第7話 鉱石ーデーター
「誰?」
「姫ですけど?」
太一の誰何に銀髪美少女は喜悦に満ちた口調で返す。
「いやいや、姫って、舞浜さんは? でも、この感触は当人で、え? え?」
突発的な出来事に太一の思考はオーバーフローを引き起こす。
彼女の服装はゆるめのTシャツと足にフィットしたスキニーパンツ、スニーカーである。
服装が違うのは着替えたからと百歩譲って仮定したとしても、顔は服のように替えられるものではない。
困った顔を楽しげに浮かべるのは銀髪美少女だ。
「手を離してもらえますか?」
「あ、うん」
握りしめたままの手を太一は呆けた顔で離すのであった。
「まあ、こういうことです」
種も仕掛けもありませんと、言ったような手拍子をした途端、銀髪美少女の容姿が一瞬にして黒髪少女に変わる。
「はい?」
再度呆ける太一を前に黒髪少女は黒縁眼鏡をかけていた。
「あら、あらら?」
黒縁眼鏡をかけたのを束の間、黒髪少女は銀髪美少女に変わってしまった。
「あ~そういうことですか」
一人納得したかのように頷く銀髪少女は黒縁眼鏡をしまうのであった。
時と共に落ち着きを取り戻してきた太一は状況を整理する。
彼女が誰か、その名は、脳内で系統立てた質問を口に出した。
「君は、舞浜さんなの?」
「はい。舞浜瑠璃ですよ」
「けど、君の姿の変わり様、まるでま、ほ、う、え?」
自分で発言した言葉に太一は声を凍てつかせた。
「はい、魔女ですけど?」
証拠と言わんばかり満面な笑みを浮かべる銀髪少女は、シャツをめくって下乳房を太一に見せつける。
「なっ!」
左乳房下にうっすらと発光して浮かぶは線と波線が集った円マーク。
見覚えのある拳サイズの円は、日の光に上書きされそうなほど輝度は薄い。
「未那に浮かんだのと同じ――
瞬間、太一の脳裏に七二の方位が走る。
どの方角か、魔女の名は、何故、太極が修復されたにも関わらず魔女がいるのか。
系統立てていた彼女への質問が魔女たる存在により瓦解する。
「少々特殊な家系ですので」
口端に小さな笑みを宿して銀髪少女は手身近に答えた。
「まあ容姿について言えば認識の阻害ですね。魔女たる力を応用することで周囲に舞浜瑠璃は黒髪黒縁眼鏡の少女であると認識させているんです」
「認識の……阻害」
太一の口より言葉が走ると同時に既視感もまた走る。
魔女、認識と、二つのワードにひっかかる記憶があったからだ。
「ぐっ、た、確か魔女化した少女が世界から存在を忘れ去られるのは、太極が魔女化した少女を守る保護しているからだ」
出の悪い蛇口から水を絞り出すように、定かではない記憶から情報を言葉にしようとする。
「まあ、それの応用みたいなものです。流石は魔女と隣り合う男、ご存じでしたか」
当人を別人と認識させるのも、ある意味では当人の存在を消すと同意だ。
「で、でも、太極の境界は修復を終えたはずだ。なのに、なんで?」
陰と陽の境界が乱れ、再び混沌が現れたのか、太一は顔を強ばらせる。
だからか、第二次灯京大火の際、瑠璃から転送された写真に未那の姿が消えずに残っていた理由を一時忘却してしまう。
「境界については大丈夫ですよ。篝さんと魔女であった未那さんのお二人が修復した陰陽の境界に綻びはありません」
銀髪美少女の発言は、未那が魔女であると知っている口振りだった。
太一の思考は清濁混ざり合い混乱に陥りかける。
「君は誰なんだ?」
姫と名乗った。
名前での意味ではない。
どことなく気品があり、生まれ持った華がある。
とどのつまり、答えは一つしかなかった。
「どこかの国のお姫様なのか?」
ならば、誘拐のターゲットにされた理由に説明が付く。
そして、何故、誘拐犯が軍人であるのかも安易に類推できた。
「いや答えは……この中か」
誘拐、魔女、軍人と、これらのワードを結ぶ答えが持ち物の中にあった。
太一が取り出したのはエナジードリンクの缶。
イベントスタッフに扮した
振ればカラカラと乾いた音が響く。
栓を捻り、缶の中身を手の平に取り出した。
「メモリーカード、それもアダプタつきときた」
太一の持つスマートフォンで読み取るための機器まで付属していた。
「色々聞きたいことがあるけど、人目につかぬ場所まで移動しよう」
銀髪美少女は全てを語らぬと直感したからこそ、太一は移動を提案する。
口から語られるより、データ閲覧が事態把握に適していると判断したからだ。
「では、近くのホテルで朝まで閲覧し明かすのはどうですか?」
「僕はワニみたいに水辺から引きずり込んで女喰う男じゃない! 却下!」
穏やかな声による物騒な提案を、太一は割れんばかりの声で砕け散らせた。
追っ手の再追跡を懸念した太一が選んだ先は、とあるデパートの地下イートインスペースだった。
隠れ潜むならばインターネットカフェが便利であるも、カラオケ同様閉鎖された空間であるからこそ、襲撃を受ければ逃げ道はない。
逆にデパートの類は客入りの利便性を向上させるため、地下道と公共交通機関が繋がっている。
万が一のための保険として蟻の巣のように網羅する地下通路を逃走経路として選んだ結果だった。
「こんな開けた場所で大丈夫なんですか?」
対面してテーブルに座る銀髪美少女が不満を口に出す。
「逆に閉じられた場所だと相手の思うツボだよ」
当然、リスクも承知している。
ただでさえモデル顔負け美貌の銀髪外国人。
基本黒髪の火ノ元人の中にいれば否応にも目立つ。
実際、デパートに入店から着席の今に至るまで、人々の視線を集めている。
中には手にしたスマートフォンで写真を断りなく堂々と撮っている者までいる始末。
物珍しさにSNSに上げるつもりだろうと不快しかない。
「私は別に気にしませんけど?」
当人はさもそよ風に晒されたとしか思っていないのが問題だった。
「あの軍人共にここにいるって教えるもんだよ」
昨今のSNSの情報伝達速度は恐ろしく速い。
誰が、どこで何をしてをしているか、風景やオブジェクト、乗り物のチケットから正確に把握できる。
結果として行き着くのがリアルバレである。
SNS経由でストーカー問題に発展した事例もあり、狙われている身で居場所を晒すのは自殺行為でしかなかった。
「とっとと把握して別のところに移動しよう」
太一はポケットからメモリーカードを取り出せば、アダプタを通してスマートフォンに接続した。
ディスプレイに資料データが展開される。
<バラディニウム採掘事業について>
「採掘事業?」
ニウムとついていること、採掘の文字で鉱石だと気づく。
読み進めれば、火ノ元とセイファン王国が極秘裏に進めている採掘事業だった。
「バラディニウムは今より一〇年前、金の坑道跡深くより発見される。試掘調査によれば埋蔵量はおそよ一〇〇年分。着目すべきはその特性である」
波形やグラフが添付されているが、科学などペーパーテストで点数を取るために学ぶ身あるため、専門用語や数値を理解できるだけの知識など太一にはない。
ただ、既存の鉱石と異なることだけは理解できた。
「この鉱石は核分裂を起こすことで高いエネルギーを抽出できるだけでなく、一定の電圧下において質量軽減の効果を発揮する。加えて懸念される有毒物質は含まれていない完全無公害のクリーンなエネルギーとして期待されている。火ノ元側の算出では、バラディニウム一年分の採掘量で向こう一〇〇年間、国内のエネルギーを賄える計算が出ている……う、嘘だろ」
アニメやSFに出てきそうな夢のエネルギーに太一は感嘆する。
絵空事やドッキリで制作できる資料ではない。
「特に質量軽減の効果は航空機産業に革命をもたらすとされているが、合計重量三五〇トンの旅客機に質量軽減の効果を与えるには一〇トンの鉱石が必要であり対費用効果に問題がある」
質量が軽くなればその分、飛行にかかる燃費を抑えることができる。
重い荷物があるのと、ないとのでは人間、動きが違うのは当然のこと。
「軽減効果は三〇分も維持できず、効果の切れた鉱石は酸化した金属同様重さを増す本末転倒の問題もあった」
効果が割りに合わずともエネルギーにだけ目を向けても、誰もが喉から手が出るほど欲しがるはずだ。
資料には火ノ元一国のみと交渉を行っている。
各国で分け合えばいいと、考えるのは世界を知らぬ子供だからだろう。
「軍事利用の禁止か」
交渉条件の一つとして、鉱石の軍事利用の禁止が明記されている。
高いエネルギーを秘めた鉱石だ。
軍事利用されないと考えるほうがおかしいだろう。
「採掘事業には当初、ヴィランドがイの一番に名乗り出たも、軍事利用に疑念を抱いたセイファン側により拒否、逆に二番手の火ノ元は愚直なまでに守ることからテーブルを用意した」
交渉では何よりも信頼がものを言う。
信頼できぬ者と交渉し契約を結ぶのは、余程のお人好しかバカのどちらかだ。
もしくは騙すより騙されろを地で行く輩か。
「バラディニウムはセイファン王国において災厄の石として語り継がれており、今より二〇〇年前、この鉱石が原因で国土の四分の一を焼く大火が発生した。以後、歴代女王により外に出ることなく封じられてきたが、当代女王の命にてただ封じ続けるのではなく、大火の過ちを繰り返さぬための研究がスタートする」
そして採掘事業こそが今回の騒動の根幹だった。
他国の資源を採掘するには彼の国の事業に参入する必要がある。
勝手に採掘しようならば紛争は免れない。
故に参入する国然り、外資企業然り、彼の国の法と国際ルールによって――採掘場の詳細、投資額、探鉱権、採掘年数、採掘量、採掘範囲、関税、法人所得税、付加価値税、鉱物ロイヤルティ――契約が結ばれる。
当然、地球より生まれた鉱石だからこそ、環境を保全する責務が発生する。
採掘により環境生物が死滅する鉱毒が発生すれば目も当てられない。
環境保護予算として相応の額を預ける義務が法にあった。
「水面下で火ノ元とセイファン王国との交渉が定まりつつあると」
詳細なる交渉内容は記載されていないが、旨味があるのならば、苦味辛味があるのは当然のこと。
苦味辛味たる不満を抱く国など一つしかなかった。
「それがヴィランド」
正式名称はヴィランド自由主義合衆国。
火ノ元から東、太平洋にある大陸の北半分を統べる国家だ。
世界の警察と自認するほど強大な軍事力を持ち、国際連盟常任理事国の一席である。
建国以前から、彼の国の大陸は魔女災害に晒されてきたことから、魔女殲滅を国策として掲げてきた。
ならばこそ、昨今まで魔女の国として認識されていたセイファン王国と諍いがゼロなどあり得ない。
魔女の国であるのを理由に、関税による経済圧迫、入国制限などがヴィランド側から行われ、当然の反発を受けている。
第二次世界大戦時、セイファン王国が連合軍側に属していたのは、あくまでも隣国と同盟関係であった故の縁であった。
「採掘技術や研究の分野においてヴィランドは火ノ元より進んでいるのは確かだけど、過去の因縁があればな」
ノーベル賞が話題となる度に、ヴィランドと火ノ元との科学分野の研究予算差が飛び出してくる。
研究とはトライ&エラーの繰り返しであり、成功と失敗は単なる結果に過ぎない。
たどり着くべくしてたどり着くために研究を重ね続ける。
だが、問題となるのは金――つまりは予算だ。
いくら将来有望な技術開発に繋がることになろうと、役に立たない、無駄だと判断されれば予算は打ち切られる。
ヴィランドが世界に一、二を誇る技術力があるのは成功の有無関係なく、潤沢な予算に支えられてのこと。
ノーベル賞受賞の著名な学者が火ノ元人だとしても、ヴィランドの研究施設や大学に籍を置く学者が多い理由だった。
「それで、本題と」
二国間の交渉に国際法上、一切の問題はなく、ヴィランドの不満は交渉を妨げる横やりでしかない。
水洗トイレのように過去の遺恨は簡単には流せない。
誰が言ったか、恨みとは過去への執着である。
嫌がらせを行った側が胸襟を開いて、仲良くしようと寄って来るのならば腹に一物あると疑念を抱かぬ者はいない。
セイファン王国側は、魔女殲滅による平和を築くために軍事利用を行うとヴィランドの計略を読んでいると資料には記載されている。
「故に、ヴィランドは採掘事業に参加するため、火ノ元に極秘留学中の第二王女を本国にご友人として招待する計画を立案。<M.M.>西太平洋支部より部隊を派遣した」
スマートフォンのパネルを指で弾けば、ドレスで着飾った銀髪美少女の写真が現れる。
公務での一幕を撮影した写真だ。
少女の名はセイファン王国第二王女、ル=リア・バラガディム。
王位継承権第一位の少女であり、太一と対面して座る者の正体だった。
「まさか友達が王女様だったなんて、何このフィクションみたいなノンフィクション。ラノベの世界ですか? あなたは王女様ですか?」
「はい、王女様です」
投げやり気味の太一の質問にル=リアはのほほんと答えた。
「未那が知ったらどんな顔するんだろうね」
「あの人のことですから。王女? あっそ、あんたはあんたでしょ? としか言わないでしょうし、接し方も変わらないと思いますよ?」
「あ~……」
未那の性格を熟知している故に太一から漏れた声だった。
「……はぁ~っ!」
そして、太一は重いため息を漏らした。
ほんの数週間前、魔女を殺さんとする連中から逃げ続けた。
今度は魔女を誘拐せんとする部隊から逃げ続けねばならなくなった。
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