第二章 通暁の魔女と魔女殺しの指輪
第0話 鎮火の一週間後......
灯京都内某所、某時間帯――
とある料亭の裏口に黒塗りの車が停車する。
後部座席より降りた高遠智明は周囲を警戒する素振りを見せるも目線動かすことなく、裏口より店内に足を踏み入れる。
出迎えた女将が無言のまま会釈、話は通してある故、高遠はそのまま案内を受けた。
「やあ、高遠くん、久しぶりだね」
案内された和室には膳の前に胡坐かく六〇代の男性が、ちびちびとおちょこで酒を口にしている。
丹精で知的に整った顔は、酒のせいか、ご機嫌に染まっていた。
「ご無沙汰しております。先生」
畳の上に正座した高遠は深々と頭を下げる。
先生――主に二つの意味がある。
政治家を先生と呼ぶパターン。
もう一つは医療や学校の先生。
今回の場合、前者を指すが、呼び出したのは後者としてだ。
「ごめんね、多忙な時に急に呼び出して」
彼は高遠の高校時代の恩師であり、今は衆議院議員の一人だ。
名前は敢えて口に出さない。
密会である故、壁に耳あり障子に目ありだからだ。
「第二次灯京大火の後始末が終わってないのに、来てくれてありがとう」
誰とでも気軽に話せるのが先生の利得だ。
この気さくさ故に、地元からの支持は厚い。
けれども、逆を言えば敵対する者には容赦なく弁を立てるなど油断ならない。
一一年前、政権交代が起こった選挙でさえ、衆議院議席を確保した数少ない一人だったことから支持の厚さが伺える。
「そっちの隊員が魔女を追跡する際、警察に向けて発砲して、しかも、その隊員は行方不明だって?」
「はい、
実際は脱走であるが、そうしたのは<M.M.>の体裁を守るために本部から発せられた命令だった。
持ち出された銃火器と実包は灯京タワー近くのビルで発見されている。
捜査を続けているが、痕跡すら今なお何一つ見つからないままだ。
先生は兵士の行方不明や警察の揉め事に苦言を呈するために呼んだのではないと読んでいる。
「まあ、警察の件は安心していいよ。色々と、こっちの方で話をつけつつあるから。君は君で職務に励めばいい」
先生は徳利からおちょこに酒を注ぎながら気軽に言う。
「君も一杯どうだい?」
「折角のご厚意ですが、辞退させていただきます。まだ仕事が残っているものでして」
「まあ、そうだよね。さて、本題に入ろうか」
陽気な顔は一変、顔を引き締めては中身を飲み干した。
「急に君を呼び出したのは、君にお願いがあるからなんだ」
「お願い、ですか?」
恩師であろうと、私人として組織に便宜を図るのは問題となる。
いや、そもそも料亭という場所に呼び出された時点で予測はしていた。
「とある人物を保護して欲しいんだ」
先生はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出しては高遠に見せる。
「こ、この者は……」
写真の人物に高遠は息を呑むしかない。
先生は灰皿を取り出せば、ライターで写真を燃やしていた。
「君は昔から記憶力がいいから顔は覚えたね?」
重要人物の保護が、急な呼び出しの要件だった。
「では、先生、お尋ねしますが、この方は今どこに?」
「ふつ~に女子高生やってるみたいなんだよ」
口頭で通う高校、この国での名前を伝えられる。
ふと、高遠はその名をどこかで見た記憶があった。
「スマートフォン……」
記憶に間違いがなければ、調査の一環としてスマートフォン内のデータを洗いざらい調べた時に見た、はずだ。
「できるだけ、それもヴィランドに感づかれずに行動して欲しい」
「……もしや例の採掘権問題ですか?」
「おっと、それ以上は言わなくていいよ。君の職場としても騒動を未然に防げるなら御の字だろう?」
正式名称はヴィランド自由主義合衆国。
火ノ元から東、太平洋にある大陸の北半分を統べる国家である。
国連常任委員会の一つであり、<M.M.>に対しても強い発言力と指揮権を持つ。
国同士の仲は至って良好であるが、あちら側の人員で主に構成された西太平洋支部は極東支部をただの田舎者の集まりだと揶揄してくるほど不仲だ。
合同演習でも良い思い出がない。
「どこで知ったか知らないけど、ご友人として招待する情報をいち早く掴んだから、友人に内密の保護をお願いしてきたってわけ」
一政治家に保護をお願いするなど、政治的意味合いか、それとも本当に友人として頼んだのか、高遠が踏み込むことではなかった。
彼ほどの人物なら公安警察にコネは効くはずだが、使わないのではなく、使えないのだろう。
「魔女をつければ君たちは自由に動けるからね。好都合でしょう?」
皮肉ではなく、賞賛を含んだ言葉だった。
「もし保護したら、内密に送ってね」
どこに送るか、場所は先生の目が強く語っていた。
「分かりました」
灯京大火から既に一週間が経過した。
ほぼ魔女による被害がないことも後押しして、都民の誰もが以前のような生活に戻りつつある。
魔女の残滓を調査する名目で動けば感づかれることはないだろう。
「斥候を中心に部隊を編成して保護にあたります」
両者はこれ以上、言葉を交えることはない。
先生がおちょこの中身を飲み干したのと高遠の退室は同時だった。
裏口から出た高遠は車の後部座席に乗り込んだ。
背広の内ポケットから取り出したのは一昔前のガラパゴス携帯と呼ばれる携帯電話。
通話とメールしか行えない旧式を使用し続けるのは、スマートフォンと異なりハッキングの恐れがないためだ。
「ああ、私だ。篝太一と涼木未那の様子はどうだ?」
検査名目で入院しているが、入院四日目に現れた人権団体のお陰で病院に留めるのが難しくなりつつある。
機密中の機密のはずが、どこからか両名の情報がこの団体に漏れた。
彼の団体は、魔女裁判で冤罪であろうと処刑された者たちの子孫が立ち上げたもの。
名誉回復、自立支援と冤罪からの救済を主な活動内容とする故、無碍な応対は自殺行為だった。
「なに、篝太一は今先ほど退院しただと?」
解放せぬ理由がない故、退院させたとは病院側の答弁だ。
一方で涼木未那は右足の詳細なる検査のため入院を延期中とのこと。
魔女である疑いがある故の処置だが、いくら検査を重ねようと白の結果ばかりだ。
人権団体は、白であることを理由に人権侵害だと開放を要求していた。
「行き先は?」
わからないとの返答に、高遠はタブレット端末を取り出した。
篝太一のスマートフォンを使って居場所を把握するためだ。
以前、猫に巻き付けて囮としたスマートフォンは当人に返還される際、修理を施すだけでなく追跡用のマルチウェアを仕込んでいる。
例え白であろうと彼が魔女殺しであった故に必要な処置だ。
「なっ、ロストだと!」
反応が病院を出てから消失している。
ログを確認すれば我が目を疑った。
「しょ、初期化したのか……」
頭の回る少年は、仕込まれたマルチウェアに感づいた。
<M.M.>の追っ手を掻い潜ってきた身だ。
信頼など毛の一つほどないのは当然のこと理解していた。
「どうする?」
高遠は唇をきつく締め、自問する。
ともあれ、次なる行動は斥候を中心とした部隊編成だ。
下手をすれば本部に対する背信行為と組織の私物化になるが、<M.M.>の使命を踏まえれば何一つ落ち度はなかった。
同時刻、篝太一は……――
「うん、空気が美味い!」
都会の空気を肺腑に満たし大きく背伸びをしていた。
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