第19話 魔女に与える鉄槌
有意義な会話の後、夏杏は千草を見送った。
「さてとちぃと早いが行きますか」
今回の海外渡航は知り合いから面白い品が手には入ったから買わないかというお誘いだ。
アンティークの中には歴史的価値の高い代物があるため、下手に国外に持ち出そうならばよくて税関で没収、悪くて逮捕のち刑務所か国外追放処分。物が物だけに慎重に見極めねばならなかった。
「また消防車かい、最近多いね~」
サイレンをけたたましく鳴らした消防車が通り過ぎる。
この一ヶ月、よく目にする光景の一部となりつつあった。
「日に四回はサイレン聞くね」
慣れという感覚に夏杏は若干引いてしまう。
スマートフォンのニュースサイトを調べればどれも出火による出動である。
被害はボヤ程度で全焼は今のところなくとも火の気のない場所での出火は人々の暮らしに不安を与えてくる。
一部では防犯カメラに人気も、火の気もない場所で前触れもなく出火した瞬間が記録されており、魔女のせいではないかとの噂が煙のように漂い始めていた。
「とりあえず少年に火の用心とだけ送っておこう」
燃えては困るものが多すぎる。
火災保険はかけてあるも扱う品が品だけに保険会社が首を縦に振るとは言い難かった。
「ほう」
禁煙のお供であるガムを口に放り込んだ時、四台もの大型トレーラーが列をなして赤信号で停車していた。
夏杏はトレーラーのボディに描かれたエンブレムに目を細める。
淡い青の地に白い図柄で構成されたエンブレムは中央にオリーブの葉に包まれた鉄槌が描かれていた。
「淡い青の地に白い図柄、国連機関か」
国連機関は青地にオリーブのモチーフを用いた国連旗から派生した旗が使われている。
保険でも金融でもない。
大型トレーラーで現れるなど先の騒動を女の感が騒ぎ立てる。
「……一〇年前と違って今回は随分と行動が早いね」
幕は既に上がっているようだが出国する夏杏に出番のない話である。
舞台に立てるのは資格持つ役者だけ。
それも台本なしでアドリブを続けられる気概と気質を持つ者だけだ。
「しかも、マゾマゾが出てくるとは、やれやれ」
荷が重かろう。
だが今後背負わされる現実と比べれば軽いほうかもしれない。
むしろこの程度でまだ済んでいることが行幸だ。
「生かすか、殺すか……まあ魔女よりもただの人間のほうが恐ろしいんだけどね」
呟きは噛んでいたガムと共に紙に包まれ、ゴミ箱へと捨てられる。
夏杏はキャスター付きバックを手に駅の改札口へと歩き出していた。
マゾマゾと呼ぶ国連機関の名は――
国際連盟直轄対魔女殲滅機関<Malleus Maleficarum>。
通称、
その意味は<魔女に与える鉄槌>であり、魔女狩りを行い、魔女裁判を正しく行うための司法関連の書から組織の名が付けられた。
活動目的は、魔女の殲滅による人類の平和と安全の維持である。
そして、魔女殲滅の使命において、国連に属する国は<M.M.>の活動を阻害してはならず、その活動を黙認せねばならぬと国連憲章にて定められていた。
人類が魔女に対する反逆の刃、否、鉄槌として誕生した機関は人類の叡智を束ねた力で魔女を討つ。
その叡智とは
救助仕様はただの副産物、本来は魔女を殺すために生み出された技術であった。
男はトレーラーのコンテナ内に設営された移動型戦闘司令室にその身を置いていた。
残る三台には対魔女殲滅の兵器とその操縦士が内包され、出撃の時を待ちかまえている。
「魔女反応を捉えたのは今から一二時間前か……」
タブレット端末に表記されるデータに男は渋面を作る。
名は
世界各地に支部がある<M.M.>において国連本部から極東支部、実働部隊の指揮権を与えられた男の名であった。
歳は三五、使命を遂行せんとする切れ長の瞳にフレームレスメガネがタブレット端末の光に反射され鋭利さを増している。
スーツを着込もうとその下にあるのは鍛えられた肉体であるため力を抑える拘束具のように思えた。
ただし訓練で鍛えられた肉体を持とうと知略を得意とするタイプであるため荒事を得意としていない。それでもこの部隊を預けられるだけの体術は心得ていた。
「オペレーター、現在の反応は?」
この司令室の中には男の他に五人のオペレーターも詰めている。
誰もが計測器に目を走らせる中、その一人が答えた。
「反応はありません」
科学技術の発達にて人類は魔女の魔力なる不可解な力を電子的に捉える装置を開発した。
この装置により魔女出現を捕捉することで市民の避難誘導だけでなく魔女に対して先手を獲ることが可能となった。
魔女は出現した当初からあの災い起こす魔女ではない。
雛が卵から孵るように覚醒までの時間をやや有しており、その間、身を守る術しか持たぬ故に近代兵器でも殺すことができる。
これは時間との勝負でもある。
覚醒するまでに魔女を殺せれば人類の勝ち。
完全覚醒すれば魔女の勝ち。
いや、魔女に勝ちなどという概念があるのか疑わしいものだと男は鼻先で笑い飛ばした。
「ですが、各所で小規模ですが不可解な発火現象及び凍結現象が発生しているようです」
高遠はタブレット端末に灯京の地図を表示させ、データを重ねるように展開させる。
範囲は広く、統一性はないが一一〇番、一一九番の緊急通報が何件も上がっていた。
ほんの数日前まで、ボヤ程度だったというのに。
「コクーン各員へ、鎧の準備は充分か?」
追従する各トレーラーに通信。コクーンはOSG装着者の各識別コードであり、コンテナ内には各四機、計八機のOSGが搭載され、一機を除いて操縦士が搭乗している。
無論、実働部隊だとしても目的地までのハンドルを握るもの、OSGを整備する者、歩兵を担う者、救護、オペレーター、そして指揮する者を入れて総勢五〇名もの部隊が魔女殲滅のために派遣された。
『こちら、コクーンリーダー異常なし』
『コクーン02同じく異常なし』
『コクーン03、通信系にノイズあり、接触不良かと思われます』
「整備兵、一〇分で直せ」
通信システムに異常を抱え込んで戦場に出るなど自殺行為だ。
一兵士に戦場を見渡せるはずもなく、全体を見渡せるオペレーターとの連携は生き残り勝つためには重要なもの。
如何なる戦局を分析し適切な情報を戦場の兵士に伝達する。
その伝達手段になんらかの不具合があれば兵士をむざむざ殺すことになる。
情報は命を左右する。
こと通信技術が発達した現代において。
『こちら整備長。若大佐殿、この程度、五分で終わらせるっての』
年季の入った頼もしい応答がきた。
培われた経験や勘は無碍にはできず、こればかりは勲章や階級ではどうにもならない。
「緊急報告!」
突如、オペレーターが通信に割り込んできた。
その席に座ること五年の経験者なのだが張りのある声が緊迫に染まっている。
「魔女反応を確認! 座標は――」
事態は予測を上回る速度で平穏を侵食していた。
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