす」
人間を消すのは容易い。
容易いが消しすぎれば楽しみを消す自殺行為だ。
「さ~て、もう一つ柱作って、ステージに行きますか」
これから楽しい楽しい殺戮ショーが開始される。
今まだ主演がステージまでたどり着いてないが、時間の問題だ。
「本当に適応率高いわね。あの人間」
この私に一矢報いただけあるようだ、と感嘆する。
離れた地点ではOSGの追跡を受けるオフロードバイクが攻撃を掻い潜りながら走行していた。
「さてと、そこのコンビニからコーラとポテチでも貰いますか」
遠くから爆発の炎が舞い上がり、男女の悲鳴が風に乗って少女の耳朶を震わせた。
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