太極の魔女と魔女殺しの太罪
こうけん
第一章 凍熾の魔女と魔女殺しの我儘
第0話 魔女災害
特定機密資料M号
<魔女>
一〇代の少女の形をした根源的災禍生命体。
人知を超越した力――魔法を操り、人命を雑草のように刈り取る悪魔の存在。
一度姿を現せば、広範囲に莫大な被害をもたらす。
近代兵器では対抗できぬ高い戦闘能力を持つ。
<対抗策一>
卵からひな鳥が孵るように、魔女は出現から覚醒まで時間を必要とする。
よって武力を以って殲滅することが可能である。
我が身を守る程度の戦闘能力しか持たぬため、この期間を決して逃さぬこと。
なお完全覚醒した魔女に武力は一切通用しない。
※対抗策二は特S級機密事項に付き第三者への閲覧及び漏洩禁止である。
閲覧及び漏洩は反逆罪が適用される。
<対抗策二>
覚醒した魔女を唯一殺せるのは魔女殺しと呼ぶ男だけである。
この男は魔女が使用する魔法が一切通用しない特異な体質者であるため、発見次第、身元を洗いざらい調べ上げよ。
いかなる手段、金銭、交渉、脅迫、人質、何であろうと必ずや人命のために魔女殺しに魔女を殺させること。
また魔女を殺した魔女殺しは丁重に保護し、四八時間の監視下に置くことを厳守せよ。
一〇にも満たぬ幼き少年は同い年の少女を背に担いでいた。
必死の思いでただ歩き続けていた。
ほんの数分前まで駆けまわっていた広場に炎の壁が舞い踊る。
ここもだめだ。ならあっちだ。いや、こっちだ。
幼き思考で迫りくる炎の壁の隙間を見つけ出し、ずり落ちかけた幼き少女を担ぎ直す。
ただ歩く。立ち昇る熱気と肌を焼き付ける熱波の中をひたすらに歩き続ける。
歩き続ける理由はただ一つ。
死にたくないからだ。
焼き死ぬ恐怖から逃げるためだ。
燃え盛る炎の壁に掴まればその身は焼かれ、背負っている少女ですら死ぬ。
例え焼かれずとも炎は吸う空気を奪い、少年の喉を熱波で締め上げる。
まだ幼き子供にそこまでの理性など回るはずもなく、本能がただ勝手に身体を突き動かしていた。
(みんな、みんな、燃えた……燃えちゃったっ!)
肩を激しく上下させながら少年は呼吸を繰り返す。
ただ一呼吸する度に喉は焼け、ただ一歩踏み出す度に焼けた釘を突き刺したような激痛が走る。
いつものように、友達みんなと公園で遊んでいた。
泥だらけになるまで遊んで、公園の時計が五時を指したら家に帰る。
当たり前で、変わらないけど楽しい毎日――のはずだった。
けれども、今日は違った。
何が起こったのか、幼き子供には判別つかない。
ただ赤き閃光が迸った後には、公園にあるあらゆるモノが燃えていた。
ブランコも、ブランコを漕いでいた子も――ジャングルジムは飴のように溶け落ち、中から悲鳴と絶叫が耳を木霊する。
風に乗るのは阿鼻叫喚の声、炎は嘲笑うかのように家を、人を分け隔てなく焼き、名も分からぬ骸へと変えていく。
「泣き、声……?」
熱波の風が女の鳴き声を運んできた。
その方角に顔を向けた瞬間、遠く、遠くで離れているはずの姿を正確に捉えてしまう。
自分より年上の女の人が泣きじゃくり、男の人を抱きしめている。
少年は何故、泣いているのか、そこまで思考を働かせることはなかった。
「あれ……?」
気づいた時、少年は炎の中にうつ伏せのまま倒れていた。
殺戮の炎は幼き身体から体力と酸素を奪い去り、次に命を奪わんと迫る。
ああ、死んじゃうんだ、と幼き思考でも分かってしまう。
「ごめん、み、な……」
男の子なのに。
男の子だから女の子を守らないといけないのに。
――生きたい! 助けたい!
心の奥底から渇望せずにはいられなかった。
「生存者を発見!」
よく知った大人の声が消えゆく少年の意識を揺さぶった。
霞む目が捉えたのは大人ではなく人型をした機械だ。
「もう大丈夫だ……――太一くん、それに未那!」
人型をした機械から息を呑む声がする。
全身は赤く、大きさは人間の二倍程。鈍重で肉厚なフォルムを持とうと、その動作は人間と大差なく、倒れ伏す子供二人を機械の腕で優しく抱きかかえる。
抱きかかえられた瞬間、あれほど身体を蝕んでいた熱波が嘘のように引く。
「今な、この身体は熱から守るために冷気を出しているんだ。おじさんの傍にいる限り安心していい」
人の形をした人ならざるものは優しく語りかける。
少年はただ茫然と自分を抱きかかえる機械を見上げていた。
助かった――
ぽろり、と少年の瞳から涙が零れだす。
とめどなく溢れ、頬を濡らす。
生き残った歓喜と、助けられた感謝、二つの意味を持つ熱い涙だった。
後に
火ノ元の首都、灯京の三分の二を焼き尽くし、死者三万五二八人、行方不明者八四九二人の大惨事となる。
国際社会の援助もあってか、災害から一年をかけることなく復興を果たそうと一〇年経った今現在でも灯京大火は被災者の記憶に深く焼き付いていた。
たった一人の魔女によって引き起こされたという記憶が――
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