第27話 魔女を識別するゲート
灯京大火の再来だと灯京に住まう人々は魔女出現に恐怖した。
焼け野原となろうと復興を果たした灯京がまたしても魔女に侵される。
人々の反応は様々であった。
魔女に家族を焼き殺された恨みを晴らさんと誓う者。
魔女に恐怖し一目散に首都から逃げ出さんとする者。
家族を守るため行動を起こす者。
人の数だけ行動があり、魔女に対する感情があった。
世の中には、流れ、というものがある。
運気の流れ、風の流れ、物流の流れ、金の流れ。
流れに乗ることができれば良し。それが望む形ならばなおのこと。
けれども、図らずとも流れに乗ってしまおうならば、そこから抜け出すのに苦戦を強いられる。
現に今、太一は人の流れに望まずして巻き込まれ、抜け出すのに難儀していた。
(不味い、非常に不味い!)
不安な顔をした未那を抱きかかえる太一は脇の下に冷や汗を流していた。
(どうしてこうなった……――なんて自問するのは野暮だ)
自問しようとすでに解答は得ている。
理由は単純、勢いをもってバイト先の<レンカ>から飛び出した太一は未那を抱きかかえて身をくらまそうとした。
身を隠せるなら場所は問わない。
けれども都内には多くの住人がいる。
学校や公民館などが一時避難所及び都外への脱出口となっていた。
誰もが均等に並んでは臨時バスが来るのを待ち構えている。
各方々から集まってきた人々の流れに押されに押され、太一は商業施設の駐車場、その行列の中にいた。
(あ~OSGまでいる……というか、なんか一機、ジッーとこっち見てるし!)
避難民の警護としてOSGが配置されるのは当然だろう。
見慣れた赤白塗装の救助用ではなく、モスグリーン塗装の軍事用なのは装備品で一目瞭然だ。
銃火器と鞘に納められたナイフが背面にマウントされ、左腕には鉄板のような長方形のシールドを構えている。
ただ、三機いる内の一機が無機質な頭部カメラを太一に向けていた。
「太一……」
不安げな声で未那は太一の顔を見上げている。
大丈夫だと小声で囁く太一だが打開策がないのが現状だった。
(どうする……どう動く、篝太一)
今一度強く太一は自問する。
下手に列から離れ様ならば怪しまれる。
このまま流れに乗って都外へ避難できれば僥倖だろうと現実は上手くいくはずがない。
(あれってまさか……)
横っ腹を開いたバスの前に入場ゲートが設けられている。
空港にある手荷物検査時にくぐるゲートによく似ていた。
ぞわり、と太一の第六感が末端神経にまで怖気を走らせる。
「ねえ、なんでバス乗るのに手荷物検査しないといけないの?」
近くにいた女性が避難民を誘導する女性スタッフに尋ねていた。
「あのゲートは手荷物検査ではなく、魔女であるか、ないかを確かめる装置です」
第六感が当たりを告げ、太一は喉をすぼまらせる。
「普通に潜るだけですから、空港のゲート検査と思ってください」
潜るだけで実害はない。
そうただの人間には――
今、太一が抱きかかえている少女は紛れもなく魔女。
通過しようならば反応する結末が見えに見えている。
「すいません。少しよろしいでしょうか?」
目線を合わせずにいた太一だがスタッフに声をかけられる。
瞬間、心臓が高鳴り、緊張が呼吸を締め上げる。
未那もまた同じであり小刻みに身体を震えさせていた。
「なんでしょうか?」
アルバイト先で仕込まれた素面顔で太一は応対する。
「お連れの方、もしかして足が悪いのでしょうか?」
「え、ええ、右足が動かせないものでして……」
「そうですか、ならこちらには足の不自由な方のために車いすの用意があります。今お持ちいたしますね」
一礼した後、スタッフは列から離れていく。
助かった、と胸をなでおろす。
スタッフが運んできた車いすに未那を降ろそうとする。
幼馴染み一人、何時間も抱きかかえ続けられるほど太一は強くはない。
動きやすく、運びやすい車いすはありがたく、そのまま未那を車いすに降ろした時、ひと時の安らぎすらないと思い知る。
淡い燐光が未那の腕に走るのを目撃した瞬間、太一は慌てて未那の手を掴んでいた。
「ど、どうかされましたか?」
突発的に腕を掴んだのを目撃されたため、スタッフの声には困惑が混じっていた。
なにかしらの不備があったのかと思ったのだろう。
「い、いえ、手、手を握ってないと不安なんですよ、彼女が」
「そ、そうですか」
未那の腕に淡い燐光はない。
このままいけば誤魔化したまま押し切ることができる。
未那も状況を読んでくれたのか、しっかりとその手を震える心で握り返してくれた。
「すいません。うちの子、見かけませんでしたか?」
ふと子持ちらしき女性がスタッフに声をかける。
内容からして子供とはぐれたようだ。
「はい、ええ……――お名前は……年齢は四歳――」
無線機を片手に本部テントと交信するスタッフ。
本部テントから特徴と一致した子は保護されていないと無線機から漏れる。
そのままの流れでスタッフは本部テントへと女性を案内するため太一たちから離れていった。
「危なかった」
心臓が破裂しそうな勢いで鼓動を繰り返す。
緊張感が汗を増やす。
多数の視線が疑心暗鬼を招き寄せてくる。
「未那、大丈夫かい?」
「う、うん、なんとか……」
太一は未那の手を決して離さず、未那もまた太一の手を決して離そうとしない。
傍から見れば不安がる恋人を落ち着かせる光景に映るだろう。
実際、年配の女性と目が合えば微笑ましい視線を向けて会釈してきた。
己の若かりし頃を思い出しているのだろうか。
太一が会釈し返せば旦那と思われる男性と楽しそうに言葉を交わしていた。
「まさか、手を離せば……――」
緊張感で太一の喉が干からびていく。
魔女という言葉を口に出すほど太一は間抜けではなかった。
それは衆人環視の中で爆弾を爆発させるようなもの。
一度火が付けば一瞬でパニックなる形で爆発する。
爆発したならば脱出は困難となるだけでなく、未那は魔女である理由で殺されるはずだ。
誰に殺される――かは思考の外に捨て去った。
「いい、絶対に手を離さないでね」
「分かっているわよ。あんたこそ、無茶しないでよ」
太一が触れている限り未那は魔女にならない。
理由はわからない。
わからないが触れている限り問題ではない。
問題は何故、未那が魔女と化したのか。
原因がわからないことだ。
真相を解明できぬまま列は進み、ゲートを通り抜けた人たちは順次、避難用バスに乗り込んでいく。
ゲートまで目と鼻の先になった時、ゲート側にいたスタッフが太一たちに駆け寄ってきた。
「すいません。ちょっとよろしいですか」
今度は何事かと太一は無意識のまま警戒を抱く。
スタッフは握り合った手を一目確認した後言った。
「不安なのは心中お察し致しますがゲートを通り抜ける際、一人ずつでお願いいたします」
「え……っと、え~っと車いす押しながらじゃダメなの?」
「はい、システムの都合上、二人同時に通りますとエラーが起こるんです」
更なる緊張感が太一の渇きを誘発する。
今手を離せば未那が魔女であるのを暴露することになる。
未那が車いすで移動するのは容易くとも、それ即ち自ら死刑台に昇るのを意味していた。
(どうする……今列を抜ければ怪しまれる。けどそのまま進めば未那をみすみす殺すようなものだ)
思考する。
太一は思考し続ける。
情報を集めろ。
怪しまれずに列から離れる方法を。
未那が魔女だと露見することなく脱出する方法を。
けれども、思いつかない。
たどり着けない。
思考に熱が溜まる。
解を導けぬ窮地が熱を溜め続け、思考を狭めていく。
「次の方、どうぞ」
気づけばゲート前まで列は進んでいた。
スタッフの声に我に返った時、太一は状況の崖っぷちに立たされていた。
「後ろ閊えんだぞ、早くしろ!」
当然のこと、立ち止まっていたため後方の列からヤジが飛ぶ。
背中にゲートを潜れと多数の視線が矢のように刺さり催促する。
心臓が早鐘を打つ。
極度の緊張が喉を干からびさせていく。
思考が一方通行に陥りかけた時、未那が唐突にうめき声を上げた。
「ぐうっ!」
腹部を押さえた未那が車いすの上でうずくまる。
「お、お腹が……」
声を震えさせながら未那は太一に訴えてきた。
「どうしたのですか? 大丈夫ですか!」
スタッフもまた未那の急変に声を上げては駆け寄ってきた。
周囲にいる避難民も視線を避難から困惑に変えている。
「と、トイレ……」
こぼれた声に誰もが白けるのは当然だった。
「早くトイレに運んで、ウ〇チ漏れそう!」
「と、トイレはどこ!」
未那の必死の訴えに血相を変えた太一はスタッフに強く問う。
「あ、あちらです」
指し示すほうに目標点を確認した太一は車いすを押しながらダッシュで列から離脱していく。
「また一から並びなおしすますから!」
太一は背に恥辱の視線を一身に受けようと一時の恥だと開き直った。
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