第20話 デートの邪魔をする着信

 午前でアルバイトを終えた太一は未那をデートへと連れ出していた。

 この春休みに入ってから男女二人で出かけることなど皆無である。

 右足が不自由な未那を気遣っているわけでないが気づけば遠出に誘わぬことが不文律としてできあがっていた。

 だから今回、デートに誘った太一は自分の中で大きな一歩を踏み出したものだと思っていた。

「あ~食べた、食べた」

 太一の隣に座る未那は満足げに食後のアイスティーを口にする。

 バイト先の近くに最近オープンした小洒落た喫茶店でやや遅れた昼食をとったわけだが、初めて入った店だとしても当たりだったようだ。

 生憎と時間が時間だけに向かい合うテーブル席ではなく隣り合うカウンター席であったが、満足した未那の横顔を見れば、ある意味、この席も当たりだった。

「でも太一のおごりだなんて本当にいいの?」

「気にしなくていいって誘ったのは僕なんだから」

 伝票を見た未那が不安げに聞いてくるが太一は気にしない。

 未那と合流する前に口座からお金をしっかりと卸してある。

 折角のデートなのだ。気前よく使いたいのは男の性であった。

「見栄張りたいのが男の子でも張りすぎると女の子は引いちゃうぞ」

 未那は柔和な笑みを浮かべて太一に忠告する。

「難しいよね、そういう塩梅」

 男として女に良いところを見せたくなるのがデートだが、実際は上手くいかないようだ。

「それで、ボーイフレンドくん、これからの予定はどうするのかしら?」

 突貫工事とはいえ太一は頭の中にデートプランを組み込んでいる。

 ショッピングして季節ものの服を見て、映画を見て、カラオケに行くとベタではない王道のプランがある。

 本来は遊園地に行きたかったが次の機会に回せばいい。

「あ、えっちなホテルに行こうってのなら今すぐはり倒すからね」

「行かないって」

 いたずら心満載の未那に太一は苦笑で返す。

 ほんの一摘み、思案したのは彼女には内緒だ。

「このヘタレめ」

 未那のニュアンスは罵倒ではなく親しみが込められていた。

「あ、でも、その気になれば未那を抱えてお望みの場所に突貫するけど?」

「あらやだ~篝さん家のお子さんは見かけによらず野獣なのね~きゃ~」

 演技臭く未那が返してくる。

 嫌みなどなく本心は楽しんでいる証拠が声音から漏れていた。

「未那はどこか行きたいところとかない?」

「あれ? 太一は私をエスコートしてくれんじゃないの~?」

「希望があれば行き先を変えるよ。なんたって女をエスコートするのが男だもの」

「太一のくせに言うわね。でも今日は太一のプランにつきあうわよ。ただし!」

 未那は釘を差すように言った。次いで太一に身を寄せては耳元で囁く。


「避妊はしっかりしてよね」


 耳元で囁かれた太一は内より感情が噴火しかける。

 未那の発言は黙認ながらその手の場所に向かっても良いとの肯定である。

 どうする篝太一。


 男を見せるか!

 男を立てるか!


 無意味な二択が脳内で勝手に表示される。

「なら腹ごなしにショッピングでも行こうか」

「下着売場ね、それも女物」

 意地悪にからかう未那への報復にエロスでスケスケの勝負下着をプレゼントしてやろうと伝票を手に席を立った太一は企むのであった。

「さ~て、太一はどんな下着を選ぶのかしらね~」

 幼なじみの機微で太一の思考はまるまる読まれているから油断ならない。

 会計を終わらせて店の外に出た時、スマートフォンに夏杏から着信が入る。

「はい、もしもし?」

『あ、少年、今いいかい!』

 いつものろけた声は今回ばかり異様に張り詰めていた。

 マイクが様々な言語のアナウンスを拾っていることから空港にいるようだ。

『実は忘れ物しちゃってね』

 第六感が嫌な予感を警告してきた。

『仕事で使う資料、家に忘れてきちゃったんだよ』

「勘弁してください。今デート中ですよ」

 アルバイト先は位置的に近くであるがデートに水を差す行為はごめん被りたい。

『頼むよ。机の上にメモリーカードがあるはずだから事務用ノートで送信してくんない?』

 事務用ノートパソコンは確かにある。

 あるも実質インターネットオンラインゲームに特化したゲーミングPC以外の何物でもない。

 幾度となくプレイに付き合わされるだけでなくストレス発散だと散々な目に遭った。

 特に遠距離からの容赦ない狙撃にて何度ヘッドショットを決められたことか。

『タブレットはあるから問題なくデータは受け取れるよ』

 断るのも了承するのも容易い。問題は未那だ。

 折角の良い流れがアルバイトで流されるなどあってはならない。

「太一、バイト?」

「……ごめん」

 太一は気まずい顔で謝るしかなかった。

 対して未那は気にする素振りを一切見せずして太一の左頬をつねってきた。

「なら、とっとと行って終わらせてきなさい」

 ここまで寛大な女に太一は救われた気がした。

 頭が上がらず尻に引かれるだろう。

 それでも一緒にいてくれるだけで心強かった。

「あ、ならついでに行ってみようかな、太一のバイト先」

 女一人を放置するだけの傲慢さなど太一にはない。

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